表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第二章 「紅玉を胸に、右手に鞭を」
62/94

第56話 冒険者と証

 成人祝いの翌朝。

 ワイアースの大通りを馬車が進む。

 乗っているのはシモンとジュリア、そしてメイドとして控えるハルカの三人だった。


「ついに、ついに私も正式な冒険者に……!」


 窓の外を眺めながら、ジュリアは抑えきれぬ胸の高鳴りを言葉にした。


「お嬢様、あまりはしゃぐと、はしたないですよ」

「むっ……し、仕方ないでしょ! 今日は特別なんだから!」


 隣のハルカが涼しい声で釘を刺す。

 ぷいと横を向くジュリアに、シモンは小さく笑みを浮かべた。


「ちなみに、私はすでに登録済みですから。分からないことがあれば、なんでも先輩にお尋ねくださいね」


 普段は控えめな彼女だが、このときばかりは胸を張り、得意げに顎を上げていた。

 その姿は、年相応の少女らしさをのぞかせる。

 ジュリアはジロッと軽く睨むが、ハルカは澄ました顔で、軽く受け流していた。

 微笑ましい雰囲気を感じているうちに、馬車は目的地に到着していた。


 石造りの重厚な建物──ワイアース冒険者ギルド。

 大通り沿いに構えられたその扉をくぐると、広間は活気とざわめきに包まれていた。

 依頼掲示板には札がぎっしりと並び、受付嬢たちと冒険者の声が飛び交う。


「シモンさん!」


 最初に気づいたのはエリスだった。

 ぱっと顔を上げてシモンを見つけると、慌てて姿勢を正す。


「ジュリア様!」

「……前にご挨拶に来られてから、もう四か月ですか」



 エリスの後ろでリリーがジュリアに気づき、ぱっと手を振った。

 カリナが冷静に言い添えると、ジュリアはたおやかに腰を折り、完璧な礼を返した。


「ご無沙汰しております。アーデルシアの娘、ジュリアでございます。本日は冒険者として、正式に登録をお願いに参りました」


 その声は澄んでいて、立ち居振る舞いには品がある。

 ギルドの面々は頷き合い、場に一瞬の静けさが落ちる。

 カリナが手続きを促し、ジュリアは差し出された書類に流麗な筆跡で記入していく。


「わぉ……なんて綺麗な字!」


 リリーが思わず声を漏らすと、ジュリアは当然と言わんばかりに薄く微笑んだ。

 続いて、ギルド証の作成。

 透明な水晶板に手をかざすと、朱色の光がじわりと広がっていった。


「……これは」


 カリナの瞳が一瞬揺らぐ。冷静さを装っていたが、驚きを隠せない。


「新人どころか、一人前の魔法士の何倍も……正確な魔力量は計測できません」


 引きつった声に、カウンターの内側がざわめいた。


「こ、こんな数値……あり得るんですか」

「さっすがジュリア様! お嬢様は魔力まで桁違いですね!」


 エリスが小声で呟き、隣のリリーはぱっと笑顔を弾ませる。

 カリナが咳払いをひとつすると、二人は慌てて持ち場へと戻っていった。

 計測の結果に胸を張るジュリア。


「……さすがお嬢様」


 その姿に、シモンは口元をわずかに緩め、ハルカも控えめに囁く。

(この力で……私は私の価値を証明する!)

 ジュリアは表情を引き締め、胸の奥で改めて誓いを固めた。


 ジュリアは事務手続きを終え、登録の完了を静かに待った。

 焦りを表情には出さず、胸の奥で期待だけが静かに膨らんでいく。

 やがて完成された金属製のカードがカリナから手渡される。


 表面は灰色、角にはギルドの紋章。

 裏には名と登録番号、そして「Fランク」の刻印が刻まれている。

 冒険者としての正式な証だ。


 ジュリアはカードを両手で受け取り、胸に抱いた。

(これが……私の冒険者としての第一歩)

 横からそっとハルカが声をかける。


「お預かりしましょうか?」


 ジュリアは一瞬考え、首を横に振った。


「大丈夫……ううん、自分で持っていたいの」

「かしこまりました」



 素直に引き下がりながらも、ハルカの眼差しには微笑ましげな色が浮かんでいた。

 その心の昂ぶりを察したかのように、カリナがさらに口を開く。


「今お渡ししたカードが本証である《ギルド証》になります。高ランクの契約や、身分証明に必要な正式書類となりますので、なくさないように大切に保管なさってください」


 そして小さく間を置き、続ける。


「加えて、副証ギルド・アミュレットについてもご説明します。普段の依頼受注や照会、報酬の受け取りなどは、こちらの小型魔導具を用いるのが一般的です。形状は自由で、ペンダント・指輪・ブレスレットなどを選べます。水晶端末にかざせば、ご本人の登録情報と連動して機能します」


 ジュリアは思わず小首をかしげた。

(証書があるのに、どうして別のものが要るのかしら……?)

 その疑問を見抜いたように、隣のシモンが自分の左手を持ち上げる。

 無骨な革紐のブレスレットが光を受けてかすかに揺れた。


「これだ。街を出入りするときや依頼の確認には、こっちを使う。カードの方は正式な証明用だな」


 さらりとした言い方だったが、ジュリアには新たな世界の実感として強く響いた。


「副証の申請は後日でも構いません。本日は本証の発行のみとなります」


 カリナの締めくくりに、ジュリアは小さく頷いた。

 そこで、カリナはさらに言葉を継ぐ。


「それと、ギルドでは報酬金を預かる《預金制度》も設けています。依頼を終えて受け取った報酬は、そのまま口座に入金可能です。ご希望ならアミュレットで照会や引き出しもできます」


 ジュリアは小さく瞬きをし、興味深げに耳を傾けた。


「預金……?」

「ええ。ただし、預け入れにはランクごとに上限がございます。Fランクは三千シェルまで、Eランクは五千、Dランクで一万……上位ランクになるほど限度額は広がります」


 カリナは一度区切り、涼やかな視線を横に流す。


「もっとも、ほとんどの冒険者はその日暮らしで上限に届くことは稀です。……ですが、なかには例外もおりますので」


 視線の先には、静かに立つシモンの姿。


「上限を超える場合は、商会や王都の銀行に預けていただきます。ギルドではお引き受けできませんので」


 遠回しではあるが、確かに釘を刺す響き。

 シモンは肩をすくめただけで、何も言わなかった。

 そしてカリナは、最後に少しだけ口元を緩める。


「不明点があれば、いつでもギルドスタッフにお尋ねください。……あるいは、優秀な先輩冒険者に教わっても構いません」


 至極真面目な顔で、ちらりとシモンを見やる。

 ジュリアは小さく吹き出しそうになり、シモンは咳払い一つで受け流した。

 だがカリナの声が、再び低く強く響いた。


「最後に一つ。新人冒険者の三割は一年以内に命を落とします。さらに三割は、負傷や失望で引退、あるいは廃業。残り四割も、次の一年には半分も残りません」


 冷徹な数字に、ジュリアは思わず息を呑んだ。

 カリナの眼差しは鋭く、それは気迫にも似た切実さを帯びている。


「それだけ危険な仕事なんです。名誉もお金も取り返せますが、命だけは替えが利きません。貴女の命は一つだけなんです。ここを違えないでください。」


 その一言一言が、胸の奥に突き刺さる。

 ジュリアは唇を結び、深く頷いた。


「……肝に銘じます」


 その答えは真摯で、決意を帯びていた。

 説明を終えると、シモンが静かに口を開いた。


「今日は登録だけだ。あとは装備を見に行くぞ」

「……わかったわ」


 ジュリアはほんの少し、名残惜しそうに掲示板へと視線を流した。

 そこには依頼票のほか、通達文も張られている。


『受付嬢へのナンパ禁止──お土産歓迎、甘味推奨』

『《ミミクレア》に関する注意事項──自己責任にて開封のこと』

『定期巡回警備の募集──農村・街道を守る巡回依頼』

『ギルド主催:婚活パーティー参加者募集中』


「へえ……こんなのもあるんだ」

「依頼以外にも重要な通達事項もある。ギルドに顔を出した時は、確認する習慣になるさ」


 ジュリアは思わず小さく呟く。

 シモンは冒険者あるあるを披露し、ジュリアは感心して頷いた。


 軽く手を振ってギルドを後にするシモンに促され、ジュリアとハルカも続く。

 外に出たジュリアは改めてカードを見下ろし、ぎゅっと握りしめる。


「これが……私の冒険者としての第一歩」


 静かに誓う声が夏空に溶けていく。

 その姿を横目に見て、シモンは心中で呟いた。

(……ようやく始まったな)

 依頼としては終わっていたはずの「冒険者指導」。

 途中で思いがけないトラブルや新しい真実に直面もしたが、ようやく本当に達成できた気がした。


 だが、冒険者は「なること」よりも、その後を「生き抜くこと」の方がはるかに困難だ。

 それは身をもって知っている。

 そしてジュリアにも、ハルカにも、いずれは身をもって知ってもらわなければならない。


 それでも──。

 二人が冒険者としての道の先に、ほんの少しでも幸福を見いだせるように。

 シモンは、願わずにはいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ