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79.死した竜の体


「そうだトト! せっかく光のと契約してるこの子がいるもの! 直してもらおう?」

『っ~~~~~、っ……!?』

「カイ!?」


 ギギに再び抱きしめられ、カイは声なき悲鳴を上げた。遠慮なく締め付けられ……いや、たぶん彼女は加減しているのだろうが、それでも痛い。死ぬ。死ぬって。


「こらギギ、気をつけろ。脆弱だと言っているだろうが」

「あ、そうだった。抱き心地が良くて、つい」


 つい、で殺されてはたまったものではない。

 解放された体を、リチャードが「だ、大丈夫か……?」と摩ってくれる。とりあえず無事だと頷いた。……なんとか今回は骨まではいってなさそうだ。


「治すとは、先ほど俺がお前に負わせた傷のことか?」

「ん? ああ、それもできれば頼もうか。だがギギの言っていることは違う。ついてこい」


 歩き出したトトの後ろをついていく。

 白い石造りの廊下は、ひんやりと冷たい。妙な光る石があちこちの壁に仕込まれており、柔らかな明かりがこの遺跡内を照らしている。見慣れないレリーフがあちこちに刻まれていて、どこか幻想的だ。……ここは海の中のはずだが、そういえば酸素はどうなっているのだろう。先ほどから驚くことばかりだし、竜に伝わる未知の技術でも使われているのかもしれない。


 やがて扉の前で振り返ったトトは、カイたちを見て少し悪戯っぽく笑った。


「ここを見る愛し子は、リオンに次いで千年振りだ」

「リオン……まさかあの、冒険家の?」


 驚くリチャードに、ギギが「そうなの」と興奮して言う。


「ギギ、リオン大好き。ディオス様のこと、英雄にしてくれた」


 ──ああ、そうか。

 リオンは冒険家であり、竜と話した男であり、魔術の発見者であり、神話を後世に残した大偉人だ。

 ギギはあの神話の竜のことを、リオンが英雄に()()()()()と言った。……やはり、違うのだ。彼の残した神話は、きっと真実ではない。それは以前、魔術学園でシロに竜と女神の恋物語を読ませたときの反応からも、明らかだ。なにかの目的があって改変したのだろう。


 重そうな石の扉を、トトは腕力だけであっさりと開く。その部屋の中にある黒いものがなんなのか、最初は気付けなかった。……あまりにも、大きすぎたから。


「こ……れは……」

「ディオスギトゥティエリァス様のご遺体だ」


 広い、とても広い部屋の中に竜が眠っていた。その姿は今にも動き出しそうで、とても死んでいるとは思えないほど瑞々しい。


「……本当にもう、生きていないのか? まさか竜というのは、死んでもいつまでも朽ちない種族とか……」

「いや、そういうわけではない。これはレオシアンの力によるものだ。ディオスギトゥティエリァス様が死んでもう……1万年近くは経っているか?」

「うん、それくらいだと思うの」


 途方もない話だ。女神の愛が、今もこの竜の形をここに留めているのか。

 改めてその姿を見つめる。……以前カイが空で会った竜よりは、少し小さい気がした。だが、美しく力強い竜だ。青みを帯びた黒い鱗が艶やかに光る。……ん?


「気づいたか。少しひび割れているだろう。さすがに1万年もすると、レオシアンの術にも綻びが出ていてな。できる範囲でいいから、お前の力で直して欲しい」

「……治癒の力で、遺体の修復もできるのか?」

「可能だ」


 ……いや、初めて知ったんだが。

 死者を蘇らせることはできないが、死んでいても傷だけなら治せるらしい。死体に治癒を施そうと考えたことなどなかったので知らなかった。……もしかしたら、教会で治癒を学んでいたらそこで教えてもらえたのかもしれない。少なくとも魔術学園で教わるよりは治癒術について詳しいだろう。


 カイの光の精霊、額にツノの生えた白猫は、先ほどから竜にそっと寄り添い、すりすりとその体を擦り付けるような仕草をしていた。やはり女神様と関わりの深い精霊は、竜に特別な思いを持っているのだろうか。


「……それにしても、まさか揃っているとは。闇のはお前のだな、竜剣使い」

「え? ああ……」


 揃っている? どういう意味だろう。確かにここには光と闇の精霊がいるのだろうが、それだけならそう珍しいことでもない。

 するとトトは突然、シロに向かって直接なにかを話しかけだした。精霊語だ。……竜人は他人が契約している精霊が見えるし、会話までできるらしい。

 そんなトトに対して、なんとシロはその口を開いて喋り出した。いつもカイと会話するときは文字を使うのに、である。……ただ、その声は聞き取るのが難しそうなほど高い。というか、今はかろうじて聞こえているけど、歳をとったら聞こえなくなりそうな、モスキート音レベルの高音だった。……光の精霊の普段の心遣いに感謝である。


「ふむ、糸? 繋がり? よくわからんな……随分特殊なケースのようだ」


 トトの知りたかったことは、シロに直接聞いてもわからなかったらしい。


 気を取り直して、カイは竜人たちに場所を指示されながら、竜の傷の修復を始めた。……ほんとうに綺麗に直る。

 ただ、ひとつひとつは大したことはないのだが、なんせジャンボジェット級の大きさである。そう簡単にすべて終わらない。


 顔の近くに差し掛かった時に、竜の口元を指差してギギが言った。


「見て、ここ。牙がないでしょう? ここの牙でその竜剣を作ったの」

「ほお……」


 リチャードが剣を抜いてみせる。磨き抜かれた黒い刀身。竜の口には同じ色の、その大剣よりも大きな牙が並んでいる。……本当に、神話の英雄から作られた剣なのだ。


 そうこうしているうちに、先にカイの魔力が尽きた。目眩を感じてふらついたところをリチャードが支える。


「おい、もう無理だ。ここまででいいだろう」

「……本当に質に比べ神力の量が少ないな。まあいい、良ければこれからもたまに来て修繕してくれ。地上に帰そう」

「え、帰しちゃうの? 神力充ちる夜までずっといても良くない?」

「ギギよ、我らと違って愛し子たちには食事が必要だ。ここには何もないぞ」

「あ、そっかぁ」


 ……無事帰してもらえそうで何よりだ。

 トトが上を見上げながら耳をすませている。つられてカイも天井を見上げた。

 高い天井の中心に、うっすら一本の線が見える。おそらく神の骸を使って墓を暴けば、あそこが開くのだろう。


「……近くに船が来ているな。そこまで連れて行こう。ギギ」

「わかった」

「おわっ!?」


 突然リチャードはトトに、カイはギギに抱えあげられる。そのままふたりは猛烈な勢いで走り出した。竜の遺体を安置した部屋を後に、廊下を疾走し、階段を駆け上がる。


「お、おい! これは一体……」

「そろそろ海だ。息を止めろ」

「は? うわっ、ちょ……!」


 向かう先、見えない壁でもあるかのように、はっきりとこの遺跡と海との境界が見えた。その中に、竜人たちは勢いのまま突っ込んでいく。


『っ……!』


 息を止める。衝撃と共に、ごぷりと海水に包み込まれた。遺跡の上の方から出たおかげか、水圧は思ったほどではない。

 トトとギギは海中を勢いよく駆ける。ぶつかる水の勢いに目を開けていられないが、少しずつ海面へと向かっているのがわかった。瞼の裏に感じる光が強くなってゆく。


「かはっ……」


 ザバン、と水しぶきが上がり、空中に飛び出た。時間にして数十秒ではあったが、呼吸できることに体が喜んでいる。


「……ではな。お前たちがこの海域に来たら迎えてやろう。いつでも待っている」

「またね~」


 トトとギギはそう言い残し、カイとリチャードを空に投げ出した。


『!?』

「は!?」


 いや。いやいやいやいや!

 カイは慌てて着地点を確認する。そこにやや小ぶりな貨物船が見えた。


「カイ! リチャード!」


 涼やかな声が、初めて2人の名前を呼ぶ。──ペラルゴ国主ルージェナ。甲板にツィリルとともに立っていた彼女が、扇子を広げた。

 柔らかな風に包まれる。彼女の魔術のおかげで、ふたりは貨物船の上に難なく着地することができた。


「ひえぇ……びびった……なんすかあんたら。空から降ってくるとか予想外すぎるんすけど」

「よく無事じゃったのう。助けに戻った甲斐があったものよ」

「ああ……助かった、ありがとう」


 どうやら2人はカイたちを助けるために船まで呼んでくれたらしい。正直、付き合いも短いのでそこまでしてくれるとは思っていなかった。


 船内からバタバタと足音が聞こえる。この船の船員だろう。


「……カイ? ……本当に、カイなのか?」


 懐かしい声が聞こえて、驚いてカイは振り向いた。


「あら本当だ。久しぶりだね、カイ」


 ……ああ、そうか。そうだった。ここは南国。南方諸島。彼女の出身地じゃないか。嬉しくて、カイは思わず笑みを浮かべる。


 そこには魔術学園以来に会う、親友のフェリクスとその恋人サンドラの姿があった。


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