84.義賊エーリク
翌日はとうとう帝国の使節団が到着する日となった。当然サンドラはそちらにかかりきりだ。
一方、こちらは相手に見つからないよう動かなければならない。反乱を起こしたリチャードが見つかるのはマズイし、ルージェナもちょいちょい帝国に不法入国して色々やらかしたことがあるそうで、姿を見られては困るという話だった。……まあ、現在進行形で第二皇子誘拐犯ということになってるからな、この国主様は。
そんなわけで使節団の動向を気にしつつ、今日はフェリクスが話をつけてくれた例の義賊との対面である。朝から船で移動し、カイたちは彼らが根城にしているという小島へとやってきた。
「あー……こちらが竜の墓ってやつの防衛に協力してくれることになった……その……」
「おお! なんて美しいお嬢さんなんだ……! 初めましてレディ。僕はエーリク。よければこのあと食事でもどうかな?」
男は他のメンバーそっちのけで、ルージェナに向かってのみ挨拶……というか、ナンパしている。紹介しようとしていたフェリクスの顔が引きつっていた。
「なんじゃこの軽薄そうな男は」
「キィーッ! お嬢に気軽に声かけてんじゃねえぞ、ちょっと顔が良いからって!!」
……そう、エーリクと名乗ったこの男は、20代半ばでかなり整った顔立ちをしている。この地域出身者らしい褐色の肌が美しく似合っている男前だ。しかし、驚くべきはそこではない。
髪の色が、やや赤みがかっているがほぼ黒に近かった。おそらくルージェナに並ぶくらいの魔力を持っているだろう。サンドラもフェリクスも彼は強いと言っていたが、確かにその通りのようだ。
なおもルージェナに近づく男に、ツィリルが割って入った。エーリクが不機嫌そうに、ようやくルージェナ以外の存在を視界に収める。
「なんだいキミは?」
「おいらはお嬢の騎士で下僕なの! あんたはお呼びじゃねえんだすっこんでろ!」
「下僕? ……ああ、素晴らしいね! もちろん僕も愛の下僕さ! お嬢さん、こんな鬱陶しい男より僕を選ばないかい?」
「キエエエエエエエ!!」
ツィリルが奇声をあげて壊れた。フェリクスがそんなふたりの男を見てドン引きしている。助けを求めるようにカイに視線が送られたが、ごめん無理だと首を横に振った。下手に首をつっこむと話が長くなる。
「なんとも調子のいい男じゃのう。マルティーネお姉様が気に入りそうじゃ」
「マ、マルティーネ……!?」
びしり、と先ほどまで柔らかい笑みを浮かべていたエーリクが青ざめて固まった。……おいまさか。
「あ、あ〜……そう、キミ、彼女の知り合い? そ、そっかそっか……ごめんなさいお願いします彼女に僕の居場所を教えたりはしないでください、すいません勘弁してください」
「…………」
即座に距離を取り頭を下げた男に、ツィリルが唖然とした顔をする。ルージェナは特に動揺することなく、「お姉様を知っておるのかえ?」といやに可愛く首を傾げた。
「や〜その……ね? あの魔女……じゃなかったマルティーネ様に何年か前、モンステラ王国に旅行に行った時に捕まったことがあるんだけど、逃げてきちゃったから……さ? 見つかったら怖いな〜って……」
「逃げてきたぁ!? あの魔女に捕まって逃げられたんすか!? ちょ、詳しく! そこんとこ詳しく教えてください!」
敵対心むき出しだったはずのツィリルがすごい勢いで食いついた。……なんか実母の被害者多くない? もしかして世界規模でいるの? とカイの目は遠くなる。
「……すまん、俺も後学のため知りたい」
なんとリチャードまで食いつきやがった。しかしエーリクは彼の顔を見た瞬間、盛大にその柳眉を吊り上げる。
「嫌だね! 僕より顔のいい男なんて死に絶えろ!」
「は……?」
なんか無茶苦茶なことを言い出した。
「あ〜ヤダヤダ! この世の女性はすべて僕の虜であるべきなのに! 僕はこの深い深い愛ですべての女性を愛しているのに! ねえ、僕より顔が良い男なんて無駄だしこの世に必要ないと思わないかい?」
何言ってんだこいつは。どうやらナルシストな上に無類の女好きのようだ。サンドラが会いたがらなかったわけである。
「ふむ、お姉様が気にいるだけはあるのう。こういうのを調教するのがお姉様は大好きなのじゃ」
「あっ、あっ、ごめんなさいマルティーネ様には知らせないでぇ……! また捕まったら今度こそ男じゃいられなくなっちゃう……!」
……マジであの女に捕まるとどうなるんだろう。いや、知りたくはないが。
ゴホン、と気を取り直すようにフェリクスが咳払いし、青ざめて震えている男を改めて紹介した。
「彼がこの周辺の海で活躍している義賊、『君に捧ぐ一番星』のリーダー、エーリクだ。こんなんだけど強さは確かだから、力になってくれるとは思う」
「話は聞いている。帝国が年に一度の絶景デートタイム、星の降る夜を台無しにしようとしているんだろう? 許しがたい蛮行だ。絶対に阻止してみせよう。この『君に捧ぐ一番星』に任せてくれ!」
……いや、間違ってはいないかもしれないが、肝心の竜の墓云々の話がすっ飛んでないか? 本当に大丈夫か? 思わず話を通してくれたはずのフェリクスの顔を見たら「一応ちゃんと伝えたんだけどな……」と疲れた表情で呟かれた。……なんかごめん。
義賊『君に捧ぐ一番星』。妙な名前なのはまあ、お察しである。そもそも彼が義賊を始めたのは、女にモテるに違いない! という理由かららしい。つまりは女性へのアピールのためにつけられたグループ名なのだ。
そんな男がリーダーの組織ではあるが、実力は確かだ。人数は10人程度とささやかなものの、弓兵に剣士、魔術師とバラエティに富んでいる個々の能力は高いらしい。仲間たちもモテたくて義賊をやっているのかと思いきや。
「人攫いに捕まった妹をリーダーに助けてもらったんでその恩で。妹との交際は認めませんでしたけど」
「昔馴染みなんでつい、ほっとけなくて。俺の彼女には近づけませんけど」
「リーダーは若造だが、なんだかんだで頼りになるし世話になってるからな。娘には絶対会わせねえけど」
「僕はリーダーが女の子に振られる姿を見るのが楽しくてこの義賊やってます」
……まあ、その、なんだ。一応慕われてはいる……ということだろう。多分。
そんな愉快な仲間たちを纏めている愉快なリーダーは、髪色からもお察しの通り魔術師だ。それもなんと、土魔術のエキスパートらしい。
「……海の上で活動しているんだよな? 土魔術……?」
リチャードの疑問は当然だった。海水だらけの場所で土魔術を活かすイメージがわかない。
「フン、まぁ見てな。──チア・ギルニト、アニエ・ウヌ!」
土の上位精霊に請い願う呪文だ。カイたちの前で、みるみるうちに土が何か巨大なものを形作っていく。
ものの数十秒で、それは海上に姿を現した。
「これは……」
「うへぇ〜、すげぇ」
「ほう、中々やりおるの」
リチャードやツィリルだけでなく、ルージェナも感心している。カイも驚きでゴクリと生唾を飲んだ。
そこには土で作り上げた、立派な船が浮かんでいた。
その船に帆はない。かわりに、たくさんの櫂がついていた。……あれはおそらく、魔術で動く。この船はエーリクの力で、風に頼らず自在に動かすことができるのだ。
「どうだい? この船は魔術でしっかり固めてあるからね。海水ごときに溶け出したりしないし、100人乗っても大丈夫なくらいさ。惚れ直したかな? お嬢さん」
「まあ妾は風魔術でいくらでも飛んで行けるから、特別なことでもない限り船など不要じゃがの」
「クッ……なんてつれない……だがそんな小鳥のようなキミの止まり木になりたい……」
懲りない男である。
またツィリルが怒り出しそうな気配を察したのか、エーリクは気を取り直すようにひらりと身を翻して、船へと登るタラップを魔術で作り出した。
「──さあ、どうぞ。お近づきの印に好きな場所まで送り届けよう。僕の船に乗って行ってくれ」
バッチリ決めたエーリクに、義賊のメンバーたちも嬉々として集まってくる。
「お、リーダーの泥舟だ」
「また張り切ってデカい泥舟作ったなあ」
「泥舟ちょっとキモいよね、色が」
……台無しだった。どうやら義賊内では泥舟と呼ばれているらしい。沈みそうで不吉なんだが。
「キミたちさぁ! いいかげん泥舟って呼ぶのやめてくれないかなぁ!?」
エーリクが叫ぶのと同時に、楽しそうな笑い声が小さな島中に響き渡る。カイたちもつられて、思わず笑ってしまったのだった。




