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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十一章 「師匠のお仕事」
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第96話 風の斬撃と忍の氷撃

 シモンと白影が対峙してから、どれほどの時間が流れただろうか。

 互いに一歩も動かず、ただ構えだけを維持したまま、微動だにしない。


 風が木々を揺らすざわめきだけが耳に届く。

 呼吸の音すら聞こえず、ただ濃密な殺気だけが辺りを満たしていた。


 張り詰めた空気に耐えかねたのか、枝に止まっていた野鳥がひとつ、鋭く鳴いて飛び立った。

 その瞬間が合図となり、二人は同時に地を蹴った。


 先に攻勢へ出たのはシモンだった。

 八咫の刀を用いた長剣が、上段から大きく振り下ろされ、空気を裂いて鋭い三日月を描く。

 白影は左足を半歩引き、重心を後ろへ滑らせつつ上体をひねり、忍刀を斜めに構えて斬撃の角度を殺すように受け流した。


 刃と刃が短く鳴る。

 シモンと白影。

 奇しくもスピードと手数が武器の同タイプ。

 風を切り裂き、無数の火花を散らせ、決して常人の目には止まらない刃の応酬は、若干ながらシモンが上回った。


 剣圧で押し切ったシモンは止まらない。

 右手の力を抜いて手首を返すと、柄を左手に持ち替え、その勢いのまま横薙ぎへと移行する。

 長剣の切っ先は白影の腰元を薙ぎ払う軌道で走った。


 白影はのけ反るように上体を反らし、足裏で地面を滑るように後退してかわす。

 触れたのは忍装束の布一枚――切っ先が布をかすめ、わずかな繊維が宙に舞った。


(紙一重で避けるか……やはり只者じゃないな)

 白影は余計な力みも動揺もを見せず、肩の力を抜き、自然体のまま低い構えを取っていた。

 両足の幅は狭い。

 いつでも懐へ滑り込める距離と角度を計っているのが分かる。


 シモンは逆に、敢えて半歩前へ踏み込み、間合いを詰めた。

 踏み込みと同時、長剣の切っ先が一直線に走り、白影の顔面へ向けて角度の異なる二連の突きを繰り出す。

 初撃を避けたところに次撃が刺さるように組み上げられていた。


 白影はそれに対し、首だけをほんのわずかにひねるだけで回避した。

 肩も腰も動かさない。

 突きが頬をかすめる距離で通過する。

 そのまま前足を滑らせるように踏み込み、腰を沈め、上体を僅かに前に倒し、懐へ潜るための最速の構えだ。


 シモンは、先に打った二撃で動きを誘導していた。

 白影が踏み込む“瞬間”を待つ。

(来る……)

 そして――その刹那に、本命の三撃目を腹部へ向けて放つ。


 白影の動きが一瞬だけ硬直した。

 一瞬の判断で前方への進路を捨て、前傾姿勢のまま横へ飛ぶ選択に切り替えた。

 足裏で地を強く蹴るのではなく、上体を地面に突っ込ませるような動きで右方向へ躱し、突きから逃れようとした。


 だが――完全には躱しきれなかった。

 シモンの突きが白影の脇腹を浅く抉り、忍装束の上から皮膚を裂いた。

 跳ねるように赤い飛沫が散り、長剣の刀身に沿って鮮血が薄く走った。

(……浅いな)

 白影は即座に立て直し、その瞳から動揺は感じ取れない。


 シモンは剣についた血を払うと、再び隙のない中段に構えた。

 間合いを嫌った白影は、仕切り直しとばかりに、大きく後方へ跳躍し距離を取った。

 着地と同時に左右へ細かく揺れ、緩急のついた不規則な動きで間合いへ戻ろうとしてくる。

 だがその軌道は、シモンの眼にはおおよそ読めていた。


「懐に入りたいか……させるかよ」


 白影が角度を変えて踏み込む素振りを見せるたびに、シモンは構えを変え、切っ先をずらし、剣を振ることなく進路を潰し、距離を一定に保つ。

 その冷静で確実な封じに、白影はふっと足を止める。


 次の瞬間、再び大きく間合いを外すと、忍刀を腰の後ろへ静かに納めた。

 とたんに、両手を胸の前に合わせ、滑らかな動きで印が結ばれる。


「……氷霞《ひょうか》」


 白影の足元から冷気が立ち昇り、瞬く間に霜が辺りを白く染め上げる。

 凍えるような気配が、肌を刺すように広がっていく。


(魔法……いや、忍術か)

 シモンは目と気配で白影を追う。

 白く染まる視界の中、居場所を示す気配はあまりに淡い。


 白影が続けて印を組んだ。


「……氷刃《ひょうじん》」


 突き出された指先から、細く鋭い氷の礫が放たれた。

 高速で放たれたそれを、シモンは長剣で叩き落とす。


 連射。

 さらに連射。

 射撃速度が二連、三連、四連と段階的に加速していく。

 氷片は次々と唸りを上げ、シモン目がけて飛来した。


 だが――

 シモンはすべてを弾いた。

 反射神経は並外れ、剣の軌跡は一分の狂いもない。


 その時ふと、白影が笑ったように見えた。

 白影の表情は長布に覆われて見えないはずだった。

 しかし、そのわずかな仕草の機微から、シモンには確かに“笑った”と感じ取れた。

(やれやれ……何が面白いか分からんが、面倒なタイプだな)


 白影が両手構えになり、円を描くように走る。

 地面を滑るように移動し、緩急のついた動きで攪乱してくる。


 氷の礫は横から、斜め上から、背後からと、次々に死角を突いて飛来する。

 シモンは剣で弾き、時には身体をひねり、なんとか躱し続けるが、ついに肩や頬をかすめたものだけが浅く傷を刻んだ。

 気づけば、刀身に薄氷がびっしりと張り付いていた。

 冷気が肺にも入り込み、呼吸のたび痛みが走る。


「……やってくれるな。だったら、こっちも一つ見せてやる」


 追い詰められているはずのシモンだったが、その口元は不敵に吊り上がった。

 シモンは丹田に意識を集中させると、自身の精《ジン》を活性化させ、体中に精を巡らせた。


 剣を握る手に余計な力を抜き、刃を自身の腕の延長として意識に溶かし込む。

 すると刀身が淡い緑色のオーラを纏い、一振りすると、凍り付いた刃の氷が一気に砕け散った。


 さらに頭上へ剣を掲げると、刀身は風そのものを孕み始める。

 振り下ろした瞬間、暴風が巻き起こり、白い冷気の幕を一掃した。


 白影の目がわずかに見開かれる。

 しかし驚愕は一瞬だけ。

 すぐに無表情へと戻り、再び氷刃を連射してきた。


「この距離はお前だけのものじゃないんだぜ」


 シモンは足を止め、腰を落とした。


「――真巽流剣術(しんそんりゅうけんじゅつ)《飛燕・群翔(ぐんしょう)》」


 乱撃が空気を切り裂き、飛ぶ斬撃となって白影へ襲いかかる。

 氷の礫と斬撃が空中で激突し、拮抗した。


「うぉぉぉぉぉっ!」

「…………くっ!」


 押し切ったのはシモンだった。

 白影は数発の斬撃を受け、後退する。

 そのうちの一つが長布を切り裂き、白影の素顔を露わにした。


 シモンより少し若いだろうか。

 八咫の民であることは間違いなく、端正な顔立ちをしている。

 無表情のまま、揺らぎのない瞳だけがシモンを見据えていた。


(……なるほど、こいつは厄介だ。実力は拮抗してる。強引にいけばカウンターがあるかもしれない)

 シモンは考えを切り替える。

(奴の狙いはジュリア……なら、俺がすべきは時間稼ぎだ)


「なかなかの二枚目じゃないか。顔が傷つくのが怖ければ、逃げてもいいんだぜ」


 粗暴なダムドとは違い、白影のようなタイプは挑発すれば慎重さを増す。

 シモンは敢えてそう仕向けた。


 だが――その読みは裏切られる。

 白影は構えを解き、道具袋から小瓶を取り出すと、躊躇なく明後日の方向に放り投げた。


 いや、その方向には明確な目的があった。

 小瓶は仰向けに倒れていたダムドの体に当たり、蓋が外れ中身が吸い込まれるように染み込んでいく。


「ヒール・ポーション……!」


 みるみるうちに、ダムドの傷が塞がっていった。

(やられた……!)

 油断ではない。

 だが、シモン優位に戦況が進んだせいで、ほんの僅かに隙が生まれてしまった。


 状況は一変した。

 ダムドが復帰した場合を瞬間的に想定した。


 自分が白影に釘付けになれば、ダムドはジュリアたちを追うかもしれない。

(今のジュリアたちじゃ、ダムドには勝てない……逃げ切れもしない)


 ダムドを先に斬る……?

(いや、白影相手に隙を作るのは致命的だ)


 ジュリアたちと合流する……?

(二人がかりで来られたら守り切れない)


 残された選択肢はひとつ。

(――白影を、先に仕留める)


 時間稼ぎを試みたつもりが、今は時間そのものに追われている。

 皮肉以外の何物でもない状況だった。


「怖ければ逃げてもいいんだぞ」


 寡黙だった白影が、さきほどの挑発をそのまま返してきた。


(……頭のキレる奴はこれだからタチが悪い)

 ダムドが復帰するまで、猶予はどれほどか。

 いつ訪れるか分からない、その短い刻の中で、白影を倒す。


 シモンは、静かに呼吸を整えた。

(殺るしかないなら――殺るだけだ)

 決意が剣先に宿り、風が再び静かにざわめいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


氷の忍術を操り、シモンと互角に渡り合った“白影”。

寡黙ながら最後には挑発まで返してきた彼を、皆さまはどう思いましたか?

白影への第一印象やお気に入りの攻防があれば、ぜひコメントで教えてください。


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。


いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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