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90.決戦の夜


 情報を集めたり、修行をしたり、作戦を立てたり、時折ギギに抱きしめられて全身バキバキになった(しかしやたらと幸せそうな)エーリクを治癒したりしている間に、すぐその日はやってきた。


 星の降る夜。──精霊祭。とうとう今晩が、竜の墓防衛戦の本番である。


 帝国の動きは活発で、これまで毎日のように船が近づいてきていた。竜人たちはそれを毎度、難なく追い返していたようだが……それでも諦めることはなかったらしい。サンドラの方にも遺跡についてさりげなく尋ねてくる人がいたそうだ。


 すっかり暗くなった海の上を、最低限の明かりだけをつけてエーリクの泥舟が静かに進む。フェリクスやサンドラも含めた、作戦を知る全員が乗り込んでいた。サンドラは立場的にも来ない方がいいんじゃないかと言ったのだが、「裏方のサポートくらいはさせてよ。ローブ着てフード被っとくからバレないって。もしマズくなっても隠れるからさ」とのことで、無理のない範囲で参加してくれることになった。


「腹が減っては戦ができぬ、ってね。今のうちにしっかり食べときな」

「さすがサンドラ、素晴らしく気がきくね。だがすまない、僕は真実の愛に目覚めてしまった……キミのアイドルではいられなくなってしまったが、そこの彼氏と幸せになってくれたまえ……」

「はいはい、本命ができても相変わらずうざったいんだね、アンタは」


 ……そもそも彼氏がいる女性に対して、どうして自分の方が好かれていると言わんばかりのアピールができるんだ。カイには理解しがたい精神構造である。


 サンドラが準備してくれた料理は、パンや串焼きなど片手でも食べやすそうな軽食が揃っていた。なんとおにぎりのような料理もある。喜んで頬張ったカイは、リチャードに「本当にコメが好きだな、お前は」と少し不思議そうな顔をされた。……しょうがないだろう。この島国を離れたら次はいつ食べられるのかわからないので、あればつい優先的に手を伸ばしてしまうのだ。


『キイ!』


 突然三つ目とシロが飛び出し、何かを準備していたサンドラの方へ向かっていった。精霊たちが飛びつくなんて、心当たりはひとつしかない。

 魔術師以外もいる中で、目立たない場所に置かれたデルカの実。……本当に気がきく。戦闘中に食べている余裕はないだろうし、精霊祭の前倒しだ。他の精霊たちも集まっているのか、すごい勢いでデルカの実が減っている。


「よう準備したものじゃのう」

「これでも貿易商だからね。さ、今のうちに作戦をおさらいしようじゃないか」


 輪になって食事を囲みながら、改めてみんな真剣に作戦内容の確認をする。

 ──最優先は、神の骸……あの巨大な魔石の破壊だ。莫大な力を持つ魔石をどうにかしなければ、とても太刀打ちできない。幸い火の神の骸はマトリカリアで破壊に成功しているし、水の方も半壊させている。土はこの海上でどこまで力を発揮するのか未知数。……問題は風だ。あれが一番厄介である。


 同属性の神の骸に対しては、精霊が怯えるので魔術が使えない。つまりカイやルージェナでは破壊できない。そこで、まずはリチャードに風の神の骸を破壊してもらう。

 次に水だ。半壊しているとはいえ、おそらく海で一番力を発揮するであろう神の骸である。早めに対処しなければならない。これはエーリクに任せる。

 そして、土の神の骸。その破壊がカイの担当だ。


 ルージェナとツィリルには帝国の動きを牽制・翻弄してもらう。……おそらくふたりが一番大変な役回りになる。特に遠方からでも攻撃・支援できるルージェナの負担は大きい。だからフェリクスとサンドラ含め、魔術を使える者たち中心に彼女をサポートしてもらう。残りの者たちは最終防衛として分かれて小島に潜伏だ。


 神の骸の中にある、核。それをマトリカリアで回収していたことから、鍵として重要なのはその部分だと思われる。破壊ついでに回収できれば万々歳だ。ひとつでも欠ければ、竜の墓は開かない。その時点で防衛成功だ。


 星の降る時間は、日付が変わった頃からだいたい4時間ほど続く。……けっこう長いのだ。だから、初動で神の骸を破壊しておかないと、その後の防衛に大きく影響してしまう。


「あ、みんな集まってる」


 パシャン、という水音と共にギギが顔を出した。すかさずエーリクが歩み寄る。


「ああギギさん……! 夜空を背にした貴方もお美しい……どうぞ、今日のお花です」

「わあ、かわいい」


 義賊たち曰く、エーリクは毎日のようにギギに花を贈っているらしい。そして毎日口説き、毎日まったく手応えがないまま帰ってくるのだとか。それでもめげないのがすごい。


「今日の花はブーゲンビリアです。花言葉は『あなたしか見えない』……ギギさん、僕の愛をどうか受け止めて……!」

「よくわかんない。でも、ありがとう」


 ギギは自分の髪の毛にその赤く美しい花を飾って「似合う?」と尋ねた。エーリクは顔を真っ赤にして「ににににに似合ってます!」と早口で答える。


「それにしても、愛かぁ。それがわかれば、わたしもレオシアンやディオス様のことがもっとわかるのかな?」

「僕が! 教えて! 差し上げます!!」

「そう? ふふふ、じゃあ楽しみにしておくね」

「はううぅぅっ!?」


 エーリクがノックアウトされたのも無理はない。やわらかく微笑んだギギは、カイでもちょっとドキッとするくらい可愛らしい顔をしていた。「ヒューヒュー」と義賊たちが楽しそうに茶化している。


 しばし談笑していると、トトがギギを迎えに来た。


「ギギ、そろそろ時間だ」

「うん。じゃあ、わたしたちは眠るね。みんな無理しないでね」

「……船が4隻近づいてきている。頼んだぞ、愛し子たちよ」

「お任せください、ギギさんとそのお兄さん。僕たちが必ずギギさんを守り抜きます……!」

「守るのはディオスギトゥティエリァス様だ。まったく。……死ぬんじゃないぞ」


 そう言い残して、トトとギギは竜の墓へと戻っていった。

 船は4隻。それぞれが神の骸を載せているとみてまず間違い無いだろう。問題は、どの船にどの属性が配備されているかだ。


「妾が索敵ついでに声も拾ってやろう。……喋らず、よく耳をすませておくのじゃぞ」


 いつものようにルージェナが扇子を開き、長く複雑そうな呪文を紡ぐ。

 静かに風が吹き抜けた。……しばらくして、誰かの話し声がカイたちの耳まで届けられる。音量は小さいが、恐ろしいほどはっきりクリアに聴こえた。


『ほんとに竜の墓なんてあんのかね』

『波がやばすぎて全然近づけねえしな。今夜なら大丈夫だって博士は言ってたけど』

『その博士は?』

『あとから来るって』


 ……例のクリフ博士か。要注意人物はまだこの場に来てはいないらしい。


『あの小島も結局確認できなかったなぁ。全部博士が昔調べたって情報頼りだけど、大丈夫なんかね』

『このデカい水の魔石使ったら波なんかどうとでもできたんじゃないか?』

『仕方ねえだろ、今日まで動かす許可が出なかったんだから』


 しめた。これで水の神の骸がある船がわかったはずだ。ルージェナを見つめると彼女はニヤリと笑って頷く。

 それにしても、博士とやらはどこまで何を知っているのだろう。昔調べたとはいつだ。……小島の巨石の詳細も、知っていると思って動いた方がいいのかもしれない。

 今度は別の声がカイたちの元に届く。


『この馬鹿デカくて重い魔石運ばなきゃいけないのか……人形を操って運ぶとしても、相当魔力を使いそうだ』

『俺たちが一番貧乏くじだな……風のなら浮かせて運べるのに……』


 お、これはカイのターゲット、土の神の骸のようだ。火は核のみになっているので、両手のひらに収まるくらいのサイズのはず。消去法で確定である。


『にしても、まさかバートランド様がついてきてくれるとはなぁ』


 ……ん? 誰のことだろう。


『心強いけど、戦争でもないのにわざわざこんな任務についてくるとは……これから何か起こるのか?』

『ま、竜がマジで出てくるなら無理もないか』

『陛下の勅命とはいえ、眉唾だよなぁ……』


 どうやら帝国の面々も竜については半信半疑らしい。無理もない。

 相手は戦闘になるとは思っていないようだし、士気も高くないようだ。これなら余裕で撤退させることができるかもしれない。


「……一隻、声が拾えん船がある。風の神の骸はそこじゃな」


 重要な情報をあっさり掴んでくれたルージェナが、魔術を使い終えてふう、と息をつく。これでターゲットとなる船がすべて把握できた。


「バートランド……」


 呟きは、隣にいるリチャードからだった。


「ん? なんじゃ、知り合いかえ?」

「……ルージェナ。すまないが俺にツィリルを貸して欲しい」

「はあ!? いやですけど!? おいらはお嬢の……」

「ツィリル、俺が無理そうだったらお前が風の神の骸を破壊しろ。お前の剣ならあれを壊すだけの威力があるはずだ」

「へ!? ……え?」


 騎士ツィリルがうろたえている。カイも同様だ。……奇襲という優位な状況下で、リチャードだけでは無理だと……他ならぬ最大戦力である彼自身が、判断したわけで。


「バートランドとは、何者じゃ?」

「……俺の、剣の師匠だ」


 げぇっ! とツィリルが呻いた。剣の師匠……師匠だって!?


「勝てるのかえ?」

「……勝ったことは、ある。……3回くらいだが。先ほどの声の中に師匠のものはなかったから、風の神の骸と同じ船に乗っていると思う」

「しゃ、喋らなかっただけじゃないっすか?」

「いや、あの人はおしゃべりで無駄にうるさいからそれはない。寝ててもいびきがうるさいくらいだからな」


 嫌な沈黙に包まれた。なぜ、よりにもよってそんな強敵が乗っているんだ……。

 どうやらかなり粗野な人物であるらしく、公式の場には向かない性質のようだ。だからサンドラと会うこともなく、直前になってその存在が判明した。……まあ、何も知らずに出くわすよりは良かっただろう。ルージェナには感謝である。ツィリルには災難だが。


「よしツィリル、行ってこい。其方が風の神の骸とやらを破壊してまいれ」

「そ、そんな~! お嬢の守りは!?」

「こっちは人数がおるから大丈夫じゃ。うまくいったらご褒美に抱いてやる」

「うっ、うっ……約束ですよぉ……!」


 そのやりとりを聞いていたフェリクスが「なあ、あのふたりって一体……」とカイに尋ねてくる。……聞かないでくれ。知らないし知りたくないし答えられないから。


 パン、とエーリクが手を叩いて注目を集めた。


「さあ、時間だ。それぞれ移動を開始しようじゃないか。みんなでギギさんを絶対に守りぬこう!」

「じゃから、守るのは竜の墓だと言っておろうに」


 どうにも締まらない開始の合図だったが、作戦は密やかに、すみやかに始まったのだった。


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