表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第二章 「紅玉を胸に、右手に鞭を」
63/94

第57話 大きな祝福と小さな嫉妬

 石畳の路地裏にひっそりと構える老舗の扉を押し開けると、カラン、と上品な鈴の音が鳴り、魔布の乾いた匂いがふわりと漂った。

 シモンたち一行は、仕立て屋《ヴェルノ・ドレス工房》を訪れていた。

 内装は質素ながら隅々まで整えられている。壁際には反物が幾列も積まれ、絹糸の光沢や厚布の重みが色とりどりに並ぶ。

 大きな窓から差し込む陽光が布地を照らし、赤はより鮮烈に、青は深みを帯びて輝いていた。作業台の上には裁ち鋏や木製のメジャー、半ば仕上がったドレスが整然と置かれ、熟練の手仕事が息づいている。

 アーデルシア家御用達の店とあって、店主はすぐに笑みを浮かべ、ジュリアに向けて深々と礼をとる。


「ジュリア様、本日もご用命を賜り、恐悦至極にございます」

「ええ。事前に話しておいた冒険者装束の件、お願いするわ」


 そのやり取りを横で聞きながら、シモンは少し肩の力を抜いた。

 完全に“客”として扱われることに、どうにも慣れないのだ。


 並べられた生地はどれも高級品。

 炎を浴びても焦げにくい布、衝撃を分散する織物、魔石を織り込んで魔力の伝導を助ける加工布――。


「こっちは強度はあるけど重いな。長く動くなら疲れるだろう」

「なら、こっちの方が実用的じゃないかしら? 軽くて、通気性も良いって書いてあるわ」


 ベテラン冒険者であるシモンと、熟練職人である店主の相談に、ジュリアも当然のように加わり、堂々と意見を投げかける。

 彼女にとってはただの衣ではなく、戦場で身を守る鎧でもある。


「こちらの生地なら、魔力を纏った際の炎の広がりを抑えられるかと」

「なるほどな……」


 実用性を見極めるシモン、職人の視点を語る店主、そして使う者としての意見を出すジュリア。

 三者で交わされる議論は、いつしか熱を帯びていた。

 やがてデザインの話題になると、店主が言葉を切り替える。


「仕立ての意匠については――」


 その視線がジュリアと合わさり、暗黙の了解が交わされる。


「私とジュリア様でご相談いたします。シモン様には、完成を楽しみにお待ちいただきましょう」

「……そういうことか」


 シモンは肩をすくめる。自分だけ蚊帳の外というのは、どうにもむずがゆい。

 だが、ジュリアの気持ちを汲み、素直に引き下がった。




 やがて基本デザインが仮決定し、採寸のため女性スタッフがジュリアを奥へと案内し、ハルカもそれに続いた。

 シモンは店内に残り、店主はバックヤードへと姿を消す。

 ややあって、店主は湯気の立つコーヒーを手に戻ってくると、職人らしい静かな所作で椅子を引き、シモンを席へと誘う。


「……ところで、先日は誠にありがとうございました」


 店主がふいに頭を下げる。


「先日?」

「ええ、舞踏会の礼装です。あの黒の正装――覚えておいででしょう。あれが王都で大評判となりまして。『どちらのご子息か』と貴族方の話題をさらい、今ではあの黒礼装が一つの流行になっております」


 シモンは眉をひそめる。


「……あの時のか」


 視線を集めたことは覚えている。

 だが、それが王都のトレンドにまでなっているとは……「まさか」としか言いようがなかった。


「顔を売るつもりはなかったんだがな」


 口に出すと、店主は苦笑して首を振る。


「立ち姿あってこそ。布と仕立てだけでは、到底届かぬ評判でございます」


 褒め言葉のはずなのに、シモンの胸には複雑な感情が残った。


「……できれば忘れてほしい話だが」

「忘れられない立ち姿というのも、世にはあります」


 シモンの苦笑いに、店主は穏やかな笑顔で返した。

 ほどなく採寸を終え、ジュリアが戻ってきた。


「加工を施したのち、改めてお引き渡しいたします」

「ええ、よしなに」


 満足げにうなずくジュリア。

 その姿を横目に、シモンはふと思いつき、ハルカに声をかけた。


「せっかくだ。ハルカ、お前のも仕立ててもらえばどうだ。新弟子のお祝いだ」

「えっ……!」


 驚きに目を丸くしたハルカは、慌てて両手を振る。


「わ、私なんかにはもったいないです!」

「遠慮するな。これから命を預け合う仲間だ。費用は気にしないで、納得のいくものを作ってもらえ」


 シモンはまっすぐに言った。

 ハルカはしばらく視線を伏せ、やがて決意を固めたように深々と頭を下げる。


「……ありがとうございます、シモン様。必ず、装束に恥じない冒険者になります」

「大事にするより、まずは使い倒せ。傷が増えるほど、お前の歩みの証になる」

「……はいっ!」


 顔を上げたハルカの表情は、真剣そのものだった。

 店主がサンプルを並べ、彼女は一つひとつ丁寧に確認しながら相談を始める。

 師から贈られた最初の装束――その重みを噛みしめているのだろう。


 その最中、シモンとジュリアがふと二人きりになる。


「……ハルカだけずるい」


 小声のつぶやきに、シモンは首をかしげる。


「ん? どういう意味だ」

「な、なんでもないわよ!」


 ジュリアはそれ以上、何も言わなかった。

 ――それでも、分かってほしいと思っていた。

 自分も祝ってほしい、そのささやかな願いを。

 言葉にできないまま、ぷいと顔を背ける。


 シモンはその心情を探ろうとするが、うまく形にできない。

 もどかしさだけが胸に残る。

 やがて、採寸を終えたハルカとスタッフが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。ただいま終わりました」


 仕える主人と、出向先のお嬢様を待たせてしまったと、どこか申し訳なさそうなハルカ。

 その姿に、シモンは思わず苦笑する。


「引き渡しは後日。魔法加工が済み次第、改めてお届けいたします」


 店主の言葉に三人はうなずき、工房を後にした。

 店を出て歩き出したところで、シモンはちらりと横をうかがう。

 そこには、まだ頬を膨らませたままのジュリアの横顔がある。

 ただの拗ね顔――なのだろうか。

 妙に引きずっているのが気になる。

(……何をそんなに拗ねているんだ?)


 拗ね顔の理由はわからないまま、胸に小さな引っ掛かりが残った。

 シモンは頭を掻き、次の目的地に向け、石畳に靴音を響かせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ