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83.修行


「ではまず、其方の魔術を見せてもらおうか!」


 海で小一時間遊んでから、ようやくルージェナの指導が始まった。ツィリルは少し離れた場所で眺めている。

 カイは頷いて、よく使う風魔術をひと通り披露して見せた。短時間ではあるが体を浮遊させたり、防御にも攻撃にも使える強力な旋風を巻き起こしたり、だ。あとはナイフを使った攻撃だが……。


「ほう? 構わん、妾に向かって投げて見せよ」


 ルージェナが扇子を開く。……いいのだろうか。さすがに殺傷力の高いこの技を人に向けるのは躊躇われる。だが、彼女は余裕の表情だ。

 カイは念のためルージェナからしっかり距離を取り、手を上げて合図してからナイフを放った。

 ビュウ! と凄まじい勢いで彼女にまっすぐナイフが迫る。当たれば命はないだろう。しかし彼女は避けようとすらしない。その必要すら、なかったからだ。


『……!?』

「なるほど、こんなものか」


 ナイフの軌道が変えられる。彼女の周りをぐるりと半回転したナイフは、そのままなぜか見守っていたツィリルの方に飛んで行った。咄嗟に剣を抜いて彼はナイフを弾く。


「うおっ!? なにするんすかお嬢!」

「ついでに其方も鍛えてやろうと思ってのう。いついかなる時も油断するでないぞ、ツィリル。あと姫と呼べ」

「そんなぁ!」


 嘆いているツィリルはさておき、カイは息を呑んでルージェナを見つめた。ナイフ投げに風を乗せる魔術は、シンプル故に速く、威力も高い。それを容易く奪い自在に制御してみせたのだ。しかも威力をさして殺すことなく、別の対象に向けて見せた。今回はツィリルだったが、カイに向けることも可能だったはずだ。

 やはり彼女の風を制御する力は、常軌を逸している。


 ちょいちょい、と手招きされてカイはルージェナに近づいた。もっとだ、と言われすぐそばまで距離を詰める。……どうやら、魔術師同士の話があるらしい。


「荒々しい風じゃのう……嵐の日にでも契約したのかえ?」


 ……バレバレですか。

 肩の上で三つ目のミミズクが首を傾げている。風の強い冬の日に契約した相棒だ。

 頷いたカイに、ルージェナは「ふむ」と考え込んだ。


「あまり器用なことができる精霊ではなさそうじゃのう。其方の魔力がもう少しあれば、力任せでも色々できるじゃろうが……」


 そればかりはどうしようもない。風の魔術は一番魔力消費が少ないとはいえ、強力な風を起こし続けるのは半端な力では難しいのだ。その点、投げナイフや矢を使う方法は、威力的にも魔力消費的にもとても理にかなっている。


「そうじゃのう、では少しそのナイフ投げを発展させてみるか」


 発展?

 疑問に思っていると、ルージェナは砂浜に流れ着いていた流木をひとつ、ふわりと魔術で持ち上げて砂の上に突き刺した。


「ツィリル! そこに立て! ……もう一歩後ろじゃ。おお、そこでいい」


 カイとルージェナの直線上に立てられた流木。さらにその流木の真横、少し離れた場所にツィリルが立たされた。


「よく見ておれよ」


 彼女の手元にはいつの間にか先ほどカイが投げたナイフがあった。風で回収したのだろう。そのナイフを、流木に向かって投げる。速い。

 しかしナイフは流木にぶつかることなく、そのすぐ手前で軌道を変え、まっすぐにツィリルの方へと飛んで行った。しかも、さらに速度を増して、である。


「ひええぇぇっ!」


 ナイフが剣にぶつかった衝撃でツィリルはよろめいた。キン! と高い音とともにナイフが空へと大きく弾かれる。ルージェナは弾かれたそれを、難なくまた風を使って手元へと戻した。


「どうじゃ。これくらいなら複雑な制御ではないので出来ると思うぞ」

「お嬢〜〜! 怖いんですけど! 速いんですけど! 当たったら大怪我なんですけど!」

「怪我をしてもここには治癒術師がおるんじゃ。安心せい。あと姫と呼べ」

「そんな! 的にされるなんて嫌だぁぁ!!」

「あとで褒美をやる」

「全力で務めさせていただきます!」


 騎士はチョロかった。


 ルージェは砂浜の上に簡単な図を書いて、術の使い方を解説してくれた。最初にナイフを押し出す風、次にナイフの向きを変える風、最後に的の方向へ一気に押し出すための風。3段階の風魔術である。

 一緒にその図を眺めていた三つ目は『キイ! キイ!』と頷いていた。絵での説明がわかりやすかったらしい。

 カードに書く呪文が少し複雑になりそうだと思っていたが、これは使えるかもしれない。

 カイは試しにノートの紙をちぎり、呪文の代わりに図解した記号を書いてみせた。三つ目がわかったとでも言うように『キキィ!』と返事をしてくれる。


 ナイフを構え、魔力を込めた。立てた流木に向けて、勢いよく投擲する。


『キィ!』


 ナイフは流木のやや手前で曲がり、無事ツィリルの方に飛んで行った。速さがやや劣るからか、騎士は難なく剣で弾き返す。


「うむ、いけそうじゃな。あとはもう少し威力が欲しいのう。まあ、練習次第か」


 カイは頷いた。確かな手応えがある。


 何回か繰り返し、安定して成功するようになったら今度はツィリルに場所を移動してもらい、別角度からも訓練した。慣れればさらにもう1段階曲げることもできそうだ。

 しかし、これは何度も使える手ではないだろう。特に手練れが相手では厳しい。ここぞという時の切り札にしたいところだ。


 それから日が暮れるまで、ルージェナ監修のもと幾度も練習を重ねた。文句を言いつつ最後までしっかり的になってくれたツィリルには、カイからもあとでなにかお礼をした方がいいかもしれない。


 リチャードも少し離れた場所でずっと剣を振っていた。……その姿が張り詰めすぎている気がして、カイは少し心配になるのだった。


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