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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十一章 「いつか帰る場所」
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第48話 旅立ちの風

 青空に、白い雲が穏やかに流れていた。

 その日、ワイアースの街をひとり去ろうとしている少女がいた。


「もう、大丈夫です。体の調子も、だいぶ良くなりました」


 冒険者ギルドの前で、ハルカは静かに一礼した。

 黒縁の眼鏡越しに覗く瞳は澄み、肩には軽い荷を背負う。

 かつての冷たい影は薄れ、年相応の可憐さがその姿に宿っていた。

 目元には、いくらか疲労の色が残っていたが、顔を上げたその立ち姿には、確かな決意が刻まれている。


 この日の彼女は、和洋を織り交ぜた装いに身を包んでいた。

 薄藍の腰丈羽織に、淡い灰の襦袢風ブラウス。

 紺の袴風スカートが風に揺れ、足元の編み靴が軽やかな歩みを支える。

 腰にはあずき色の苦無袋が、旅の名残と新たな決意を象徴するように揺れていた。


「戻ったら、どうするんだ?」


 シモンの問いに、ハルカは一瞬だけ遠くを見つめた。

 その視線の先に故郷はもうない。ただ、想いだけがそこにあった。


「みんなのお墓に報告を。それから……あの苦無を供えようと思います。ようやく、そうしてあげられる日が来たので」


 その声は静かで、優しかった。

 復讐を遂げた満足よりも、眠れる仲間たちのために――という、誰かを思う心が感じられた。


「その先は?」

「まだ……考えてません。でも、きっと、何か見つかると思います」


 答えながら、少し寂しげに笑う。

 無意識に、手は苦無袋を優しく撫でていた。

 その笑みに、かつて冷徹だった忍びの影はもうない。

 人と交わり、人のぬくもりに触れた者の、穏やかな顔だった。


「力になれることがあったら、また相談してくれ。俺にできることがあるかもしれない」


 その言葉に、ハルカは一瞬だけ目を見開いた。

 だがすぐに穏やかな表情へと戻り、ゆっくりと頷く。


「はい……ありがとう、ございます」


 その感謝は、復讐に生きた忍びとしてではなく、ひとりの少女としてのものだった。

 誰かの優しさに支えられ、ようやく心を解きほぐされた少女――ハルカとしての。


 思い返せば、冒険者ギルドで面倒を見てくれたダンカン。

 解毒と手当を施してくれたカリナ。

 夜通し看病してくれたエリスとリリー。

 お見舞いに来てくれたジュリアとミーナ。


 そして――。


「……仇を討ってくれたこと。生きる意味があるって、教えてくれたこと。全部……全部、ありがとうございました」


 シモンが無言で手を差し出すと、ハルカはその手をじっと見つめ、ゆっくりと両手で包み込むように握った。

 その指先に、名残惜しさが滲んでいた。

 まるで離れてしまえば、もう二度と会えないのではないか――そう思うかのように。

 しばしのあいだ、彼女はその手を離せずにいた。

 それでも、ハルカは笑った。


「行ってきます、シモンさん」


 深々と頭を下げる姿は、真っ直ぐで揺るぎなかった。

 誰にも縛られず、自分のために生きようとする意志がそこにあった。

 そして彼女は、一礼と共に背を向けた。

 かつて凍てついていた心に、温かな風が吹き抜けるように――軽やかな歩幅で。


 八咫の国。

 遠い故郷へと、ハルカは旅立っていった。

 風は南――いつか再び、この風向きが変わるまで。

 暫しの“Odyssey(旅路)”


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