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80.親友


「いやー、そこのルージェナさん? に聞いたときはまさかと思ってたけど、本当にカイだとはな。……っと、そういや話せなくなったんだっけ?」


 うん、とカイは頷いた。手紙のやり取りをしていたので、ある程度の事情は伝えてある。

 久々に会うフェリクスは日に焼けて、少し逞しくなっていた。


「冬前から全然手紙が届かなかったから心配してたんだぞ。どうしてこんな所にいるん……ん? なんだよ、耳?」


 ちょいちょい、とジェスチャーして耳を寄せてもらう。


『心配かけてゴメン。ちょっと色々あってさ……』

「う、ひょあっ!」


 突然奇妙な声を上げたフェリクスに、驚いて身を引いてしまった。


「アハハ、フェリは耳が弱いからねぇ」


 そう言って笑うサンドラに、フェリクスは真っ赤になって目を泳がせる。……ふーん? ほーお? へーえ? 順調なようで。


「……カイの知り合いなのか?」

「おや、えらい色男だね。アタシはサンドラ。こっちはフェリクス。ここいらを拠点とする貿易商でね。カイとは魔術学園での同期さ」

「魔術学園の……そうか。俺はリチャードという。今はカイの護衛をしている」


 どうやらサンドラは魔術学園で語っていた夢を叶えたらしい。貿易会社を興したばかりでここ数ヶ月はろくに眠れないほど忙しかったが、最近ようやく落ち着いてきたところだという話だった。


「今日は休みだったんだよ。そしたらそこのふたりが竜がどうたら言いながら船を出してくれって、あちこちで言い回っててさ。怪しいしオレらも関わらないでおこうと思ってたんだけど、カイの名前を聞いたからもしかしてって思って……来て正解だった」


 国主様は当然竜のことも諦めていなかったらしい。フェリクスの言葉に怒り出す。


「なんじゃとぉ!? 言っておくがの、ここに竜の墓があることはわかっておるんじゃからな! 隠し立ては許さんぞ!」

「ハイハイ、お姫サマ。とりあえず今は島に戻るよ。カイもリチャードさんも疲れてるみたいだし、詳しい話は後にしな」


 なんだかサンドラのいなし方がこなれている。やや元気のないツィリルも同調した。


「そうっすよお嬢、早く戻りましょうぜ。おいらあんま船は得意じゃなくて……おえっぷ」

「姫と呼べ! ……おいこらツィリル、吐くならこっちじゃ!」


 ルージェナがツィリルを連れてバタバタと移動していく。それと同時に、船がゆっくりと動き出した。海水を操っているのは、フェリクスの魔術のようだ。

 ……そう言えば、無事火の精霊とは契約できたんだろうか。手紙ではサンドラと一緒にいることは書かれていたけど、彼の目標であった火の精霊との契約成功については書かれていなかった。

 じっと親友を見つめていたカイに、サンドラが笑いかける。


「アタシらがカイたちと別れてから魔術学園を卒業するまでのこと、どうせフェリは手紙であんまり書いてないんでしょ」


 心を見透かしたかのような言葉にカイが驚きつつも頷くと、「見てて」と彼女は手のひらを広げた。そして小さく呪文を紡ぐ。


「エ・ラリ・ニア・カエルオ・アニエ・ウヌ」


 ──それは炎の精霊に願う呪文だ。

 果たしてその通り、彼女の手の上に小さな炎が灯った。


「……フェリと一緒に火山に通ってたんだけどね、アタシの方が契約成功しちゃった」

「サ、サンドラ……その話は」

「いいじゃない。どうせ隠しておけないでしょ。……結局フェリは火の精霊と契約できなかったし、アタシは水の精霊と契約できなかったんだよね」


 そ、それはまた……。

 親友はバツの悪そうな顔であからさまに目をそらしている。フェリクスお前……。

 しかしまあ、しょうがない。精霊との相性もあるし、契約できないときはどうあっても契約できないものだそうだから。


「だからフェリにはアタシのぶんまで水魔術を使ってもらって、フェリの必要な時にはアタシが火や風の魔術を使う。一緒にいればちょうどいいねって話して、こうなったんだよ」


 なるほど。それはそれで、中々いいのかもしれない。詳しく聞けばふたりはすでに一緒に暮らしていて、何年先になるかはわからないが、会社が安定したら結婚するつもりなのだそうだ。


「言っとくけどな、カイ。水の魔術しか使えないけど、オレもけっこう頑張ってるんだぜ。氷も出せるようになったし」


 そう言って海面に30センチ程度の氷の塊を作って見せてくれた。水の上位魔術だ。

 すごい、と素直に拍手して褒めれば、フェリクスは腰に手を当ててふふん、と調子に乗った。


「いずれ氷の女帝リディアーヌみたいに水魔術を極めてやるぜ」


「……リディアーヌ?」


 リチャードの呟きが、やけに大きく響いた。


「その、リディアーヌというのは誰なんだ?」

「え、知らないのお兄さん。昔あったカトレア王国っていう魔術大国の女王で、すごい水魔術の使い手だったらしいよ。まあ20……もう21年前か。帝国に侵攻されて国もろとも亡くなってるから、実際に見たことはないけど」

「そう……か。21年前……帝国、が……」

「そんなすごい魔術師がいて、普通ならカトレア王国も負けなかったんだろうけどな。当時のリディアーヌは身重で出産間近だったらしいぜ。そんな人を容赦なく殺すなんて、帝国って最低だよな」

「……み、おも……まさか……」


 フェリクスの説明を聞いたリチャードの顔色が、みるみる悪くなっていく。さすがに心配になって、カイはリチャードの肩を大丈夫かと叩いた。


「いや……いや、大丈夫だ。すまない……少し、ひとりにしてくれ」


 そう言って船尾のほうに歩いて行ってしまった。明らかに普通の様子ではなかったので気になる。帝国の話題でもあったし、なにか引っかかったのだろうか。


「随分青い顔してたけど……リチャードさんも船酔い?」


 サンドラも心配そうにその背中を見送る。わからない、とカイは肩を竦めて見せた。


「にしても……カイ、あのお兄さんがカイの探してた運命の人なのか? 口元にほくろあったよな。オレ、てっきり相手は生き別れた恋人で、絶世の美女なんじゃないかと疑ってたんだがなぁ……」


 いやまぁ、死に別れた妻ではあるが。灯里はおれにとって世界一の美女でかわいいひとだったが。


「絶世の美男ではあったわね。しかもあの髪、強力な魔力持ちでしょ? 護衛って言ってたけど、すごいの捕まえたねぇ、カイ」


 ……さて、どう説明したものか。

 少し迷って、リチャードとは偶然出会っただけで、本来の探し人はもう死んでしまっていた、ということにした。……まあ、半ば事実だ。

 サンドラに耳元で伝え、それをフェリクスに伝えてもらう。……やはりどうしても、言葉が詰まった。彼女は死んだのだと、改めて突きつけられるようで。


「……そっか」


 親友は、ポンとカイの頭に手を置いて、それ以上何も言わず隣にいてくれた。


 心にぽっかり空いた穴は、きっともう、誰にも塞ぐことはできない。いつか小さくなる日が来るかもしれないが、完全に塞がることはないだろう。それは辛いけれど、寂しいけれど、痛いけれど──愛しさの証明でもあり、ささやかな救いでもあった。


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