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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第四章 「新米冒険者の初日」
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第66話 愛しさと弱さと図々しさ

 一同が木陰で休憩を取っていると、涼やかな風が草むらを揺らした。

 そこへ、愛らしい闖入者が息を切らせて現れる。


 ぜえぜえと肩で息をしていたルッコは、我が物顔でジュリアの膝に陣取り、そのまま腹ばいになって体を休めると、やがて小さな体をずり寄せるようにして丸まり込んだ。

 ジュリアは少し驚きつつも、そっと掌に水を溜めて差し出した。

 ルッコは小さな顔ごと水面に押しつけ、ぴちゃぴちゃと夢中で舌を伸ばした。

 額や頬を濡らすのも構わず、ただ一心に飲み続ける。

 その健気な必死さが、いっそう愛おしく映る。

 やがて飲み干すと、満ち足りたように小さく一息つき、小さな体に似合わぬ図々しさでジュリアの膝に仰向けに転がり、短い手足をだらりと伸ばした。


「ねぇ、シモン……この子、飼うことってできない?」


 ジュリアは思わず身を乗り出し、真剣な眼差しを向けた。

 シモンは肩をすくめ、曖昧に答えた。


「できなくはない」


 実際、愛玩魔獣として飼うことは制度上認められている。

 冒険者ギルドや都市の自治課に届けを出せば、ルッコのような温和な魔獣は飼育可能だ。

 実際に飼われている例も少なくはない。

 ジュリアはぱっと目を輝かせ、声を弾ませた。


「じゃあ、この子、私が世話する!」


 膝の上で丸まったルッコは、小さな鼻を鳴らし、安心したように「きゅっ」と鳴いた。

 その仕草にジュリアの笑みはさらに深まる。

 シモンはしばし黙って見つめた。

 脳裏に、かつての光景がよぎる。


 ――血に塗れながら魔血を覚醒させ、敵を圧倒した末にその場へ崩れ落ちたジュリアの姿。

 自分が目にしたのは、あの極限の瞬間だけだった。

 だが後に本人の口から聞いた話では、小さなルミアを必死に庇い、理不尽に抗う怒りが引き金となったのだという。

(……ルッコを飼うことは、あの時と同じく“誰かを守る感情”を育てるかもしれん。魔血の制御に繋がる……いや、そうあってほしい)

 ほんの一瞬の逡巡ののち、シモンは口を開いた。


「――いいんじゃないか」


 その言葉に、ジュリアは驚いたように目を丸くする。


「ただし、帰ったら爺さんには自分で言うんだぞ。俺は口添えしてやらんからな」

「う……わ、分かってるわよ」


 シモンが軽口めかして付け足すと、ジュリアは唇を尖らせる。

 照れ隠しに視線を逸らしたが、頬にはうっすら赤みが差していた。

 ジュリアに抱かれたルッコは、まるで自分は無関係とばかりに、のんきに尻尾をふりふりと揺らしていた。


「まずは名前を決めましょ! 名前がなかったら可哀そうよ!」


 ジュリアが胸を張り、勢いよく宣言する。


「ふふふ……実はね、こういう時のために、とっておきの名前を考えてあったのよ!」


 得意げに前髪を払う仕草に、シモンもハルカも無言で注目する。

 ルッコですら、きょとんと見上げて耳をぴくりと動かした。


「その名も――焔尾の夜叉スカーレット・フォクス!」

「……赤くないです。白っぽいです」


 即座にハルカが冷静に突っ込む。


「なら――紅蓮跳翔姫ヴァル・ノワール!」

「だから赤くないって。それに個体名と言うより種族名だな」


 今度はシモンが淡々と返す。


「なっ……! 響きは最高でしょ!」


 ジュリアはむっと眉を吊り上げ、抗議の声を張り上げた。


「名付けは重要なのよ!」


 胸を張るジュリアに、ハルカが小さく息をつき、恐る恐る口を開いた。


「僭越ながら……その……私からも、ひとつよろしいですか?」

「ええ、上等じゃない! 望むところよ!」


 ジュリアが勢い込んでうなずく。


「――“つぶ” なんてどうでしょうか。白くて……お米みたいですし」


 ハルカが小声で告げると、ルッコが首を傾げ、耳をぴこぴこと動かした。


「つぶ!? 八咫のおにぎりじゃあるまいし!」


 ジュリアが両手を振って即座に却下する。


「全然可愛くないわ! 名前っていうのはもっとこう、響きが華やかで、存在感のある、その……そうよね、シモン!」


 ハルカの案に、正直それはないだろうとシモンも思った。

 だが真剣なハルカの案を頭ごなしに否定するのも気が引け、無言でやり過ごそうとしたところで、ジュリアがずけずけと意見を求めてくる。


「…………ほら、コイツ自身がピンと来てないみたいだぞ」


 シモンはつぶらな瞳を細めているルッコへと視線を振り、巧みに話を逸らした。

 ルッコの様子を見たハルカは小さく肩を落とし、次の案を思案し始める。


 その後もジュリアとハルカの命名合戦は続いた。


「炎光の跳躍兎フレア・バニー!」

「……ウサギじゃありません」


 にべもなく切り捨てるハルカ。


「“もち”はどうでしょう……?」

「食べ物から離れなさい!」


 勢いよく否定するジュリア。

 だが、どんなに案を出しても、肝心のルッコは反応を示さなかった。

 名前を呼ばれても首を傾げるばかりで、耳も尻尾も動かない。

 しまいには眠たげにあくびをしている始末だった。


「……はぁ、いい加減出発したいんだがな」


 シモンが頭を掻いていると、ジュリアが急に振り返る。


「じゃあアンタが考えなさいよ、シモン!」

「は? 俺が?」


 唐突にお鉢を回され、シモンは思わず言葉を詰まらせた。

 視線を落とすと、ルッコと目が合う。

 期待に満ちたつぶらな瞳にじっと見つめられ、シモンは観念するように小さく息を吐いた。

(……仕方ない。こいつの外見的な特徴から考えるか)


 丸っこい卵型の体。

 クリーム色の毛並みに、悪戯っ子めいたこげ茶のアイマスク模様。

 ぴょんと跳ねれば、ころんと転がる不器用さ――。

 しばし思案ののち、ぽつりと口にした。


「……“コロン” でどうだ」


 ジュリアはわざとらしく失笑し、大げさに溜め息をついた。


「安直すぎるでしょ……おじさんのペットじゃないんだから」


 ハルカもまた、言葉こそ飲み込んだものの、目を逸らして微妙な表情を浮かべる。

 だが、当のルッコは目をぱちりと瞬かせると、耳をピンと伸ばした。

 シモンは苦笑を浮かべつつ、唯一の当事者に視線を向けた。


「……どうだ、コロン」


 その瞬間、ルッコはぴょんぴょんと跳ねながら尻尾をぶんぶん振った。明らかに喜んでいる。

ジュリアやハルカの案では見せなかった反応だ。


「……そんな……嘘よ。何かの間違いだわ」


 ジュリアはショックを受けたように肩を落とし、呆然と跳ね回る小さな姿を見つめるしかなかった。

 ジュリアはその後も、自分の考えた名前で呼びかけ続けた。

 だがコロンは、まるで他人事のように耳をぴくりと動かすだけで、反応を示さない。

 しびれを切らしたように「……コロン」と呼びかけると、今度はぴょんぴょんと跳ねながら尻尾を振り、嬉しさを全身で表した。


「はぁ……当人が喜んでるなら、仕方ないわね」


 ジュリアは渋々と認めるしかなかった。


「よし、名前も決まったことだし、そろそろ出発するか」


 シモンが声をかけ、一同は後片付けを済ませて立ち上がる。

 その時、コロンが小さな体で助走をつけると、渾身のジャンプでシモンの上着のポケットに飛び込んだ。

 すっぽりと収まり、丸くなったかと思えば、安心しきったように目を細めて眠りに落ちる。

 シモンは小さく微笑むと、コロンの入ったポケット軽くぽんぽんと叩いた。

 後ろからついていくジュリアは、不満げに小声でつぶやいた。


「……やっぱり、私の名前のほうが絶対かっこいいのに」

「ん? 何か言ったか」


 シモンが振り返ると、ジュリアは顔を赤らめて慌てて言い返した。


「な、何でもないわよ!」


 そうして一行は再び歩みを進める。

 安らぎのひとときは過ぎ去り、目指す採取地はすぐそこに迫っていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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