87.竜剣の継承者
「……のう、竜剣の継承者とはなんなのじゃ? あやつの持っている剣は、竜と関係あるのかえ?」
しまった。今までルージェナにだけはバレないようにしていたのに、しれっとリチャードの剣のことが知られてしまった。
内心慌てているカイのことなどお構いなく、ギギはいつもののんびりとした調子で答える。
「竜剣はそこの牙から作った剣だよ。かっこいいでしょ」
「なんとぉ!? す、すごい……妾も欲しい……」
「んー、それはダメ。あれは世界にひとつきりの特別製なの」
「むう……では妾がその竜剣の継承者になるというのはどうじゃ!?」
「無理。条件を満たしてない。光か闇との契約が必要……本当は光の方が望ましいの。でも今のあの継承者は強いからきっと大丈夫」
そんなこと初めて聞いたぞ。あれ……? あの竜剣を持っていることって、なんか重要なことだったりするのか? トトもギギも妙に気になる言い回しをしていたから、少し疑問には思っていたのだが。
「うぐぅ……妾は風一筋じゃからのう。……それにしても、リチャードは闇の魔術師じゃったのか。ちっとも魔術を使わんから気づかなんだわ。あれだけの魔力量で勿体ないことじゃ」
「あいつそんなにすごいんすか?」
この場の人間で唯一魔術師ではないツィリルが不思議そうな顔をする。それにエーリクが答えた。
「ここにいる誰より魔力は強いよ。悔しいが僕よりもね。……あれは魔術学園の門番並みだな。あの人もヤバかった。入学者全員と契約魔術を交わした上に、常時数十体の人形を操って学園の雑用をこなしてたからな」
「あの不気味な男、そんなことまでしとったのか」
そういえば学園の売店で店番していたのは人形だった。掃除や食堂の料理を作っていたのも似たようなローブを着た存在だったから、もしかしてあれ、全部か? あの人そんな状態で風の神の骸を手にしたジェイコブと大立ち回りしてたのか。
「ふーん。つまりあいつもそんだけ魔術の才能があるのに、剣だけでおいらたちを圧倒できるくらい強いと……うわ〜ムカつく。才能の塊すぎてムカつく。おまけに無駄に顔がいいのもムカつく〜」
「同感だ。気があうね、ルージェナの騎士くん」
「おいらはあんたにもムカついて……いやまぁそれはもういいや」
どうやらギギに惚れたエーリクに対し、ツィリルは敵認定を改めたようである。切り替えの早い男だ。
「しかし剣を持つのに光か闇の魔術が必須とは、不思議じゃのう」
「竜剣の継承者は最後の砦なの。本当はここにいちゃダメ。神聖国にいないと」
……最後の砦?
話を聞く限り、リチャードは竜剣を持つ者として何か大きな役割がある感じじゃないか? 何も聞いてないし本人も知らないっぽいんだが。……いや、そういえば帝国は何回もの大きな政変で、女神や教会に関わることがいくつも失伝してるんだったっけ。忘れられている可能性があるのか。
エーリクが聞きなれない言葉に首をかしげている。
「神聖国?」
「今の帝国のことらしいぞ。しかし最後の砦とは穏やかでないのう……いったい何をするんじゃ?」
「それは……あ!」
ぴくりとギギの耳が動く。
「……妙な船が近づいてる」
「あ! き、きっとそれは僕の船ですよ、煩わせて申し訳ありません、ギギさん」
「違う。あなたの力とは違う匂い。行ってくる」
あ、と思う間もなくギギは飛んで行ってしまった。話の続きがすごく気になるのだが、仕方がない。
「ぼ、僕の匂い……? ギギさん、覚えて……そんな……これはまさか、両思いというやつでは!?」
「いや単に人間より鼻がいいだけじゃないっすか?」
「ああなんてことだ! 世界中の女の子が僕のファンだというのに、ただひとりに心奪われるなんて……! しかしこの想いを止めることはッ……僕には無理だ!! ああギギさん! あなたはこの南の海より美しい! いやそれ以上だ! どんな珊瑚礁も、どんな花園も、どんな星空でもキミの美しさの前では霞むっ!」
脳内お花畑男がひとり演説をはじめだしてしまった。本人の前だとぎこちなく喋っていたくせに、今は饒舌に意味不明なラブポエムを撒き散らしている。正直うるさい。
スルーしつつカイは竜の修復作業を続けた。ルージェナは飽きもせず竜の体をくまなく見て回り、ツィリルもそれについていく。そんななか延々と響き渡るポエム。……カオスだ。
今回は帰りに風魔術を使うため、魔力を温存しなくてはならない。カイが適当なところで切り上げると、ちょうどリチャードとトトが戻ってきたところだった。トトは息ひとつ切らしていないが、リチャードは全身汗だくで俯いたまま、荒く息をついている。大きな怪我は双方とも見当たらないが……大丈夫か、と顔を覗きこんだカイに、リチャードは「だい、じょうぶ……だ……」と鼻血をぬぐいながら言った。……本当に大丈夫か。
「うへぇ……あんたでもそうなるの? 竜人ヤバ……でもちょっと見たかったかも。見学すればよかった」
「なんだ剣士よ、お前も手合わせして欲しかったのか?」
「いやっ、おいらじゃ手も足も出ずに瞬殺なんで! 勘弁してくださいトト様!」
ツィリルは土下座しそうな勢いだ。そんな彼を横目にエーリクが歩み出る。
「ところでギギさんのお兄様。ギギさんが妙な船とやらに反応して出て行ったっきり戻っていないのですが」
「……妙な呼び方だな……まあいい。もうすぐ戻るから案ずるな」
うっすら感づいていたが……この女好き義賊、さては男の名前を覚える気がないな?
トトの言葉通り、ギギはそれから数分もしないうちに戻ってきた。
「妙な船、波を起こして追い払ってきたよ」
「沈めなかったのか」
「ちょっと遠かったから」
「そうか」
しれっと恐ろしい会話をしている。しかし竜人たちはいつもこうして、人に知られないようこの場所を守っていたのだろう。
「ではそろそろ妾たちはお暇するのじゃ」
「うむ、また俺が送っていこう」
帰りもトトが送ってくれるらしい。
そのうしろではエーリクがギギに対し、またしても気持ち悪くモジモジしながら「ま、また会いにきてもいいかな、ギギさん」と尋ねていた。
「うん、匂いは覚えたから、いつでも会いにきてね」
「ああっ! ありがとうございますレディ……! ちなみに、す、好きな花とかは……?」
「花? よくわかんない」
「では色々と持ってきましょう!」
その様子を眺めながらトトは渋い顔で肩をすくめ、「さっさと来い」とエーリクに声をかけた。エーリクは「はい、お兄様!」とご機嫌だ。トトはますます渋面を作る。……変なの連れてきてごめんなさい。
改めて5人は遺跡の上に向かい、置きっ放しにされていた船に乗り込んだ。そしてここからが、いよいよルージェナに指名されたカイの出番である。
三つ目のミミズクを呼び出し、ノートに船とそれを包む空気の層を描いて説明して見せた。ルージェナが見せてくれた魔術を覚えてくれているだろうか。『キィ!』と元気よく鳴いたが、若干不安である。
絵を見せたまま、魔力を込める。やや強い風が周囲に吹き荒れた。
「ふむ……まぁギリギリ及第点じゃな」
長い髪を靡かせながら、ルージェナが「良いぞ!」とトトに合図する。
船を持ち上げ、助走をつけたトトがそのまま海の中へと突っ込んだ。衝撃に合わせて魔力を調整する。……かなり難しい。
海の中を強引に進む船。風の調整は複雑な上に、かなり魔力を食う。ヤバい、これ、キツいかも……!
カイの魔術が弱まった。その瞬間、ルージェナが扇子を開く。──風の主導権が奪われる。荒かった風が、柔らかく船全体を覆った。その数秒後、船は海上へと躍り出る。
「……惜しかったのう。残りの魔力量的にちと厳しかったか?」
『…………』
あとちょっとだったのに。これ、かなり悔しいな……。頷いたカイに、「まあ、初めてにしては十分じゃ」とルージェナはぽんと肩を叩いてくれた。
トトは4つの小島を眺め、耳をぴくぴくと動かしている。「……あちらに異変はなかったようだな」と呟いたので、どうやら何らかの手段で小島調査チームの状況を把握したらしい。
「ではな、愛し子たちよ。いつでも来訪するがよい」
「はい、お兄様!」
「……愛し子よ、その呼び方は次からやめてくれ」
ほとほと困り果てた顔で、呻くようにトトは言った。エーリクは「じゃあどう呼べば!? ギギさんの……お兄さん? 兄上?」と戸惑っている。なんでだ。普通に名前を覚えろよ。
トトは諦めたように溜め息をついていた。




