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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第五章 「夏を超えて、その先へ」
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第70話 見せた成長と見えない成長

 鐘の音が学院に鳴り響く。

 夏休みを終えた教室には、どこか浮き立つようなざわめきが満ちていた。

 席についた生徒たちの表情は明るく、どこか自信に満ちている。

 誰もが夏のあいだに積み重ねた努力を胸に秘め、その成果を見せたくてうずうずしているようだった。


「出席は……よし。では、授業を始めます」


 教師が簡単に点呼を終えると、それだけで教室の空気は自然と切り替わる。

 特別な行事も余計な前置きもない。

 ただ、当たり前のように授業が再開されていく――この学院らしい、実力主義の静かな始まりだった。




 女子更衣室では、制服から訓練着へと着替える生徒たちで賑わっていた。

 ジュリアもロッカーを開き、整然と畳まれた学院指定の訓練着を手に取る。

 ショートスカートとブルマ、白地のエルドシャツ――動きやすさと魔力循環効率、そして品位を兼ね備えた学院独自の装束だ。

 袖を通すと、しなやかな布が肌に馴染み、身体の感覚が自然と引き締まっていく。

 制服姿のときとは違う、実践の舞台に臨むための“戦闘モード”が心の内側に静かに灯った。


 ジュリアは洗面台の前に立ち、髪を高い位置で一つに束ね直す。

 編み込みを残したまま、後ろ髪をまとめたポニーテールが軽やかに揺れ、鏡に映る自分の姿は、どこか凛々しさを増していた。


 実技授業が行われる室内訓練場は、学院の中でも特に厳重な施設だ。

 外壁と天井には三重魔法障壁が張られ、爆裂魔法や広範囲攻撃にも耐えられる構造を持つ。

 生徒たちが整列する中、ジュリアも静かに持ち場へと歩を進めた。

 空気が張り詰め、魔力が微かに軋む。


「よし、始めるぞ。――気を抜くな」


 中央に立った教官の号令が響き、訓練場の空気が一気に引き締まった。

 魔力を纏った生徒たちが次々と詠唱を始め、鮮やかな魔法が標的へと放たれていく。

 実力主義のこの学院で、夏休みに足踏みするような生徒はいない。

 誰もがそれぞれに成長を遂げ、以前よりも確かな技を見せていた。

(……みんな、よく鍛えてきたのね)


 やがて、ジュリアの番が巡ってきた。

 彼女は周囲を一瞥すると、静かに息を吸い込む。

 胸の奥にあるのは焦りではない――積み重ねてきた鍛錬に裏打ちされた、確かな自信だった。

(でも、私は――もっと先へ行っている)

 その瞬間、ジュリアの周囲に淡い魔力の揺らぎが生まれた。


 以前の彼女なら、膨大な魔力を力任せに叩きつける“豪腕”の魔法が主だった。

 春先の実技では、制御の粗さがしばしば魔法陣を歪め、撃ったあとに呼吸を乱すことも少なくなかった。

 だが今は違う。

 詠唱は必要最小限に抑えられ、魔力は滑らかに無駄なく流れ、炎矢は標的へと吸い込まれていく。

 一発ごとの精度が高く、発射の間にわずかな間すらない。

 連射の合間に姿勢がぶれることもなく、魔法を放ったあとも呼吸は乱れず、立ち姿は凛としたままだった。

 魔力変換の滑らかさ、術式の展開速度、制御力――どれを取っても、春先の彼女とは別人のようだった。


 標的が次々と正確に撃ち抜かれ、訓練場の空気がわずかに揺れる。

 教官が目を細め、生徒たちの間に小さなどよめきが広がった。

 だがジュリアは動じない。

 ただ淡々と、次の術式を紡いでいく――まるでそれが呼吸であるかのように。


「ジュリア様、すげぇ……!」

「……夏休み前とは別人みたい」



 思わずこぼしたミレイナの声は、訓練場の喧騒に紛れきれず響いた。

 レティシアが小さく呟き、驚きと感嘆の入り混じった視線をジュリアへ向ける。

 その視線を背に受けながらも、ジュリアは振り返らなかった。

 ただ、凛とした背中で応えるように、次の魔法陣を静かに展開していった。


 ジュリアは確かな実力を余すことなく示し、実技授業は滞りなく終了を迎えた。

 教官の終了の号令が響くと、生徒たちは次々と訓練場を後にし、再び更衣室へと戻っていく。




 更衣室の中は、授業を終えた生徒たちの談笑と汗の匂いで満ちていた。

 ジュリアは鏡の前でポニーテールをほどきながら、ほっと一息ついた。

 その背後から、レティシアとミレイナが駆け寄ってきた。


「ジュリア様、今日のあれ……本っ当にすごかったです!」


 ミレイナが興奮気味に声を弾ませる。

 頬を紅潮させ、目を輝かせながら、手振りまで大きくなる。


「……うん。乱れがないっていうか、凄く静然としてた」


 レティシアは静かに言葉を添える。

 驚きと尊敬が入り混じった眼差しでジュリアを見上げていた。

 ジュリアは少し肩をすくめ、穏やかな笑みを浮かべる。


「まあ……少し、修行したから」


 さらりと答えるその口調はあくまで控えめだが、内心ではしっかりとした手応えを感じていた。


「やっぱり修行してたんですね!? ね!? 誰と!? どんな!?」


 ミレイナが一気に距離を詰め、ジュリアの腕をがしっと掴んで食いついた。

 “修行”という単語に過剰に反応するあたり、いつも通りだ。


「……夏の間、少し人に教わっていたの」


 ジュリアは控えめに言葉を選んだ。

 レティシアが顎に人差し指をあて、記憶をたぐるように視線を上へと泳がせる。


「もしかして……前に言ってた、確か……シモンさん、でしたっけ?」


 静かな口調ながら、核心を突く問いだった。

 ジュリアがわずかに沈黙しただけで、レティシアは小さく頷く。


「やっぱり! ダンスパーティーの時の護衛の方でしょ!」


 ミレイナが勢いよく前のめりになり、目を輝かせた。


「なんでも、とんでもなく整った顔立ちの方だって、お母様が言ってたんですよ! あの夜、貴族の間でもずーっと話題で……!」

「……そんな話まで広まっているのね」


 ジュリアは苦笑を漏らした。

 シモンには「しばらくはあまり言わないでくれ」と言われていたが、今ではもう噂が社交界を駆け巡っているらしい。

 ミレイナがケラケラと笑い、レティシアは興味深そうに二人を見比べた。


「……シモン様って、そんなに有名な方なんですか?」


 庶民であるレティシアにとって、貴族の噂話は未知の世界だ。


「まあ……目立たないわけがない、かしら」


 ジュリアは一瞬だけ目を伏せ、そしてほんの少し誇らしげに口元を緩めた。

 ふと視線の先――ミレイナの胸元が目に入る。

 濃紺のメッシュ素材がぴたりと肌に沿ったスポーツブラ。

 活発な彼女らしい、実用本位の下着だ。

(……うん、まだ勝ってる)

 胸の内で小さく安堵の息が漏れる。


 次にレティシアへ目を向けると、ラベンダー色のブラジャーが目に入った。

 控えめな白い花の刺繍があしらわれた、清楚な印象の一枚だ。

(……レティとは……いい勝負、だと思う)

 周囲に悟られぬよう、そっと自分の胸元に視線を落とす。

 淡いクリーム地に夕陽色の刺繍を施した、お気に入りの下着。

 だが、どこか物足りなさも否めない。

(……いや、成長の余白を残している、と言うべきね。うん)


 ――この夏、魔法の実力は見違えるほど伸びた。

 制御も精度も、春先の自分とは比べものにならない。

 けれど、女子同士でこうして並んでみると――。

(……まぁ、三人ともこの夏で決定的な差がついたわけじゃない、か)

 そう結論づけかけた瞬間、ふと脳裏をよぎるハルカの姿。


 ミレイナとほぼ同じ背丈ながら、控えめな物腰に似つかわしくない、あの豊かな胸元が鮮明に蘇る。

(くっ……チートだわ)

 無意識のうちに小さく息を吐いた、そのとき。

 キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴り響いた。


「わ、もうこんな時間!?」

「急がなきゃ!」


 ミレイナとレティシアが慌ててボタンを留め、ジュリアもスカートの裾を整えながら、三人は一斉に更衣室を飛び出した。

 軽いドタバタと笑い声が、廊下に心地よく響いていった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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これからもよろしくお願いいたします。

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