77.墓守
奇妙な感触だった。弾力があり柔らかそうなのに、硬い。それに、なんだかガサガサしている。でも温かい。……なんだろう、これは。一体なにに包まれて……
「起きた?」
ひっ、と喉が引きつった。
それは、カイたちを襲った化け物の、女の方だった。大きい。身長2メートル以上あるんじゃないだろうか。そいつが、カイの体をすっぱり抱きかかえている。
なぜこんな状況になっているのだろう。よく見ればカイは服を剥かれ、素っ裸である。そんな状況で女に抱きかかえられているわけだが、今感じているのは紛れもない生命の危機だ。
怖い。こいつがその気になれば一瞬で殺される。
まさに蛇に睨まれたカエル状態。ヒッ、ヒッ、と呼吸が荒くなり、カチカチと歯の根が合わず震えてしまう。
「震えてる。やっぱり寒い? もっとぎゅっとする?」
『ッ…………!』
きつく抱きしめられ、骨が軋む。……潰れる。息ができない。
──死ぬ、のか? こんなところで、わけもわからずに。
「ギギ、その辺にしておけ。愛し子は脆弱だ、死んでしまう」
「え? わあ、本当だ! ごめんなさい」
拘束が緩み、ゲホゲホと咳き込む。その度に鋭い痛みが走った。……骨、折れてないか? これ。
カイを救ってくれた声の主は、男の姿をしている鱗肌の化け物だった。何ひとつ危機は去っていないが、とりあえず今ここで害されることはなさそうだ。
相変わらず女に抱きかかえられたままだが、どうにか周囲を軽く探る。白い石のようなもので作られた建物の中のようだ。……もしかして、意識を失う前に見た竜の墓と思しき遺跡だろうか。
何も喋らずきょろきょろしているだけのカイに、男が語りかける。
「……どうした。怯えて声も出ないか」
「トト、違う。多分この子、喋れない。……この子、変。妙な制限がかかってる。おかしい」
女の言葉に、ぎくりとした。それは転生前に神様──魂の管理人と交わした制約のことじゃないか? ……なんでそんなことが分かるんだ?
「制限? なんだそれは」
「……わからない。とにかく、不自然。この子の神力も本来より少ない……と思う。もったいない、すごく質がいいのに。……ガィアンジェリスンイェキトォス様なら原因がわかるかも」
ガイア……? 誰のことだろう。長い上にまったく耳慣れない名前だ。それに、神力とは何だ。魔力ならわかるけれども。
「ふむ……竜剣の継承者が来ただけでも驚いたが、どうにも妙なことになっているな」
そうだ、リチャード!
勢いよく顔を上げたカイに、訊きたいことを察してくれたらしい男がにやりと笑う。
「なんだ、心配か? 案ずるな、此度の竜剣使いは見事だぞ。見ろ、俺に傷を負わせた」
男は右足を上げてみせた。ふくらはぎのあたりに一文字、濃紺の鱗を裂いて大きな切り傷ができている。
「わあ、すごいすごい! ギギも戦ってみたいなぁ」
「やめろ、お前だと殺してしまう。竜剣の継承者を殺すなど洒落にならん」
つまり、リチャードは生きているということだ。とりあえずはほっとする。
「暴れたから黙らせるために少しばかり怪我をさせたが、大事ない。奥に寝かせている。愛し子よ、光のを連れているだろう。治癒してやれ」
……カイのことなのだろうが、愛し子とはなんだろう。
視界の端に白いしっぽが揺れる。澄ました顔で、光の精霊が座っていた。風の精霊と違い、彼らに怯えている様子はない。……その姿を、カイにしか見えないはずの契約精霊を、明らかにこのふたりは見ていた。……まあ、相手は明らかに人間ではない超常の存在だ。見えてもおかしくないのかもしれない。
ふたりに案内されて少し奥に進むと、階段らしき場所に無造作にリチャードが寝かされていた。……カイと同じく素っ裸にされて。
その近くに衣服と荷物がまとめて干してある。どうやら海水に濡れてしまっていたから、親切で干してくれていたらしい。
まだ少し湿っていたが、さすがに裸でいるのは心許ないので服を着てしまう。荷物を確認すれば案の定、紙類はフニャフニャになっていた。……乾かせばまだ使えるだろうか。
呪文カードも水を吸ってしまっていたが、軽く魔力を通して見ると問題なく文字が浮き出た。大丈夫そうだ。
眠るリチャードの呼吸は安定している。しかし腹に殴られたらしい青痣ができており、見るからに痛々しかった。
ちらりとシロを見ると、心得たと言わんばかりに頷いてくれる。手をかざし、すぐに治癒を施した。……ついでに自分も、先ほどの抱きしめられた場所を治癒しておく。魔力の消費量からして、骨は折れていなかったがヒビが入っていたっぽい。勘弁してくれ。
「ぅ……」
リチャードがゆるゆると目を開ける。カイの姿を認め、起き上がった。
「無事か!?」
こくりと頷く。彼はほっと息をつくと、カイの背後にいる2人を見て警戒態勢をとった。剣を抜こうとして、どうやらそこでやっと全裸だと気付いたらしい。
「俺の剣は……」
「そこに荷物と一緒に置いてある。落ち着け。暴れなければ何もせん」
とりあえず大丈夫だからと、服を渡す。リチャードは警戒を続けつつも、湿った服に袖を通した。……なかなかシュールな時間だったと思う。
最後に竜剣を背負い、彼は改めてふたりに向き直った。
「……お前たちは、何者だ」
リチャードの問いに、まずは女の方が答える。
「わたしはギギラィエンギェアス。ギギと呼んで」
「俺はトトカィエンヒェルス。トトでいい。我らはこの世に2体きりの竜人であり、ここの墓守だ」
「竜人……墓守? ……じゃあまさか、ここが竜の墓……」
トトと名乗った男が頷く。
「然り。──ここはレオシアンの愛した、ディオスギトゥティエリァス様の眠る墓である」




