プロローグ 「秋風に舞う二重奏」
季節は晩秋――十月も下旬を迎え、朝の空気は澄んでいた。
テラノス邸の裏手にある訓練場には、乾いた砂の匂いと落ち葉が混じる爽やかな風が漂っている。柔らかな午前の日差しが、見守る者たちの影を落としていた。
その中央で向かい合うのは、二人の少女。
一人は、淡いピンクを基調にネイビーの差し色が映える半袖のボタンシャツに、真っ白なショートスカートを合わせていた。腰にはフック付きのベルトを締め、琥珀の瞳を輝かせるジュリア・アーデルシアが、背丈に近い長さの鞭を手に、挑戦的な笑みを浮かべている。
もう一人は、水色に淡い黄色を差した半袖シャツに、同じく白いショートスカート。背に横向きの鞘を備えたベルトを締め、両腿にはガーターリングを装着し、刃を潰した苦無を収めていた。手にするのは忍刀を模した木剣。忍びの少女、ハルカである。
模擬戦の開始を前に、周囲を取り囲むのは、先ほどまで訓練に励んでいた私兵たちだ。汗を拭う手を止め、緊張と期待をないまぜにしながら見守っている。
「お嬢様とあの忍びの娘か……」
「どっちが勝つかな」
囁きがいくつも交わされ、やがて静けさへ吸い込まれていく。
その背後、訓練場の端には腕を組んだシモンが立っていた。
言葉にせずとも、その視線は二人に注がれている。
秋風が吹き抜け、二人のスカートの裾がさらりと揺れた。ジュリアは濃紺、ハルカは小豆色の、それぞれのブルマが覗く。
風が止み、緊張の糸が張り詰めたその瞬間、ジュリアが一歩踏み出した。
「行くわよ、ハルカ!」
勝ち気な声が響く。
「いつでもどうぞ――“お嬢様”」
対照的に涼やかな声で受けるハルカ。その声音には落ち着きがあった。
刹那、鞭が風を裂き、木剣が鋭く受け止める。
乾いた衝撃音が訓練場に響き渡り、私兵たちが「おおっ」とどよめいた。
鞭の軌跡を木剣が弾き返し、砂をえぐる。
ジュリアは素早く鞭を引き戻すと、即座に後方へ飛び退き、ファイア・ボルト《単体炎矢魔法》を放つ。
ハルカは滑らかなサイドステップで躱し、身体を倒して前傾に構えると、低い姿勢のまま一気に間合いを詰める。
「お見通しよ! ファイア・ウォール《轟炎防壁魔法》!」
ジュリアの足元から火炎の壁が噴き上がり、ハルカの進行を遮った。ハルカは防壁直前で忍刀を鞘に納め、いくつかバク転を繰り返して高く宙へ舞い上がる。ガーターから両手で苦無を抜き、空中で一本、着地後にもう一本――時間差で投擲した。
「――はっ! ……はっ!」
「フォース・ガード《斥力防御魔法》!」
ジュリアはフォース・ガード《斥力防御魔法》を展開し、空中で放たれた一本目の苦無を弾く。だが二本目は障壁を避ける軌道で飛来し、地を転がるように前転して辛うじて回避した。砂煙が上がり、観客から小さなどよめきが漏れる。
ジュリアが放った純粋魔法のフォース・ガードは、星導魔技大祭を見据えた新たな技なのだろう。魔法の多くを独学で身につけた彼女だが、驚くほど滑らかな展開だった。
(さすがジュリア。魔法の鍛錬に余念がない。この分なら、まだ奥の手を隠していそうだな……)
その後も攻防は続いた。
鞭と木剣が交差し、火花めいた緊張が迸る。魔法の閃光と武器の衝突音が交錯し、数合ののち、二人は同時に大きく距離を取った。
肩で息をしながら、ジュリアが目を細める。
「……さすがにやるわね」
木剣を軽く振り下ろし、余裕を見せるようにハルカが答えた。
「お嬢様も……まあまあですね」
「言ったわね」
ジュリアの口元に笑みが浮かぶ。挑発というより、心底楽しげだった。
私兵たちの間から感嘆の声が上がる。
「お嬢様……ずいぶん腕を上げられたな」
「ハルカちゃんも負けてない……すげぇぞ」
メイドたちも息を呑み、思わず顔を見合わせる。
「すごい……」
「かっこいい……!」
だが、笑みを交わしながらも――二人の瞳だけは揺らがない。
互いを友と認めながらも、退く気のない鋭い意志。勝ちたいという強い心が、真剣な光を宿していた。
シモンはわずかに目を細め、口元に笑みを浮かべる。
二人の成長は確かだった――技も、心も。
その早さに舌を巻き、「若いっていうのは……良いな」と心の内で呟く。
感慨の笑みを浮かべながら、ふと願う――健やかであれ、と。
だが、楽観に酔っていられるほど現実は甘くない。
すでに幾度も、理不尽な刃が彼女たちへと伸びてきた。これからも、さらに巧妙に、さらに苛烈に迫ってくるだろう。
恐らく、自分の力だけではすべてを守り切れない。
その瞬間が訪れるかもしれない――だからこそ、あの二人には、自らの足で立ち、自分の未来を切り開ける強さを身につけてほしい。
その願いは、静かだが、確かな熱を帯びて胸に宿っていた。




