第71話 挑戦状と武者震い
昼休みの鐘が鳴り響き、ワイアース魔法学院の中庭には一気に活気が満ちた。
学院の中央棟に隣接する学食棟は、大きなガラス窓から昼の光が差し込み、開放的な空気に包まれている。
長い列ができた配膳台では、生徒たちがトレイを手に思い思いの料理を受け取り、楽しげな声があちこちで飛び交っていた。
ジュリアは、自分のトレイに雑穀パンと温野菜、ハーブで香りづけされた鶏胸肉のソテー、それにお気に入りのベリーソースを添えたプリンを乗せる。
栄養バランスを考えた、貴族らしい品と冒険者らしい実用性を兼ね備えた内容だ。
隣では、レティシアが季節のサラダを中心に素朴な野菜料理を盛りつけ、秋の香り漂うかぼちゃタルトを添えていた。
ミレイナは迷いなく鶏の香草焼きを山盛りにし、さらにもう一食分はありそうな大量のチョコドーナツをトレイに載せている。
三人は人波を抜け、窓際の席に腰を下ろした。外では柔らかな秋風がそよぎ、テラス席も賑わいを見せている。
昼の光が差し込む食堂の空気は、授業とは違う和やかな熱気に包まれていた。
いち早く手と口を動かし、鶏肉にかぶりついたミレイナが、思い出したかのようにふと顔を上げる。
「そういえば――もう少しで星魔大祭の予選ですよね! 今年も十二月……楽しみだなぁ!」
星導魔技大祭――通称・星魔大祭。
王国中の各魔法学院で最も注目を集める大規模な闘技大会であり、ワイアース魔法学院でも年末に開催される伝統行事のひとつだ。
本戦には、予選を勝ち抜いた実力者とシード枠を合わせた計八名が出場する。
魔法学院生、高等魔法学院生の混合の大会となっており、予選に参加するには、教師、教官による推薦が必要とされるため、出場者はいずれも学院がその実力を認めた者ばかりだ。
昨年のベスト4以上の成績者にはシード権が与えられ、予選を免除されて本戦から参加できる仕組みだ。
今年は、昨年の優勝者であるフィオナを含めて二名がシードに入っており、残り二つのシード選手は卒業と言う形で学院を離れている。
つまり、本戦に残された六つの席をめぐって、全校生徒たちが熾烈な予選を戦うことになる。
「そうね。……ミレイナ、あなたは出るの?」
「もちろんです! 去年は予選落ちだったけど、今年は絶対本戦に行きますから!」
ジュリアがフォークを置き、静かに問いかける。
ミレイナは即答し、胸を張った。目はいつになく真剣だ。
「そう。――私も、当然出るわ」
「おおっ! ジュリア様も!」
ジュリアの声は落ち着いていたが、その奥には確かな熱が宿っていた。
ミレイナが勢いよく身を乗り出す。
「じゃあ、ライバルってことですね! うわ〜、燃えるなぁ!」
拳を握りしめ、瞳が輝く。
ジュリアは苦笑しつつも、その熱に応えるように小さく頷いた。
「ええ。……本戦で、あなたと戦うことになっても――手加減はしないわよ」
「望むところですっ!」
テーブルの上で、ふたりの視線がまっすぐに交わる。
昼の柔らかな光のなか、確かな火花が静かに散った。
「私は……応援に回るわ。観客席から、精一杯声援を送る。二人のかっこいいところ見せてね」
レティシアが静かに口を開いた。
「おお〜! 頼もしいじゃん、レティ!」
「ふふ、心強い味方ね」
三人の役割が自然に定まり、テーブルに和やかな空気が流れた。
そのとき、背後から澄んだ声が届いた。
「ごめんなさい、少しよろしいかしら?――星魔大祭という言葉が聞こえたものですから」
振り向けば、翡翠色の髪飾りをつけた少女が立っていた。
フィオナ・ヴァン・エルゲール。
侯爵家の嫡孫にして、昨年の星導魔技大祭の優勝者。
整った立ち姿と柔らかな微笑みは、周囲の空気すら凛と引き締める。
「フィオナ先輩……!」
レティシアが思わず声を漏らす。
「あなた方も出場なさるのかしら?」
フィオナの視線がジュリアとミレイナに向けられた。
「はい! 僕、出ます!」
「私も――出ます。今年は、必ず本戦に進んで……フィオナ先輩に辿り着いてみせます」
ミレイナが勢いよく答え、ジュリアも静かに口を開いた。
その言葉に、周囲の生徒たちもざわめき始め、「フィオナ様だ……」「昨年の王者……」「今年もシードなんでしょ?」と囁きが広がっていく。
フィオナは一拍の沈黙のあと、柔らかな笑みを浮かべた。
「楽しみだわ。――本戦で待っています。勝ち上がってきてくださいね」
「……ええ。必ず」
優雅に一礼したフィオナは、周囲の注目を集めたまま食堂を後にしていった。
その背中は、ジュリアの目に「越えるべき目標」としてはっきりと刻まれ、決意を短く言葉にした。
(必ずあの人に挑む。そして――勝つ)
降って湧いた緊張感に、その後の会話は控えめだった。
だが、その静寂の中で、ジュリアは笑みを隠しきれなかった。
自身の実力を披露する絶好の舞台が待ち遠しい。
そっと息を吐き、立ち上がる。
昼下がりの鐘の音が再び響き、午後の授業の始まりを予告した。
ジュリアはトレイを片付けながら、八咫に伝わる“武者震い”を、確かにその身に感じていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。
いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。
これからもよろしくお願いいたします。




