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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十一章 「いつか帰る場所」
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エピローグ 「始まりの扉」

 季節は、盛夏の入り口に差しかかっていた。

 ワイアースの空は蒼く高く、風に混じって草の匂いが漂っている。

 テラノス邸の訓練場では、活気ある掛け声と木剣の風切り音が響いていた。


 その場には、負傷から回復した私兵たちの姿もあった。

 かつての襲撃で傷を負いながらも、こうして訓練に復帰した彼らの動きには、勇ましい気概が宿っている。


 訓練の監督を務めているのは、ヴァレリオだった。

 夏の暑さをものともせず、隙のない長袖の執事服を完璧に着こなしたその姿は、炎天下にあっても一分の乱れもなかった。

 静かに腕を組み、鋭い眼差しで私兵たちの動きを見守っている。


「……じゃあ、行ってくる。依頼でも見てくるよ」


 そう言うとシモンは汗をぬぐった。

 ヴァレリオは腕を解くと、静かな一礼で見送った。


 今日は午前の訓練だけで十分だ。

 ジュリアもだいぶ力をつけてきたし、そろそろ自分も“現場”に戻るべきかもしれない。

 そんなことを思いながら、訓練場を後にした。




 昼時に差し掛かるころ、シモンは冒険者ギルドの扉を押し開けた。

 中は、いつにも増して賑わっていた。


「なんだ……今日はやけに騒がしいな」


 ちらっ、と視線を向けた先――。

 受付前の一角。

 そこにいたのは、どこか場違いな姿をした少女だった。


 藍を基調とした、上品さを感じさせるメイドドレス。

 紅色のリボンがアクセントとなり、胸元からウエストにかけて自然にフィットした曲線を描いている。膝上丈のスカートに、長袖で上品にまとめられたその姿は、純白のエプロンとレース手袋とストッキング、小さな革靴と相まって、確かな優美さを漂わせていた。

 その少女は、黒縁眼鏡の奥に静かな瞳を宿している。


「……え?」


 シモンは目を瞬いた。


「ハルカ……なのか……?」


 確かに、見間違いようもない。

 あのとき旅立ったはずの、八咫の国の少女。

 忍びの里を失い、復讐を果たし、別れを告げたはずの彼女が――今、ギルドのど真ん中で微笑んでいた。


「お久しぶりです、シモンさん……いえ、シモン様」


 軽く頭を下げ、ハルカは一歩前へと進み出る。

 周囲の冒険者たちがざわつくのも無理はない。

 異国の美少女メイドが、笑みを浮かべて一人の男の名を呼ぶなど、見慣れた日常にはない光景だった。


「ご報告がありまして……忍びの里のお墓参りを終えて、少しだけ、自分と向き合う時間を持ちました。ですが、何度考えても、新しい生き方は思い浮かばなかったんです。――自分が、これからどう生きていくのか」


 淡々とした言葉のなかに、どこか切なげな響きがあった。


「ただ、一つだけ、心残りがありました。――私は、忠義を果たせなかったのです。だから今度こそ、忠義に生きたいと思いました」


 ギルド内が、ぴたりと静まり返り、ハルカの言葉を待つ。


「ですので……お願いがあります。私を、あなたのメイドとして、傍に置いていただけませんか? 誰かに決められた主人ではなく、私自身が仕えたいと願う主人として」


 その瞬間、場の空気が弾けた。

 受付カウンターの奥で帳簿をめくっていたエリスが「ひゃっ!?」と短く悲鳴をあげ、リリーはポカンと口を開けたまま固まっている。

 周囲の冒険者たちが一斉にシモンを注視し、視線の圧がすさまじい。

 シモンはしばらく沈黙したまま、何かを考えていた。


「おいおい……」


 低く呟き、額に手をやる。

 困惑と照れ、それに呆れとが入り混じった、複雑な表情だった。


「俺はそんな大層なもんじゃない。そもそも、主ってのは……」

「――別れ際におっしゃってました。『力になれることがあったら、また相談してくれ。俺にできることがあるかもしれない』と」


 早口で捲し立てるハルカの眼差しは揺るがない。

 逆に言葉に詰まるシモンの前に、再び一歩進み出る。


「今がその時です、シモン様」

「……まったく、強引な奴だな」


 シモンは呟くように言って、ハルカの瞳を見つめながら考える。

 ハルカは視線を逸らさず、シモンの答えを待つ。


 すると、ようやく観念したようにシモンは息を吐いた。


「わかった。じゃあ……」


 と言いかけた直後。


「ちょっと待ちなさい!」


 扉の向こうから飛び込んできた声に、全員がそちらを振り返る。

 姿を現したのはジュリアだった。

 彼女のすぐ後ろから、ミーナが慌てて追いかけてくる。


「どういうことよ、それ!」

「え、ええと、その、お嬢様、あまりお声を……っ!」


 ミーナがうろたえて止めるも、ジュリアは真っ赤な顔で、シモンの前までずかずかと歩み寄ってきた。


「その格好、どう見てもメイドじゃない。ってことは……あんた、何を勝手にしてくれてんのよ、シモン!」

「いや、これは俺の……というか、流れというか」

「流れでメイドとかある!? だいたいアンタ――」


 ジュリアは人前であることも忘れ、素の言葉遣いのまま、矢継ぎ早に詰め寄る。

 その勢いに押されたシモンは、風雨に晒された案山子のように立ち尽くし、ただ言葉の矢を浴び続けるしかなかった。


「ジュリアさんには関係ありません」


 そこに静かな声が割って入る。

 ハルカは、この状況にそぐわぬほど、落ち着き、澄んでいて、静か微笑んでいた――しかし、目だけが笑っていなかった。


「これは、私とシモン様の間で交わされたお話ですので」

「は、はあ!? ちょっと、なによその言い方!」


 ジュリアがビリビリと怒気を放ち始める。

 ミーナが顔を真っ青にしながら両手を振る。

 そして次の瞬間、視線がぶつかり合った。


 炎のように燃え盛るジュリアの瞳と、水のように澄んだハルカの瞳が――静かに、だが鋭く交錯する。

 空気がひときわ張りつめたその瞬間、ギルド全体が静まりかえるような錯覚すらあった。


(……まずいな)


 シモンは心の中で呟く。


(このままじゃ、本当に火がつきかねん)


 その場にとどまるのは得策ではないと判断したシモンは、無言で視線をギルドの出入口へ向けた。

 そして、そっと気配を沈めて――一歩、後方に足を踏み出す。


(朧の応用だ。騒ぎに意識が集中している今なら、虚像を残し、気配と感情さえ消せば十分通じる……)


 シモンは僅かに腰を屈めると、さらに一歩後退し、遠巻きに見ている野次馬の列に紛れ込んだ。


(そうだ……俺は、凪になるんだ)


 そのまま、気づかれないように野次馬の列を抜け出し、ギルドの扉を開けて外へと抜けた。

 外はすでに午後の日差しが強くなり始め、夏の気配が濃くなっていた。


(……平和とは、かくも得難き、遠き理想)


 ふと、過去に心の中で呟いた言葉が浮かんだ。

 だが、今なら違う形で、別の言葉を付け足せる気がした。


(今だけは――この賑やかな平穏を、噛みしめておきたい)


 風が頬を撫でる。

 ついさっきまでの騒がしさが、どこか懐かしく、愛おしく思えてくる。


「シモン! 待ちなさーいっ!」

「お待ちくださいっ、シモン様っ!」


 ジュリアとハルカの声がほぼ同時に響く。

 背後からは、ミーナの「ひゃあぁぁ~!」という悲鳴も聞こえた。

 思わず、シモンは小さく笑ってしまう。


「……賑やかすぎるだろ、まったく」


 そんなつぶやきとともに、シモンは駆け出す。

 夏の風が、さらに熱を帯びて吹き抜けた。

 その風は、始まりの扉を――静かに、確かに、押し開けていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『風縁奇逅編』は、これにて完結となります。


印象に残るシーンはありましたか?

好きなセリフはありましたか?

よろしければ、ここまでの物語について感じたことなど、お聞かせいただけると、非常に励みになります。


シモンの旅路は、まだまだ続きます。

この先も、見届けていただければ嬉しく思います。


改めて、ありがとうございました。

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