91.バートランド
エーリクが作り出した3艘の小舟に、神の骸破壊担当がそれぞれ乗り込む。
自分の魔術なのでエーリクは舟を自在に動かせるが、カイとリチャード・ツィリル組はそうはいかない。途中まで後方支援であるルージェナの魔術でサポートを受け、残りは自力でターゲットの船に乗り込まなければならないのだ。カイは風魔術があるのでまだマシだが、リチャードたちは手で漕いでいくらしい。ツィリルがまた泣いていた。
「カイ、無理はするなよ。ヤバそうならさっさと逃げろ」
頷いて、そっちも気をつけろ、と手を振る。サポート組の魔術を受けて、船は静かに動き出した。カイは目的の船を見失わないよう、しっかりとその明かりを見据える。
星がひとつ、流れた。
「ああ……こんな綺麗な星の降る夜に……なんでこんないけすかない男とランデブー……お嬢と一緒が良かった……」
「死にたくなければ気を抜くな。急ぐぞ。なるべく見つからないよう接近する」
「へーい……」
リチャードはツィリルとともに必死で櫂を漕いでいた。
星が降り出してからというもの、どういうわけかこの海域特有の激しく複雑な波の動きはすっかりなりを潜めている。おかげで漕ぎやすくて助かるが、それは相手も同じだ。帝国の船はそれぞれの小島に向けて動き出している。
目的地が分かっているのだから航路の予測は容易だ。リチャードは待ち伏せのため素早く舟を移動させた。こちらは本当に小さな舟でまだ見つかる様子はないが、これから降る星の量が増えると、夜とはいえ明るくなる。
「縄梯子の準備は?」
「バッチリっすよ〜。……おいらじゃなくて魔術師連れてきた方が良かったんじゃないっすか?」
「ルージェナ以外だとお前しか実力がわかる奴がいなかったからな。そしてお前ならできると判断した。お前は強い。自信を持て」
「…………」
「どうした? まさか体調不良じゃないだろうな。顔が赤いぞ」
「うるせえこのタラシ男!」
よくわからない罵倒をされてリチャードは首を傾げた。だが、普段からこの男には意味もなく罵倒されているので、あまり気にしないことにする。
ルージェナによると、あちらの船はそれぞれ10人程度が乗り込んでいるようだ。半数は船員、残りの大半は魔術師。人数が少なく感じるが、目的地があの小さな島なのだから無理もない。
標的の船が近づいてきた。乗組員たちは奇襲などまるで予想していないのだろう。小舟の存在にまったく気づかない。ツィリルが縄梯子を構える。
「おいらの山賊魂、見せてやるぜ」
最小限の物音だけで、見事に船尾側の手すりにひっかけてみせた。リチャードは良くやった、と頷く。
「俺が先に乗り込む。派手に立ち回るからお前は気づかれないよう動いて、うまく敵を出し抜いてくれ」
「オッケー。そういうのは大得意」
縄梯子を登り甲板の様子を伺うと、魔術師がふたりほど星を眺めて談笑しているのが見えた。気づかれないようリチャードは静かに船に乗り込み、素早くふたりの背後に回る。
「ぐあっ!?」
「えっ……ぎゃっ!?」
剣の柄で殴打して気絶させる。縛り上げて口を塞いでおきたいところだが、そんな時間はないだろう。すぐに後部甲板の異変に気付いた見張りが、声を張り上げた。
「貴様、何者だ!?」
すぐに反応して出てきた男に、苦笑する。さすがに速い。
剣を抜き、異常な速度で切り込んできた長剣を受け止める。重く研ぎ澄まされた、熟練の技。
「……ああん? リチャードじゃねえか。てめぇ何でこんなとこにいやがる」
「……相変わらずですね、師匠。騎士団は引退したのでは?」
ストレリチア帝国元騎士団長、バートランド。リチャードの剣の師匠は、50代後半となった今もその腕はまったく衰えていない。
「はん、質問に質問で返すな。まあいい。てめぇは今や帝国の裏切り者だ。ここで引導を渡してやるよ!」
「っ……!」
リチャードは息つく間もなく切り込んでくる剣を、受け止め、躱し続ける。
バートランドは笑っていた。この男は常に強敵を求める。相手が強ければ強いほど興奮する男なのだ。そして殺す。強い敵を殺すことこそが、最高の快楽。──それは、相手が弟子であっても変わらない。
「まさかこんな日が来るとはなァ……俺様の元でどんどん強くなっていくお前を見た時は興奮したもんだぜ。いつか殺してやりたいとずっと思ってた」
「ハッ、知ってましたよ。どんだけあんたの殺気を浴びてたと思ってんだ!」
キン! とリチャードの剣が師匠の一撃を大きく弾く。わずかにできた隙に切り込んだ。
「おっと!」
「チィッ……」
硬い靴底に蹴りあげられる。そのまま後ろに下がった男に、追撃はしかし届かない。バートランドはがっしりとした体つきには似合わず、異常に身軽な男だった。ややバランスを崩したリチャードに、下方から剣を振り上げる。
「くっ……!」
左頬にかすり、血が流れる。……目を狙われていた。
「反乱なんて俺様が不在の時に起こしてんじゃねえよ。悔しかったぜぇ、あの時は! どこかでのたれ死んでたら勿体ねえと思ってたが、まさかこんな南の海で再会できるとはなぁ!」
「俺は会いたくなんかなかったが」
「つれねぇなあ……ま、妹のことは同情してやるよ。ずっと騙してて悪かったなぁ」
「! あんた、知ってて……、っ!」
リチャードのわずかな動揺を、師匠が見逃すわけがない。強烈な突き。それを弾いた途端、蹴りが飛んできて防ぎきれなかった。腹に思いっきり入る。
よろける。首元に迫る剣先。咄嗟に体を沈め、竜剣を突き上げた。高い金属音と確かな手応え。バートランドの剣が弾かれる。
「よく対処した、なッ!」
「ガッ……!」
真横から衝撃。吹っ飛ばされる。頭を蹴られたのだ。
リチャードは剣を突き立て、なんとか倒れ込むのを阻止して男を睨みつけた。ぐらついて平衡感覚が鈍る。が、無理やり体勢を立て直して竜剣を構えた。
「足癖が悪い……」
「お前がお上品すぎんだよ。……しかしまあ、レズリーに頼まれた時はなんで俺様がこんな南まで、と思ったが……来て正解だったな。もっと楽しまてくれよ、リチャード」
レズリー。皇帝陛下を呼び捨てにする。バートランドはそれが許される存在だった。皇帝とは幼い頃からの付き合いなのだ。……師匠がここにいるのは皇帝陛下の采配、ということか。第二皇子マヌエル曰く、なぜかすべてがピッタリと嵌り、上手くいってしまうという、あの。
「バートランド様、加勢いたしましょうか」
いつの間にか集まっていたらしい。少し離れた場所で見守っていた魔術師が声を掛けてくる。……魔術師ひとり、船員3人。非戦闘員は無視するとして、先ほど気絶させた者も含めると魔術師はこの場に3人。……ならば神の骸を今守っているのはひとりかふたり。──もしひとりだけならば。
「邪魔すんじゃねえ。てめえはあの魔石のお守りに戻って……」
ガキイイィィィィン! と派手な音が響き渡った。リチャードは笑って、師匠に反撃するため大きく足を踏み出す。
その音は間違いなく福音だと信じられたからだ。




