↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第十章 「影の献身、緋の覚醒」
101/109

第93話 魔血覚醒と臨界決着

 ハルカが重たい身体を振り切って、前線へ駆けていく背中を見送り、ジュリアは静かに目を細めた。

 胸の奥に渦巻く焦燥を押し込み、深く息を吸い込む。


(……落ち着いて。まず精神の調律から……)

 自然体で立ち、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 吸う──吐く──そのたびに心が澄まされていく。

 魔法の基本は、精神の調律。

 こんな時だからこそ、基本に立ち返る必要がある。


 だが視界の端では、ハルカがまだ戦っている。

 ふらつきながらも猛攻をいなし、踏み込み、必死に時間を稼いでいる。

 その奮闘を目にしながら、ジュリアはさらに集中を高めた。


 だが――。

(……来ない……魔血が……反応しない……)

 目を閉じずともわかる。

 身体の奥で眠るはずの“血”は、沈黙したままだった。


(お願い……私の中の魔血よ……応えて……)

 必死の呼びかけ。

 だが沈黙は破れない。


 ジュリアは自覚した。

 胸を締めつける“焦り”が、覚醒を阻んでいるのだと。

 その瞬間、戦況が揺れた。


「――ッ!」


 ハルカがふらついた。

 ほんのわずかな隙。

 黒いスラッシュバニーの爪が、容赦なく迫る。


「ハルカ!!」


 叫んだときには遅い。

 避ける猶予はすべて失われていた。


 だがハルカは苦肉の策で、一歩――通常なら絶対に踏み込まない距離へ足を滑り込ませた。

 鋭い爪の軌跡を、紙一重で潜り抜けた。


 しかし避けきれたのは爪だけだった。

 振り抜きの勢いは殺せず、黒い前腕がその身体を弾き飛ばす。


「っ……!」


 吹き飛ばされたハルカは、両足で着地できず、草地へ伏せるように倒れ込んだ。


 だが、そのまま終わらない。

 ハルカはすぐさま立ち上がると地を蹴り、よろめきながらも黒い獣に対峙した。


 身体は限界に近い。

 それでも退かない。

 その背に揺るぎない覚悟が見えた。


(このままじゃ……ハルカが……ハルカが……死ぬ……!)

 ジュリアは直感した。

 ここから先、ハルカはもう長く保てない。


(……このままじゃダメ)

 焦りを押し殺し、ジュリアは考えを改めた。

 助けたい。


 ――だからこそ。

 彼女はもう一歩、非情になることを決意した。


(……ハルカを助けたい。だからこそ、いまは……いまだけは……ハルカのことを意識から排除する)

 ジュリアは意図的にハルカの事を考えず、集中すること以外の一切を切り捨て、呼吸を繰り返しながら、自分の内側へと呼びかけた。


 ……

 …………

 ………………ピクッ


 その瞬間だった。

 身体の奥で、何かが反応した。


(……もしかして……!)

 ジュリアは迷わなかった。

 続けて――目を瞑った。

 戦闘中に視界を閉ざすのは、自殺行為に等しい。

 それでも構わなかった。


(命を賭ける……そう誓ったんだ!!)

 瞳を閉ざし、全ての意識を自分の内側へと沈めていく。

 集中が深まるにつれ、風が頬を撫でる感覚すら消えた。

 血の匂いも途切れた。

 黒い獣の咆哮すら、遠い世界の出来事のように薄れていく。


 ……

 …………

 ……………………ドクンッ!

 ――来た。


 血液が熱を帯び、体中を駆け巡る。

 魔力が脈打ち、沸騰し、暴れ出す。

 全身へ押し寄せる紅い奔流。

 それはもはや“力”ではなく“暴風”だった。


 押さえきれない魔力が体外へ溢れ出した。

 ジュリアの身体は紅い魔力の奔流に飲まれ、スカートの裾がめくれ上がり、髪がスカーレットに染まりながら激しく靡いた。


「くっ……!」


 だが、暴れ狂う魔力を練り込むことはできない。


(熱い。体中が焼けるように熱い)

 熱に苦しみ制御ができない。

 このままでは、自身が生み出した魔力に自身が焼かれ、滅ぼされる。


(せっかく覚醒できたのに……このままじゃ……)

 弱気がよぎった。

 その一瞬に、歯を食いしばり――ジュリアの魂が叫んだ。

(違う……違う、違う、違う、絶対に違う!!)


 左手へ、魔力を集中させる。

 昨晩の涙も、今朝の不安も、すべて押し込めるように。

(アタシを信頼して命を賭けてくれたハルカ――、アタシを信頼して送り出してくれたシモン――、その信頼に応えてこそ、ジュリア・アーデルシアよ!!)

 全身の魔力が、一気に体中を駆け巡る。

 内なる暴風が収束し、奔流は形を成し、灼熱は一本の芯へと変わる。


 ジュリアの瞳が――開かれた。

 深紅に。


「ハルカ!!」


 その叫びと同時に、ハルカが渾身の蹴りを放った。

 黒いスラッシュバニーの頬を弾き、その反動で距離を取る。

(いける……!)

 ジュリアは左手を掲げた。


「燃え尽きなさい、ケダモノっ!!《インファーナル・クリムゾン(灼熱の紅血)》!!」


 放たれた瞬間、世界を紅に一変した。

 地面から立ち昇る灼熱の奔流が黒いスラッシュバニーに襲いかかり、深紅の塔が螺旋を描いて天を貫く。


「ギャオァァァ!!」


 黒い獣の絶叫が響き渡る。

 だが燃え尽きない。

 肉体は灼け爛れながらも、恐るべき生命力は形を保っていた。


 そして次の瞬間。

 螺旋の奔流は勢いを増し、距離を取ったはずのハルカへ――吸い寄せるように伸びた。


「っ……!!」


 深紅の塔の引力から、必死に逃れようとするハルカ。

 しかし塔はじわじわと彼女を引き寄せる。


「ダメ、ハルカは傷つけない……傷つけさせない!!」


 ジュリアは左手で魔法を放ちながら、右手を鋭く突き出した。

 両手で“球”を思い描き、胸の前で押し合わせる。


 すると――。

 ハルカを引き寄せていた力が、ふっと消えた。

 深紅の塔は急速に圧し潰され、渦は収束し、巨大な炎の塊は球体の形へと変わる。


「これで終わりよ!《クリムゾン・コア・インフェルノ(紅核の獄炎)》!!」


 その名は、初めて魔血に目覚めた時と同じ。

 血に刻まれた記憶が、ジュリアへ告げていた。


 一帯を覆っていた夜の帳を、真昼の太陽が強引に引きはがすかのように、紅い光が煌々と辺りを照らし出した。

 球体はさらに圧縮され――ついに臨界へと到達する。

 瞬間、世界は紅に染まり、爆ぜた熱風が草原を抉り取った。

 轟音とともに炎が消え去った後、そこに残ったのは――魔石だけだった。


 黒いスラッシュバニーが紅の烈火に呑まれ消滅したのを見届けた瞬間、緊張の糸がぷつりと切れたかのように、ジュリアは膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。


「ジュリア様!」


 覚束ない足取りで、ハルカがふらつきながら駆け寄る。

 抱き起こしたジュリアの呼吸は浅く乱れ、額には玉の汗がびっしりと浮かんでいた。


 ハルカはすぐさま最後の一本のヒール・ポーションを取り出し、震える手で栓を抜くと、慎重にジュリアの唇へと傾けた。


「ジュリア様……ジュリア様!」


 必死の呼びかけに応えるように、ジュリアの目じりがかすかに震え、ゆっくりと瞼が開いていく。


「……『ジュリア』……でしょ。様付けは、止めて……」


 弱々しくも穏やかな微笑みが零れた。


「ジュリア様……」

「……もう」


 そんなやりとりに、ハルカの瞳には涙が溜まり、ジュリアは困ったように息を漏らす。

 そして、ジュリアは口元に添えられたポーションの瓶を、そっとハルカへ差し向けた。


「口付けちゃったけど……残りは、ハルカが飲んで。そして……帰りましょ。二人で……」

「はい!」


 ハルカは目元を拭い、明るく返事をすると、ジュリアをぎゅっと抱きしめた。

 気がつけば、周囲は再び夜の闇に支配されていた。


 焼けた草の匂いがほんのり漂い、熱気の残る空気を、秋の冷たい風が攫って行く。

 その風の中で感じる、ハルカの温かな鼓動。

 ジュリアは確かに、生きていることを実感していた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ハルカとシモンから託された信頼を力に変え、ついに魔血を覚醒させたジュリア。

《インファーナル・クリムゾン》から《紅核の獄炎》へと至った決着を、どう感じましたか?

そして、最後まで互いを想い、「二人で帰る」ことを選んだ二人をどう思いましたか?

ジュリアの成長や印象に残った場面があれば、ぜひコメントで教えてください。


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。

⇒https://kakuyomu.jp/works/822139840882394258


いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。