第67話 自信の華と過信の芽
湿地の奥、薄い霧の立ち込める一角に目的の水精草が群生していた。
透きとおる青緑の葉は朝露のように瑞々しく、揺れるたびにきらきらと光を弾く。
シモンは腰を落とし、まずは群生の根元に目を凝らした。
水精草は乱暴に抜けば二度と生えなくなる。
茎を根元から刃で切り取り、残した根がまた育つように処置するのが肝要だ。
シモンは慣れた手つきで一本ずつ刈り取り、丁寧に束ねていった。
副産物となる“ぬかるみレンゲ”や、岩陰にこびりついた“紅苔”も見逃さず回収する。
冒険者なら誰もが欲しがる品だが、採取の仕方を誤れば台無しになる。
背後から、小さな吐息が聞こえた。
振り返ると、ジュリアがじっとこちらを見ていた。
言葉はなくとも、その瞳の奥に光るものが、どこか羨望に近い色合いを帯びているように思えた。
一方でハルカは、シモンの手元から目を逸らさずに問いかけてくる。
「それは……根を残すように切るのですか?」
「ああ。根さえ残せば来年もまた芽吹く。採取地を荒らすわけにはいかんからな」
「……なるほど」
真剣に頷くその仕草からは、学ぼうとする姿勢がはっきりと伝わってきた。
十分な量の水精草を集め終えると、シモンは空を仰ぎ、太陽の高さを確認した。
まだ日は高いが、湿地を抜け街へ戻るなら油断はできない。
暗くなる前に到着できるよう、そろそろ切り上げ時だった。
湿地を離れ、草原へと抜ける手前――一面に低い草が広がる平原に差しかかった。
岩がいくつも点在し、その陰に潜む影が、シモンの鼻先をかすめる。
(……この気配。いるな。数は――五、いや、六だ)
「二人とも気を付けろ。――敵だ」
低く告げるや否や、岩陰から灰褐色の群れが飛び出した。
――ボグウルフ。湿地帯を縄張りとする群れ狼で、泥に馴染む毛並みを逆立て、鋭い牙を剥き出しにしていた。
数は六体。
低い唸り声を響かせ、包囲するように半円を描いてにじり寄ってくる。
「下がって!」
ハルカはボグウルフの敷く半円の中心に出て、忍刀を構える。
その声を受け、ジュリアはすぐさま後方へ下がり、深く息を吸い込んだ。
胸の奥から魔力を引き上げ、両掌の間に練り上げる。
集中するジュリアを守るように、ハルカは岩と岩の間を滑るように動き、敵の注意を引きつけていった。
ハルカは踏み込みと同時に忍刀の切っ先を素早く突き出して牽制し、次の瞬間には横に移動して死角を作らせない。
前後左右に軽やかに立ち位置を変え、敵の進路を巧みに遮る。
その姿は、刃を振るわずとも群れの動きを封じ込めていた。
(……やはりハルカのセンスは抜群だ。複数相手でも集中が乱れない。これならもっと上に行ける)
シモンはいつでも前に出られる体勢を取りながら胸中で呟き、前衛を任せる確信を新たにする。
その間に、ジュリアの魔力は充分に高まり、空気が熱を帯び始めた。
言霊が紡がれるたびに火種のような光が掌に灯り、周囲の草が風に揺れる。
「――フレイム・バースト《爆裂火球魔法》!」
ハルカはタイミングを計り、横っ飛びで場所を譲った。
先ほどまでハルカがいた場所に放たれた火球が、群れの中心へ一直線に飛び、轟音と共に爆ぜた。
爆風と炎が重なって視界を灼き、複数のボグウルフが悲鳴を上げて崩れ落ちる。
だが――一匹が炎を掠めながらも生き延びていた。
毛を焦がし、片足を引きずってはいるが、なお牙を剥いて敵意を失っていない。
ジュリアは様子を確認しようと、無意識のうちに一歩、二歩と前に出てしまう。
その瞬間、手負いのボグウルフが力を振り絞り突進してきた。
素早く反応したのはハルカだった。
身を翻すと同時に苦無を抜き放ち、一直線に投げ放つ。
鋭い閃きが空を裂き、ボグウルフの首筋に突き立った。
一瞬、獣が喉を詰まらせたように呻き、足をもつれさせる。
だが、それでも本能に突き動かされるように、なおジュリアへと滲み寄ろうとした。
ジュリアは慌てて両掌を突き出し、残った魔力を一気に収束させる。
「――ファイア・ボルト!」
炎矢が放たれ、眉間を正確に貫く。
呻き声を残して、ボグウルフは地面に崩れ落ち、完全に動きを止めた。
「お嬢様、お怪我はありませんか!? 前に出るなんて危険すぎます!」
戦闘が終わるや否や、ハルカが駆け寄ってきた。
忍刀を納めながら、心底心配した表情を隠そうともしない。
ジュリアは少し息を乱しながらも、自分の魔法で群れを退けた手応えを胸に感じていた。
「フレイム・バーストでの一網打尽は良い判断だった」
シモンは淡々と評価を口にしたあと、声を落とす。
「だが、その後で無暗に前に出るのは軽率だ。次は控えろ」
「……大丈夫よ。次は気をつけるから」
ジュリアは小さく頷き、反発を抑えるように答える。
その声音には悔しさよりも、確かな充足感が滲んでいた。
(……成功体験を積むことは大事だ。だが、それが過信に変わってしまえば危うい。過信した冒険者の末路は、いつだって同じだ)
シモンは胸中でそう結び、二人の背を静かに見据えた。
まだ油断はできない。
街に戻るまでが仕事だ。
――そして、二人の成長を見極めるのも、今の自分の仕事だった。
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