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「どうなっている。標的を間違えるばかりか、アデレードを見失っただと?」
「申し訳ございません。監視に就かせた者たちが姿を消してしまい……」
「どうせ報酬を持ち逃げしたんだろう。だから卑しい傭兵など使うなと言ったんだ、この馬鹿が」
ティム・ブライスは込み上げる苛立ちのままに吐き捨て、荒々しい舌打ちと共に溜息をついた。
彼の傍には萎縮しきった兵士が俯いており、平謝りを繰り返す。それが余計に癪に触ったのか、ティムは兵士の肩を強く突き飛ばした。
「子爵はあの三文芝居で乗り切れると思っているのか? ハッ、無能め、先妻に浮気されたのも頷けるな」
「し、しかしラヴィン嬢の噂は社交界に知れ渡っておりますし、王女も信じて……」
「信じるわけないだろうが! アデレードが王女の手に渡っていたら子爵家は終わりだぞ。奴らはあの自白で処刑台行きさ。そうすれば次は我々に調査を差し向けるだろうな、アデレードと関わりのあった公爵家を!」
ティムの怒りを目の当たりにした兵士は、如何に自分が甘えた考えをしていたかを思い知り、恥じるように黙り込んだ。
静寂に包まれた暗い廊下を早足に歩き回り、ティムは前髪を煩わしげに搔き上げる。
「ああクソ、古狸どもが先走りやがって……アデレードは王女の信頼を得ていたんだぞ。もっと時間を掛ければ、こんな馬鹿な事態に陥ることはなかった! 我々が王子殿下のお立場を危ぶめてどうする!!」
誰にともなく捲し立て、荒い息を繰り返す。やがて彼は、後ろですっかり意気消沈している兵士に低く告げたのだった。
「何としてでもアデレードを探し出せ」
「は、はい」
「見付けたら始末しろ。死体も残すな」
◇
「君の婚約者、怒りっぽいんだね」
魔女の場違いな感想に、アデレードは何の反応もできなかった。
会場を立ち去るティムの後を追いかけたときは、彼を問い質すつもりだった。まだ何の確証もなかったけれど、彼が子爵家と繋がっていることは明白だったし──ブライス家がセシリアの兄王子と懇意にしていることは、漠然と把握していたから。
それでも僅かな希望をかけて、ティムが疑惑を否定してくれることを愚かにも願っていたのだ。
今の会話を盗み聞きしたことで、その希望とやらは見事粉々になったわけだが。
「……」
「アデレード? 大丈夫かい?」
足から力が抜け、その場にへたり込む。ケープの下から覗いた真紅のドレスを見て、アデレードはぐしゃりと顔を歪めてしまった。
この色はティムの言う通り、自分によく似合っているのかもしれない。
いつまで経っても馴染めない異物。悪目立ちして、嗤われて、利用されているとも知らずに、貴族のような顔をして澄ましていた哀れな生贄。その目印にはぴったりの色だ。
「ずっと……全部嘘だったんだ」
花屋の前で偶然出会ったことも。
はにかみながら語った祖母の話も。
婚約を結んだときに囁いた愛も。
「真に受けてたのは、私だけ」
アデレードはぼそりと呟き、そして友の言葉を思い出して笑ってしまった。
セシリアは何度も、何度も何度も何度も──尋ねてくれたではないか。
幸せか、と。
偽りの夢に浸って出てこない馬鹿な娘をどう目覚めさせたものかと、王女はずっと気を揉んでいたことだろう。
誰も、本気にしていなかった。アデレードが必死にしがみついていたものは、取り上げる前提で貸し与えられた玩具に過ぎなかったのだ。
「泣いてるの?」
知らずのうちに蹲っていると、魔女の声が降ってくる。真っ赤に腫れた瞼を押し上げれば、朝焼けの双眸がこちらを覗き込んでいた。
「悲しいのかい?」
アデレードはその問いかけに応じず、嗚咽混じりに視線を落とす。
「寂しい?」
少し置いて、また魔女が当てずっぽうに問う。今度は微かに首を横に振ってみれば、悩むような間が訪れ。
「じゃあ──怒っているんだね」
は、と呼吸が止まる。
ややあって顔を上げると、魔女は静かな笑みでアデレードを見据えていた。
「アデレード、きっと君は怒っているんだよ」
「私が……怒る? 何に、ですか」
「君を騙し、セシリアの命を狙う子たちに、怒っているように見える」
魔女はふと自身の右手を見遣り、それをアデレードの頭に乗せる。そのままぐりぐりと髪を掻き混ぜては、どこかしっくり来ない顔で首を傾げた。
「十八歳はこうして慰められる年齢ではないのかな?」
「……どうでしょうか。されたこと、ないので……」
「そうなんだ。私もないよ」
貴族同士ではまず有り得ない、まるで中身のないやり取りに、アデレードは暫し呆けてしまう。意図せず苦笑がこぼれれば、魔女の口角も持ち上がった。
出会ったときから感じていたことだが、不思議な女性だ。つい先程まで彼女のことを恐れ訝しんでいたというのに、気付けば優しく慰められている今の状況が、何だかひどく可笑しかった。
たとえこの魔女が外界──遥か昔に隔絶された世界からやって来た怪物だったとしても、アデレードを使い捨ての道具のように扱う者たちよりは、遥かに信頼できることだろう。
「……あの。魔女様、もう少しだけお付き合いいただけませんか?」
「なに?」
「セシリア殿下に、ティムのことをお知らせしたいのです。もう既にご存じだとは思いますが……最後のご挨拶は、しておかないと」
全ての真実を知った上で、友に会いたい。
アデレードの願いを聞いた魔女は、やはり快く笑ってみせた。




