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「アデレード・ラヴィン。年齢は十八歳。痩せ型。亜麻色の髪に、淡いブルーの瞳」
黒い手袋に包まれた指先が、順番に顔のパーツを確認する。アデレードが尻餅をついたまま硬直していれば、黒いフードを目深に被った女がにこりと笑った。
「挨拶を忘れてたね。初めましてアデレード。こんばんは、元気かい?」
「…………こん、ばん、は」
かろうじてそれだけ返せば、女は満足げに頷いて、またもや思い出したとばかりにフードを外す。
月明りの下に現れたのは、晴天の青。昼の色で染まったショートヘアに、朝焼けの光を閉じ込めたような妖しげな双眸が瞬いたなら、アデレードの背筋にひやりと冷たいものが走る。
彼女がスフェンダム王国ではまず見ない色彩の持ち主だったこともあるが、何より──その身から漂う奇妙な気配に、自然と体が強張った。
アデレードが完全に沈黙してしまえば、女はふと視線をずらし、騎士の顔をまじまじと眺める。
「それから君はバークレイだね」
「! はい。貴女は……魔女殿、でよろしいか」
「うん? うん」
一度目は不思議そうに、二度目は確信をもって。傾いた頭をスッと直した女──魔女は、なおも柔和な笑顔のまま石柱に凭れ掛かった。
「来るのが少し遅かったかな?」
「いえ……概ね予定通りです。感謝いたします」
「どういたしま」
「──オイ!! お前の仕業なのか!?」
のんびりと喋る魔女を怒鳴りつけたのは、先程からずっと視界の外で声を荒げていた刺客だった。未だに体が動かないのか、彼の仲間は顔を青くして黙り込んでしまっている。その情けない面を見て苛立ちがさらに増した様子で、リーダーとおぼしき男は鼻息荒く魔女を睨みつけた。
「このアマ、どんな小細工を……!!」
「そう怖がらなくてもいいよ。殺しはしないことにしてるんだ」
「ふざけるな! くそ、誰か動ける奴はいねぇのか!?」
「一人いるよ」
魔女がしれっと問いに答えた直後、皆が疑問符を浮かべて沈黙する。
すると僅かな間を経て、魔女の背後にある植え込みから人影が飛び出した。刺客の仲間が潜んでいたのだと、アデレードはサッと血の気の引いた顔で魔女を振り返ったが。
「──ッ!?」
魔女の首を刎ねるかに思われた刃が、石壁に阻まれるが如く静止した。そして得物を握る刺客もまた、仲間と同様に肉体の自由を奪われ、宙に浮いた状態で止まってしまったではないか。
「動ける子はいなくなったね」
顔だけ後ろに向けた魔女は、恐怖に引きつった男の顔をやはり呑気に眺めて──また何事もなかったようにアデレードたちに向き直った。
「それじゃあセシリアの要望通りにしようか。私はアデレードを連れて行けば良いのかな?」
「っえ……」
「はい。殿下が、可能ならば魔女殿の元で匿っていただきたいと」
「いいよ」
口を挟む間もなく交渉が成立したかと思えば、魔女がおもむろにトランクを拾い上げる。その際、そこに止まっていた青白い蛾がふわりと飛び立ち、月光の中へと溶けていった。
「バークレイ、君はセシリアのところに送ろうか?」
「……送る、とは」
「こんなふうに」
魔女が軽く片手を振った瞬間、側にいたはずのバークレイが忽然と消え失せる。
もはや驚くことすら出来なくなってきたアデレードが唖然としていれば、代わりに刺客たちが動揺の声を上げた。
「おい、何なんだよコイツは!?」
「こんな化物がいるなんて聞いてねえぞ! た、助けてくれ!」
裏返った悲鳴が柱廊に響き渡る一方で、この場から逃げ出す者はいない。否、誰一人として逃げられる者はいないようだった。
魔女は彼らが泣き喚く様を、どこか困ったような笑みで見詰めた後──急に明るい声を出した。
「あっ。助けてと言ったかな。いいよ、どこが良い? 希望はあるかい?」
「は……?」
「特に希望はない? そっか、じゃあ……」
「おい待て! 何の話をしている!?」
「大所帯だから農場はどうかな? ちょうど収穫期で働き手が欲しいって言ってたんだ。君たち、体力もありそうだから適任だね」
「話を聞け! や、やめ」
へらへらと喋り倒した魔女が、持ち上げた片手をゆっくりと、汚れを拭き取る要領で横へと動かす。
その手が完全に振り切られてしまえば、刺客たちは綺麗さっぱり消失した。
影の一つも残さずに。
「いったい何が……どうなって」
アデレードは静まり返った柱廊を見渡し、再び魔女へ視線を戻す。朝焼けの瞳が何事もなかったかのように微笑んだとき、またぞわりと背筋に悪寒が走った。
(まさか、この人——樹海の外の)
スフェンダム王国の民は、とある警句を先人たちから語り継いでいる。
半島の民は決して大陸へ渡ってはならない。
渡れば最期、かの地に巣食う異形の者どもが汝に死をもたらすだろう、と。
ゆえにスフェンダム王国は、半島と大陸を行き来できる唯一の樹海を禁域として忌避してきた。警句は今日に至るまで破られたことはなく、その真相は今や誰も知るところではないが──。
もし、この魔女が警句の指し示す怪物なのだとしたら、今しがた消されてしまった刺客たちと同様の目に遭うのではないかと、アデレードはサッと顔を青褪めさせた。
セシリアがそのような危険な魔女と引き合わせるはずがないと内心で否定しても、生来の臆病さから来る恐怖心は拭い切れず。
「さて、じゃあ君も移動しようか」
「お、お待ちください……!」
「な? 何だい?」
トランクを片手で軽々持ち上げた魔女が、にこりと微笑む。人畜無害な笑顔はかえってアデレードを委縮させたが、それでも勇気を振り絞って口を開いた。
「魔女様、あの、お会いしたばかりで恐縮なのですが、お願いを聞いていただけませんかっ?」
「いいよ」
軽い返事と共に、魔女が真正面に屈む。自身の膝をゆるく抱え、まるで幼子でも相手にしているかのような仕草で「何?」と問う。
外見は自分と同じぐらいのはずだが──それは今は置いておき、アデレードは少しばかり前のめりになって告げたのだった。
「殿下に……セシリア殿下にお会いしたいのです。会場が今、どういう状況になっているのか知りたくて」
「うん」
「そ、その後は殿下のご命令通り貴女に付いて行きます。ですから、どうかお時間を……!」
「いいよ」
意気込んだわりにはあっさりと要望が通り、ぽかんと口を開けてしまう。
「よろしいのですか……?」
「うん。君の望み通りにしよう」
魔女が片手を差し出す。
そこには嫌悪も、侮蔑も、打算も、親愛も、何も込められてはいない。恐ろしさすら覚えるほどの、純然たる善意しか。




