↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十一章 「師匠のお仕事」
107/109

エピローグ 「厳冬への備え」

 秋風が過ぎゆく気配を残し、訓練場のざわめきがゆるやかにほどけていく。

 模擬試合を終えたばかりの少女二人――ジュリアとハルカが互いに息を整えるその光景を、シモンは少し離れた位置から静かに見守っていた。


 砂を踏みしめる足音、歓声を噛み殺したような私兵たちのざわつき。

 その中でシモンは腕を組み、穏やかな視線を二人へ向ける。


(……成長したな)

 胸の奥で、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

 手加減のない応酬も、倒れぬ心も、あの危うげだった日々からは想像もつかなかった成長だ。

 しかし、シモンは口を開くことなく、ただ距離を置き、その姿を見守るだけだった。


 そのとき、訓練場の端から小走りに近づく足音があった。

 テラノス邸のメイドが息を整えながら深く頭を下げる。


「シモン様、テラノス様がお呼びでございます。……執務室へお越しください」


 シモンは軽く片眉を上げた。

 訓練場のざわめきとは裏腹に、ある種の緊張感が背筋を正す。

 

「……分かった」


 柔らかな声音で返し、二人へ声をかけることなく訓練場を後にした。


 テラノス邸の廊下は、午前の日差しを受けて静謐に輝いていた。

 その奥、執務室の扉前にはヴァレリオが直立し、深く一礼して迎える。


「お待ちしておりました、シモン様。……どうぞ」


 いつも変わらぬ無表情――だがその無表情に潜む緊張が、扉の向こうにある“重い話”を雄弁に語っていた。


 執務室へ入ると、テラノス・アーデルシアが手を組んだまま机越しに待っていた。

 いつもの快活な瞳は影を潜め、どこか決意と不安を入り混ぜて揺れている。


「この前の話なんじゃが……」

「ああ。決めたよ。一度、会ってみようと思う」


 シモンは応接ソファへ腰を下ろし、軽く頷いた。

 テラノスは眉を寄せ、かすかに呻く。


「話を持ち掛けておいてなんじゃが……本当に、良いのかの……?」


 シモンは視線を伏せ、ひとつ深く呼吸した。

 脳裏を過ぎるのは――

 黒色の野獣に対峙し、獰猛な一撃に晒されたジュリアの姿。

 傷つき倒れても、それでも立ち向かったハルカの背中。

 そして、彼女たちが命を懸けて越えた“壁”の高さと、得られた成長と表裏一体に存在した死の気配。


 成長には壁がいる。

 だが命を奪う壁など、許容できないし、する気もない。

 ならば、自らが壁になる――障害を作るしかない。


「儂としては助かるんじゃが……ジュリアがなんと言うかのぅ」


 テラノスの声音には、祖父としての迷いが滲んでいた。

 シモンは苦く笑い、肩をすくめる。


 ハルカなら非情に徹する事は出来るだろう。

 だが、心根の優しい彼女が、私情を殺し、友に非情な態度で接する状況を課すことはしたくない。

 だったら何も知らないほうが良い。


「すまんが、ジュリアやハルカには秘密にしてくれ。……執事殿も」


 ヴァレリオは静かに目を伏せた。

「それは構いませんが……それこそジュリア様が、なんと思われるか」

「ジュリアなら大丈夫さ」


 淡く言いながらも、胸の奥では“裏切りに見える”不安が鈍く疼く。

 だが口には出さない。

 これは、彼女たちを生かすための決断なのだ。


「どうした、爺さんらしくないな」


 シモンの軽口に、テラノスはわずかに肩を震わせる。


「シモン……それじゃと、お前さんだけが悪く思われんかの?」

「構わないとは言わないが……それで安全が担保できるなら安いものさ」


 真っ直ぐな声音で続ける。


「信じてやれよ。ジュリアは、あんたの自慢の孫娘で、俺の教え子だ。今回のことも、必ず糧にしてくれるさ」


 テラノスはしばらく沈黙し――やがて大きく息を吐いた。


「あい分かった。シモン、お主に任せる。……よろしく頼むぞ」

「……ああ」


 短く、力強く答えたシモンは、静かにソファから立ち上がった。

 執務室の扉へ向かい、手をかける。

 そして振り返り、ほんの少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべた。


「――ちょっくら悪者になってくる」


 テラノスもヴァレリオも、その背を黙して見送った。

 扉が静かに閉まる音だけが、静謐な執務室に落ちた。


 季節は、まもなく冬を迎える。

 今年の冬は、いかなる色を帯びるのだろうか。


 シモンの周囲に訪れるのは、穏やかな冬とは限らない。

 不穏で厳しい寒気を、避けることはできないかもしれない。


 ならばこそ――備えるべきことを、備えられるうちに整えておくしかない。

 シモンは、静かにそう思わずにはいられなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これにて第二篇が完結です。


成長したジュリアとハルカを前に、今度は自ら“壁”となることを選んだシモン。

「――ちょっくら悪者になってくる」という彼の決断を、皆さまはどう思いましたか?

第二篇で印象に残った場面やキャラクターがあれば、ぜひコメントで教えてください。


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。


いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。