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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十一章 「師匠のお仕事」
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第98話 三人の帰路

 ワイアースの上にかかる秋の夜空は澄み渡り、星々は冷たい光を瞬かせていた。

 城壁に取り付けられた魔工灯が、門前の石畳を円形に照らし出し、その外側はすぐに夜の闇へと溶けていく。


 昼間の喧騒はとうに引き、今は行き交う人影もほとんどいない。

 その門のすぐ脇、街道側に背を向けるようにして、シモンは腕を組んで立っていた。

 壁にもたれていても警戒を怠らず、いつでも動き出せるような、半ば癖のような立ち姿である。

 門の内外を見張っていた顔なじみの兵士が、それに気づいて声をかけてきた。

 

「おいシモン、こんな時間に帰ってくるなんて珍しいな。街に入らないのか?」

「ん?」


 シモンは軽く首だけを動かし、兵士の方へと振り向いた。いつもの緩んだ笑みを浮かべようとして、しかし、わずかにそれを抑える。

 

「そろそろ教え子が帰ってくる頃なんでな。……まあ、お出迎えってやつだ」

 

 兵士は目を瞬かせ、それから呆れたように笑った。

 

「優しいと言うか、甘いと言うか……お前、意外と過保護だよな」

「……過保護か?」

 

 思いもよらぬ単語に、シモンは少しばかり意外そうに眉を上げた。

 兵士は槍の石突で軽く地面を突きながら、にやにやと笑みを深める。

 

「そうさ。わざわざ外で待つ必要なんかないだろ? ギルドで待っててもいいんじゃないか」

 

 シモンはその言葉を聞きながら、視線だけを街道の先へと向けた。

門から伸びる街道は、魔工灯の明かりが届くあたりで闇に飲まれ、そこから先は月明かりに頼るほかない。

 

(確かにギルドで待っていても問題はないが……)

 街道から街に戻る途中、二人の姿はすでに見つけていた。


 足取りこそ重いものの、互いに肩を貸し合いながら、たどたどしくも確かな歩みでこちらへ向かってくる様子を。

 街まであと少し、というところで、シモンは気配を殺して先回りしたのだ。

 自分がここで立っていることを、彼女たちはまだ知らない。

 

「過保護ねぇ……」

 

 思わず漏れた独り言に、自分で自分の胸の内を探るような気分になる。

(今日は特別な敵との激闘だったからな。特別だ。……俺は過保護じゃないよな? うん)

 そう心の中で念を押すようにして、シモンはわざとらしく一度うなずいた。

 兵士が怪訝そうにこちらを見たが、あえて何も説明はしない。

 

 冷えた夜風が城壁の上から吹き抜け、頬を撫でる。

 やがて兵士が、街道の闇を指差して言った。

 

「ん? あれじゃないか?」

「……そうみたいだな」

 

 街道の先、闇の中に二つの人影が揺れている。

 魔工灯の光の輪に近づくにつれ、その輪郭がはっきりと浮かび上がってくるのが分かった。

 シモンは兵士に言われる前から気づいていたが、気づいてないふりをして、とぼけて見せると、ゆっくりと目を細めた。

 

「教え子ってのは、あの二人か?」

「……ああ」

 

 肩をすくめてみせるが、胸の内では二人の足取りを一歩ごとに数えるような気分だった。

 じりじりと近づいてくる影を、シモンはまばたきも惜しむように見つめた。

 しかし――。

 

 「……」

 

 シモンは待った……待った……が、待ちきれなかった。

 次の瞬間、シモンは駆けだしていた。

 

「お、おいシモン!」

 

 背後から兵士の驚いた声が飛ぶが、聞き流す。

 石畳を蹴る足音が、夜の静けさを破った。

 

 街道側からの光に照らされ、二人の様子がはっきりと見える。

 ハルカは息を切らしながらも自力で歩いており、その肩にはぐったりとしたジュリアが体重を預けていた。

 ジュリアの顔色は悪く、薄く汗に濡れた髪が頬に貼りついている。

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

 距離を詰めながら声をかけると、ハルカがはっとしたように顔を上げた。

 

「シモン様。……こんなところで、どうして?」

 

 その問いに答える前に、シモンは自然とジュリアの様子を確かめる。

 意識はあるようで、うつろな瞳がこちらを捉えているが、足元はおぼつかず、ほとんどハルカ一人の支えで立っているような状態だ。

 

「二人の帰りが遅かったからな。……とりあえず、二人ともこれを」

 

 シモンは腰のベルトから小瓶を二本取り出した。

 淡い光を宿した液体が、魔工灯の下でかすかに揺らめく。

 

「ヒール・ポーション……ありがとうございます」

 

 ハルカは深く頭を下げ、蓋を手際よく開けてジュリアに渡した。

 手に残った小瓶をハルカが軽く掲げると、ジュリアも真似をして小瓶を持ち上げ、かちりと軽い音を立てて当て合う。

 ふたりはポーションを飲み終えると、顔を見合わせて小さく笑いあった。

 その仕草が、妙に楽しげで、妙に「仲間らしい」ものに見えて、シモンの胸の内にじんわりと温かいものが広がった。

 

(……帰ってきたな)

 ハルカの頬の赤みは少し引き、呼吸も幾分か落ち着いたように見える。

 足取りも、先ほどよりはしっかりしている。


 一方のジュリアは、顔色こそだいぶ良くなったものの、まだ足元がふらついていた。

 立っているのも辛そうで、ハルカの肩から完全に体重を離すことができていない。

 

「よし」

 

 シモンは短く息を吐くと、ジュリアの前に回り込んで背を向け、その場にしゃがみ込んだ。

 

「え?」

「乗れ。門まではすぐだが、無理して倒れられても困る」

 

 不意を突かれたジュリアは、ハルカの肩から体を離しかけて、あわてて言葉を返した。

 

「い、いいわよ。一人で歩けるわ」

 

 その言葉と同時に一歩踏み出したジュリアの足が、石畳の上でぐらりと揺れた。

 油断か、疲労か、あるいはその両方か。

 ハルカが慌てて支える。

 

「ジュリア……こんな時ぐらい、素直になったほうが良いですよ」

 

 ハルカの声は、責めるというより、柔らかく諭すような響きだった。

 シモンは背中越しにそのやり取りを聞きながら、ふと気づく。

 ハルカの口調はいつもの敬語のままだが、その呼び方は、もはや「ジュリア様」ではなく、ただの「ジュリア」だ。

 

(……変わったな)

 その変化に気づきながらも、シモンはあえて何も言わない。

 二人が自分の口から話してくれるまで、余計な口出しはしないと決めていた。

 

「おんぶがお気に召さないなら、お姫様抱っこのほうが良いか?」

 

 わざと軽口めかしてそう言うと、背後から空気の震える気配が伝わってきた。

 

「や、やめてよ。……わかったわ」

 

 ジュリアは観念したように小さくため息をつき、それから渋々といった様子で、そっとシモンの背中に身を預けた。

 肩越しに伝わる体温が、思ったよりも軽くて、それがまた彼女の消耗の深さを物語っているようだった。

 シモンはジュリアの膝の裏に手を回して支えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「言っておくけど、変なこと考えたら許さないわよ」

 

 背中越しに吐き出された警告に、シモンは思わず盛大なため息をついた。

 

「はぁ……考えるわけないだろ」

 

 まったく、と肩をすくめながらも、足取りは自然と穏やかなものになる。

 城門へ戻る道は、さほど長くない。

 

 ジュリアを背負ったシモンの隣を、ハルカが歩く。

 ポーションのおかげで、彼女の足取りはだいぶしっかりしていた。

 

「そう言えば……」

 

 しばらく沈黙が続いた後、ハルカが何かを思い出したように口を開いた。

 

「私を背負った時は、『役得』って言ってたような」

「っ!」

 

 シモンはぎょっとして足を止めそうになり、寸前で踏みとどまった。

 背中のジュリアが、その一言に反応してガバッと上体を起こすのが分かる。

 

「ちょ、ちょっと、変なこと考えたら許さないって言ったわよ」

 

 耳元で響くジュリアの声は、怒っているというより、半分以上は照れに染まっている。

 

「お、お前なら大丈夫だ」

 

 慌てて口をついて出た言葉に、シモン自身が「あ、やらかした」と悟るのと、ジュリアの声が一段階高くなるのは同時だった。

 

「それってどういう意味よ」

 

 背中越しに、真っ赤になったであろうジュリアの気配が伝わってくる。

 次の瞬間、首元に柔らかな腕が回されたかと思うと、ぐいぐいと締め付けられた。

 

「や、やめろぉぉ……っ!」

 

 シモンの悲鳴が、澄んだ秋の夜空へと突き抜ける。

 門番の兵士が呆れ顔でこちらを見ているのが視界の端に映った。

(……無事に帰ってきたんだから、これくらいは、まあ、いいか)

 首を締め上げられながらも、シモンの胸の内は、不思議と軽かった。

 

 ――今日の討伐依頼について詳しく聞けたのは、それからギルドで任務達成の報告を終えた後のことだった。

 

 受付のカウンター脇、いつものテーブル席に三人で腰を下ろした。

 リリーが気を利かせて、温かい紅茶を運んできてくれた。

 その湯気を眺めながら、ようやく三人は一息つく。


 さっきまでの賑やかなやり取りが嘘のように、今のギルドは、遅い時間帯特有の落ち着いた空気に包まれていた。

 ジュリアは、しきりにハルカの奮闘を称賛した。

 自分の失敗や足りなかったところを隠すでもなく、むしろ笑い飛ばすように話しながら、その横で戦い抜いた仲間のことを、まるで自分の自慢話のように誇らしげに語る。

 

 シモンはそれを黙って聞きながら、カップの中身を一口、また一口と口に運んだ。

 「魔血覚醒」についての話は――その長い報告の中では、ほんの「おまけ」のように添えられた程度だった。

 

(そういう順番で語れるようになったんだな……)

 シモンは、誰にも気づかれないように、静かに口元を緩めた。

 二人の笑い声が、夜のギルドに優しく溶けていく。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


それぞれの戦いを終え、ようやく三人で帰ることのできたシモン、ジュリア、ハルカ。

少しずつ変わっていく三人の距離感や、久しぶりの賑やかなやり取りをどう思いましたか?

心が温まった場面やお気に入りの台詞があれば、ぜひコメントで教えてください。


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。

いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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