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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
アラサー冒険者のaimless odyssey -緋影闘奏篇-
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第54話 少女たちの新しい一歩

 持久走を終えたハルカは、額の汗を拭いながら深呼吸を整えた。


「おはようございます、テラノス様」


 庭先に現れたテラノスへ、きちんと礼をする。


「うむ、元気そうでなによりじゃ。走りはどうじゃった?」

「はい、全力を尽くしました」



 力強い返事に、老人は髭を揺らして愉快そうに笑った。

 そのやり取りを受け、シモンが口を開く。


「基礎能力の測定は終わった。敏捷力も持久力も期待以上だな。ただし体幹と筋力はまだ伸ばせる。今後は基礎を積みながら、忍びの動きに即した応用を加えていく。――それで進めるぞ」

「はい」


 ハルカはまっすぐに頷き、目に決意を宿す。

 一方、少し離れた場所で魔力球を維持していたジュリアの表情は複雑だった。

 自覚のない苛立ちのような何かが集中を乱し、魔力球は揺らぎ、ペースも落ちる。


「ジュリア!」


 シモンの鋭い呼び声に肩を跳ねさせ、慌てて姿勢を正した。


「……な、何よ」


 拗ねを隠せぬ声で返す。

 渋々シモンたちの元に駆け寄ったジュリアは、改めてテラノスに向かって一礼した。


「おはようございます、お爺様」

「おお、よう頑張っとるな。暑さに負けずようやっとる」


 労いの言葉に、ジュリアの胸は少し和らぐ。

 しかしシモンは容赦なく告げる。


「だが、さっきは集中が足りてなかったな」

「ちょ、ちょっと気が散っただけよ! 次は大丈夫だから!」


 勢いで返すが、頬はわずかに赤い。

 シモンは肩をすくめつつ、ふと横のテラノスへ視線を向けた。


「爺さん。魔法士の立場から見て、今やらせている訓練はどうだ?」

「……難易度は高いのう。属性の違う魔力を同時に制御するんじゃろう? だがな、得られる効果も大きい。並の魔法士には到達できん境地に近づける」


 静かな声音に重みがあった。

 シモンは満足そうに頷く。


「なら十分だ。――ジュリア、お前なら乗り越えられる」

「っ……! わ、分かってるわよ!すぐに完璧にしてみせるわ!!」


 ジュリアの声は、わずかな照れを含んでいた。

 シモンはしょうがないと思いつつも、思春期らしい照れと、ジュリアらしい気の強さに僅かに微笑んだ。


「よし、残りは瞑想にあてる。朝の訓練はそれで終わりだ」


 シモンの号令に、二人は素直に頷いた。

 ジュリアとハルカはその場を離れようと歩き出す。

 だが、ジュリアだけがふと足を止めた。

 振り返り――テラノスへ視線を向け、静かに口を開く。


「お爺様……お願いがあります」


 真剣な眼差しを向ける。


「今後、できる限り馬車の使用を控えたいのです。郊外の本宅から学院に通うときはともかく、市内の別宅から学院へ行くときや、買い物に出かけるときなどは……徒歩で通いたいと思っています」


 意外な願いに、テラノスは難しい顔をした。


「……ワイアースの学院も街も、王都に比べれば自由な気風じゃ。実力のある貴族が馬車を使わず歩くのも珍しくはない。儂も若いころは国中を巡り、自らの足で土を踏み、川に入り、治水も農地も自分の手で改良してきた」


 そこで表情を引き締める。


「じゃがな……先の誘拐のこともある。危険は必ず伴う。――ジュリア、それでも覚悟はあるか?」


 一拍置いて、ジュリアは真剣に頷いた。


「はい。覚悟はあります」


 テラノスは深く息を吐き、そして告げる。


「分かった。ただし条件がある。――可能な限り護衛を付けることじゃ。シモンでも、ハルカでも、屋敷の者でもよい。一人で歩くのは、冒険者として生きる覚悟を備えてからでも遅くはない」


 ジュリアは短く逡巡し、やがて力強く答えた。


「承知しました。その条件を受け入れます」

「よし」


 テラノスは満足そうに頷き、シモンとハルカへと深々と頭を下げた。


「……ジュリアを、よろしく頼む」


 突然のことに二人は目を瞬かせたが、すぐに顔を見合わせ、それぞれ応じた。


「ああ、任せてくれ」

「お嬢様のこと、必ずお守りします」


 それに倣い、ジュリアも深々と頭を垂れる。


「お願いします」


 夏の朝の蒸し暑さの中、三人の声は凛として響き、確かな絆を結び直すように訓練場へと広がっていった。


 場が落ち着いたころ、今度はハルカが遠慮がちに手を挙げた。


「……あの、シモン様。私からもお願いがあります」

「ん? なんだ」


 視線を向けられ、ハルカはほんの少し恥ずかしそうに胸の前で手を組む。


「今後、訓練の時は……『訓練』ではなく『修行』と呼んでいただけませんか? そして、シモン様のことを『師匠』とお呼びしたいんです。私自身も『弟子』として扱ってほしいのです」

「はぁ……?」


 思わず素っ頓狂な声を上げるシモン。


「修行と弟子はともかく、『師匠』は……さすがに柄じゃないだろ」


 困惑するシモンの横で、テラノスが髭を撫でて笑う。


「本人がそうしたいというなら、それぐらい構わんじゃろ。名は形を育てるものでもあるしのぉ」

「……爺さんまでそう言うか」


 シモンは軽く睨んだが、テラノスは素知らぬ顔でとぼけている。

 代わりにハルカが真剣な眼差しを逸らさず、シモンを見つめていた。

 さすがにその視線を無視することはできない。

 シモンは大きく息を吐き、肩を落とした。


「分かった。ただし――修行の時だけだぞ。それ以外で呼ぶのは勘弁してくれ」

「はいっ。ありがとうございます、師匠!」


 弾むような声で答えるハルカ。

 頬がわずかに紅潮し、瞳は期待にきらめいていた。


「……やれやれ」


 頭をかくシモンを見て、愉快そうに笑うテラノスの声が訓練場に響き渡り、不思議な清涼感をもたらした。

 シモンは軽く頭を振り、改めて二人の少女を見やる。

(……さて。ここからが本当の訓練――もとい修行だ)

 小さく息を吐きながら、これからの修行に思いを馳せる。


 夏は終わりに近づいているはずなのに、彼らを取り巻く熱気は衰える気配を見せない。

 秋の訪れは、どうやらもう少し先のことになりそうだった。

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