85.顔合わせ
エーリクの泥舟に乗り、カイたち一行は竜の墓へと向かっていた。ルージェナの希望もあったし、一緒に戦う仲間なら竜人たちに紹介しておくべきだろうと思ったからである。
「この海域は過去に何隻も船が沈んでて危険なんだけど……ん〜? いつもと潮の流れが違うな。話に聞いた通り、本当にキミたちを連れてると進めるようになっている……のかな?」
エーリクがまじまじとカイを見て不思議そうにしている。先の言動のおかげで不安だったが、フェリクスからの説明はしっかり聞いて覚えていてくれたらしい。……女とイケメンとマルティーネが関わらなければ、まともで優秀な男なのかもしれない。
「……お、あれがサンドラが言ってた小島だな。オレも初めて見るよ」
フェリクスが指差した先に、本当に小さい島があった。入るにしても数人がやっとだろう。それぞれ距離は離れているが、確かに竜の墓を囲むように4つある。
「謎の遺跡か……4つということは、あれが鍵穴なのかもしれないな」
リチャードの言葉にカイは頷いた。神の骸が鍵だというのなら、それでどうやって墓の扉を開くのだ、という話になる。そこに怪しげな遺跡が鍵の数だけあるのだ。疑うなという方が無理だろう。
「──随分とまぁ大所帯で来たな、愛し子たちよ」
ザバン、と水しぶきを上げて海中からトトが現れた。翼と尾を持ち、全身が鱗で覆われているその異様な存在に、エーリクとその仲間たちが身構える。無理もない。
大丈夫だとリチャードが義賊たちを制している隙に、竜大好き国主様が飛び出した。
「りゅ、竜人様かの!? 先日は失礼した! 妾はルージェナと申す者じゃ!」
「ん? ああ、風の……あの時は怒鳴って悪かったな、愛し子よ。俺はトトカィエンヒェルス。トトと呼べ」
「トト様、じゃな? 妾の国では竜を信仰しておるのじゃ! お会いできてとても光栄なのじゃ!」
「何? ディオスギトゥティエリァス様をか?」
「そ、そうじゃ! 神話のかっこいい竜、そのディオスギトゥ……様じゃ!」
やはりルージェナでも一回では覚えられなかったらしい。横からリチャードが「ディオス様でいいらしいぞ」とこっそり教えたが、彼女はむぅ、と頬を膨らませた。フルネームを覚えたいのだろう。
ツィリルは相変わらず船酔いで参っていて、ルージェナの奇行を止められる者は誰もいない。怒らせると恐ろしいトトだが、彼女に対する反応は思いのほか好感触だった。
「まさか愛し子たちの中にディオスギトゥティエリァス様を信仰してくれている者がいるとは……素晴らしい。見直したぞ」
「教会もあって、そこにディオスギトゥティエ……ス様の像もあって、毎日崇めておるのじゃ! 崇めるポーズはこんな感じじゃぞ!」
ルージェナはくわっと両手を広げ、胸をそらし空を見上げた。……足はガニ股で、広げた手は爪を強調するように指先を曲げている。おそらく竜を模したポーズなのだろうが、その……かなりシュールだ。
突然トンチキな格好をしたルージェナに、さすがのトトも戸惑っている。
「な、なるほど……? よくわからんが、まあいい。これからもディオスギトゥティエリァス様を崇め奉るように」
「うむ! 任せるのじゃ!」
「……ああ、なんて素晴らしいポーズなんだお嬢さん。可憐なキミが勇ましく見える……しかし美しさは変わらない、素敵だ……」
すかさず褒めた女好きに、カイもリチャードも、ついでに青い顔をしていたツィリルも思わずエーリクを見つめた。彼は淀みない爽やかな笑顔を浮かべている。……ある意味すごいぞ、この男。
しかしルージェナはそんな男のことなど目にも耳にも入らぬようで、ひたすらトトに話しかけていた。
「リーダー、無視されてますよ〜」
「ぎゃははは、男前が形無しだなリーダー!」
「最高。これを見るために生きてる」
「うるさいぞキミたち! 傷口に塩を塗るのはやめてくれ!」
トトと対面したときの緊張はもうほぐれたのか、義賊たちは朗らかに笑っていた。
ひとしきり話してルージェナが落ち着いたところで、リチャードが口を開く。
「トト。彼らはお前たちが寝ている間、この竜の墓を守る手伝いをしてくれることになった仲間だ」
「義賊『君に捧ぐ一番星』だ。僕はリーダーのエーリク。微力ながら協力しよう」
「ふむ……そこそこ良い戦力を集めたようだな。よろしく頼む」
よろしく! 任せとけ! と義賊の面々が景気よく応える。それにトトは機嫌良さげに頷いていた。
「トト様! それで妾も竜の墓にお参りしたいのじゃが!」
「……よかろう。しかし人数が多いな。運ぶのが手間だ」
「それじゃあ二手に別れないか? 竜の墓に行きたい奴以外は、あの小島を調査するんだ」
フェリクスの提案に、「ああ!」と竜人は何かを思い出したようだった。
「あそこは神の骸を使い墓を開くための場所に過ぎないが……そういえば長く様子を見ていなかったな。まず大丈夫だろうが、行くなら異変がないか調べておいてくれ」
やっぱりあそこで神の骸を使うのか。リチャードと目配せした。予想通りである。
竜の墓に行きたいルージェナとその騎士ツィリル、それから竜の体の修復を頼まれているカイは遺跡行き確定である。リチャードもカイの護衛ということになっているので、連れて行くべきだろう。
そうするとフェリクスと義賊たちに小島の調査を頼みたい……ところだったが、ルージェナがこちらに来るので、無類の女好きであるエーリクも一緒に行くと言いだした。
「お前がこっちに来たら船はどうなるんだ?」
リチャードの疑問に、エーリクはふん、と偉そうに鼻を鳴らす。
「僕の実力がわからないとは。やはり顔だけだな! 僕の方がかっこいい! 見ろ」
彼が呪文を唱えると、巨大な船がなんと突然分裂し、3隻の小舟へと再構築された。しかも、竜の墓行きとそれ以外とできちんとメンバーを分けてある。
「サンドラの彼氏は水魔術で船を操れるし、そっちの船に乗ってる僕の部下も水魔術が使える。んで、こっちには僕がいるから問題なし! この船は僕がいなくてもそう簡単には壊れないぞ!」
「なるほど、見事じゃのう」
「もっと褒めてお嬢さん! ……いや、ルージェナと呼んでも?」
「姫と呼べ」
「なんと! お姫様! 可憐な君にぴったりだ……」
「キシャアアアア! お嬢に近づくなって言ってんだろうがあぁぁ!」
また始まった。リチャードは耳を塞いでため息をついている。……なんでこう、癖の強いやつらばかり集まってしまったんだか。
トトは気にすることもなく、カイたちを見回した。
「5人か……ではこの船ごと連れて行くぞ。女、お前の風で包め」
「む? ああ、なるほど。あいわかった」
ルージェナが扇子を広げる。頬を柔らかい風が撫でた。と、同時に船がトトによって強引に海中に引き込まれる。
「「うわああぁぁ!?」」
喧嘩をしていて話をよく聞いていなかったツィリルとエーリクが揃って悲鳴をあげた。カイも驚いて目を見開く。
船は風の膜で覆われているおかげで濡れないし、当然呼吸もできた。見事な魔術だ。
「よく見ておれよ、カイ。帰りは其方にやらせるからな」
マジで?
カイは慌てて指笛を吹き、風の精霊を呼び出した。ルージェナの魔術を見せるためである。
『キキィ? キィ!』
呼び出された三つ目はわかっているのかいないのか。高速で進む海中の景色に目を奪われ、はしゃいでいる。……たしかに綺麗だ。美しい珊瑚礁が広がっている……が、魚の姿はほとんど見かけない。竜の墓の近くだからだろうか。
「お、あれじゃな!」
ルージェナの声が弾んでいる。
2日ぶりの竜の墓。改めて見ると、それは本当に大きく美しく、神秘的な姿で海底に佇んでいた。




