第68話 依頼達成と明日への課題
ワイアースの冒険者ギルドへ戻る頃には、夕陽が街並みを柔らかく染め始めていた。
木製の大扉を押し開けると、受付にいたリリーがぱっと顔を輝かせる。
「おかえりなさい、ジュリア様――あっ、違った、ジュリアちゃん!」
慌てて言い直しながら、楽しそうに笑った。今朝、依頼を受けた際にジュリア自身から“様付けはやめて”と頼まれていたのだ。
今日はエリスとカリナは不在らしく、受付はリリー一人だ。
彼女はジュリアとハルカの姿をまじまじと眺め、目を細めた。
「二人とも、すっかり“冒険者”って感じになってるね。ジュリアちゃん、その装束、すごく素敵!」
ジュリアは当然とばかりに胸を張る。
深紅と黒を基調とした戦闘用ドレスは、貴族らしい華やかさと実用性を兼ね備えている。
金の刺繍が光を受けてきらりと輝き、堂々とした印象を与えていた。
リリーは今度はハルカの姿に目を向ける。
「ハルカちゃんの装束もいいね! シックなネイビーに金の装飾……まるで若き騎士様って感じ!」
褒められたハルカは一瞬きょとんとしたが、すぐに頬を赤らめて小さく会釈した。
「……ありがとうございます」
その控えめな反応に、リリーはふふっと微笑む。
「それじゃあ、依頼達成の報告をお願いね」
リリーの声に促され、シモンは報告書を提出した。
水精草の束をはじめ、副産物のぬかるみレンゲと紅苔も一緒にカウンターへ並べると、リリーの目が少し見開かれる。
「わぁ、こんなに綺麗に採ってきたのね……! 根もちゃんと残してある。さすがシモンさん」
「一応、指導する側としてはな」
シモンは肩をすくめながら淡々と答えた。
本来、ギルドとしては資源保全の観点から、採取物の正しい扱い方を依頼者へ注意・指導することが義務づけられている。
だが、熟練の冒険者であるシモンに、その必要はなかった。
リリーは手際よく査定と計上を済ませ、報酬袋を差し出した。
「依頼報酬と、副産物の売却分を合わせて――こちらになります」
思った以上の重量に、ジュリアが目を丸くする。
「えっ、こんなに……!」
「ぬかるみレンゲと紅苔は貴重だからな。いい副産物になった」
シモンは淡々と答えるが、その表情にはどこか当然といった余裕が滲んでいる。
本命の依頼をこなしつつも、周囲の副産物を効率よく、見逃さずに回収する――こうした抜け目のなさこそ、ベテラン冒険者たるシモンの真骨頂だった。
その積み重ねが、Dランクでありながら、彼が密かに“小金持ち”である所以でもあった。
シモンは報酬を三等分で分配する。
ジュリアは初めての成果に、どこか嬉しそうに頬を緩めていた。
「そうだ、コロンの登録もしとくか」
ふと、シモンが思い出したように口を開く。
「代理登録ならギルドでも可能だ」
言いながら上着のポケットを軽く叩くと、中からコロンがひょこっと顔を覗かせた。
リリーはその姿を見て、思わず目を見張る。
「きゃっ……ルッコ!? 珍しい! どこで見つけてきたの!?」
驚かれてびくっとしたコロンは、慌ててシモンのポケットに潜り込もうとする。
「うふふ、恥ずかしがり屋さんなんだね」
リリーは楽しそうに目を細めた。
「ルッコって臆病で、人にはなかなか懐かないって聞くけど……この子はすごいね。特にシモンさんにべったり」
「まぁ、何故か気に入られたみたいだな」
シモンは苦笑しながらコロンの頭を軽く撫でた。
「……じゃあ、この子、私が登録料を払うわ!」
ジュリアが胸を張って申し出ると、リリーは満面の笑みを浮かべる。
「了解! じゃあ、代理登録しておくね」
手続きは滞りなく進み、コロンの名が正式に登録簿へ記された。
依頼の報告と報酬の受け取り、さらにコロンの代理登録も無事に済ませた三人は、ギルドをあとにして街の大通りへと足を向けた。
夕方の柔らかな風が頬を撫で、石畳の街路を金色に染める西陽が、日中の冒険の余韻を穏やかに包み込んでいた。
「思ってた以上に収穫があったな」
シモンがポケット越しにコロンを軽く撫でながら口を開くと、ジュリアは胸を張って満足げに頷いた。
「当然よ! ちゃんと成果を出したんだから!」
その横で、ハルカは柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな声で言葉を続けた。
「街の外での依頼は、学ぶことが本当に多いです。…………でも……」
小さな躊躇いを含んだ声は途中で途切れ、ジュリアの方を一瞬だけ見て、結局その先は飲み込まれてしまう。
その意図を察したシモンは、わざと口を挟まず、前を向いたまま歩を進めた。
(言いたいこと、言わなきゃならないこと……それを口にするのも仲間なんだが……。まぁ、初日だしな)
市内のジュリア邸の前に着くと、シモンは二人に向き直った。
「今日の依頼をよく思い返しておけ。自分に必要なこと、互いに必要なことを考えて、次に活かすんだ」
二人はそれぞれの表情で頷く。
ジュリアは成果への満足を胸に、ハルカは学びへの意欲を瞳に宿していた。
その時、シモンのポケットの中でコロンがもぞもぞと動いた。
「ほら、お前のご主人のところに帰れ」
シモンが手を差し出すと、コロンは名残惜しそうに彼の指先に鼻を押し当て、ちょこんと跳び移ってジュリアの腕の中に納まった。
ジュリアは嬉しそうに目を細め、コロンを胸元で大切に抱きしめる。
二人を送り届けたあと、シモンは夕暮れの街路を歩きながら小さく息を吐いた。
(……まずは順調だな。だが、本当の勝負はここからだ。二人の課題ははっきり見えた……あとは、どう鍛えるかだな)
胸中で静かにそう結ぶと、ふっと口元にわずかな笑みが浮かぶ。
(――育て甲斐がある、というやつだ)
暮れゆく空の下、ベテラン冒険者の瞳に次なる一歩を見据える光が宿る。
その背は、やがて街の喧騒へと溶け込んでいった。
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