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76.フラッシュバック


 速い。待って待って待って速い速い速い!

 超高速気球船と呼ぶだけはある。限界突破すーぱー竜神号くんは、信じられない速度で空を飛んでいた。……それはもう、あらゆる国の領空を侵犯しながら、時には敵だと判断されての攻撃を避けながら、である。


「ワーハッハッハッハ!! 誰もこの竜神号の速さには追いつけぬようじゃのう!」

「ひゅーっ! お嬢カッコイイ〜!」

「姫と呼べい!」


 漫才コンビ2人は船首でずっとハイテンションだ。一方のカイは青い顔をして固まっている。

 普通の気球は平気だった。──でもこれは、ダメだ。飛行機に、近すぎる。嫌な汗がじわじわと浮かぶ。気を失っていたから死んだ時の記憶はないけれど、その前の恐怖は覚えているのだ。


「……カイ、大丈夫か? 顔色が悪いが……」


 リチャードが心配そうに声をかけてくれた。

 大丈夫ではない。大丈夫ではないが、降ろせとも言えないので平気だと軽く手を振って合図する。


「おお? まさか治癒術師クンは高いところ苦手ですかぁ〜? ククク、ざまぁ見ろ」


 ツィリルの嫌味にもまともに反応できない。目を瞑り、ぐっと唇を引き結んだ。飲み込んだ唾液が苦い。……吐きそうだ。


「本当に辛そうじゃのう……。よし、もっと早くじゃ! すぐに着くからのう! 妾に不可能はなーい!」

「こ、これ以上だと……?」


 リチャードの戸惑った声が聞こえる。ただでさえ馬鹿みたいなスピードなのに、グン、と体に負荷がかかり、ルージェナの言葉通りその速度が増したのがわかった。彼女の魔術が巧みなため、揺れも少ないしジェットコースターのようにぶつかる風に翻弄されることはない。しかしカイの顔色は悪くなる一方だ。


 どれくらいそうしていただろう。やがて竜神号のスピードが緩やかになった。……潮の香りがする。


「うむ、海の上までついたぞ! おそらくこの辺りだと思うのじゃが……」


 本当に速い。もう着いてしまったらしい。カイはゆるゆると顔を上げる。

 その時だった。


 ズン、と激しい衝撃に、船体が大きく揺れた。


「なんじゃ!?」


 ルージェナの焦った声。ガン、ガン、と何かがぶつかる音が立て続けに聞こえ、その度に竜神号が揺れる。「お嬢、攻撃されてる!」とツィリルが叫んだ。


「どういうことじゃ!? こんな海の上で、妾に気付かれず誰が……」


 バキッと嫌な音がして、翼が折れた。


『…………っ!』


 フラッシュバックする。高度1万メートル。激しく揺れる機体。混乱し、悲鳴が上がり、隣の灯里が縋るような瞳で……そうだ、灯里。灯里を守らないと、灯里!


 隣に手を伸ばした。掴んだ腕。……太く、筋肉質で──ああ、違う。この手は。


「カイ、落ち着け。備えろ!」


 剣を抜いたリチャードが、まっすぐカイを見つめていた。

 そうだ、ここに灯里はいない。……あの日、何もできずに死ぬだけだった柊真斗もいない。


「ピュイッ!」


 風の精霊を呼んだ。その瞬間、轟音を上げて船体が真っ二つに割れる。なんとかしがみついたが、ルージェナとツィリルとは離れてしまった。分かたれた船は彼女の魔術でなんとか両方浮きはしているが、このままでは落ちるのも時間の問題だろう。

 呪文カードを取り出し、周囲の状況を確認する。


 ──そこに、それはいた。


「馬鹿な……! なんじゃあれは!」


 南国らしい、抜けるような青空の真っ只中。異様な二つの影が、カイたちを見据えている。

 それは、人の姿をしていながら明らかに人ではなかった。大きな翼。濃紺の鱗の生えた体。体つきからして、片方は男、もう片方は女のようだった。


 ──ビリビリと肌を刺す、危機感。


 リチャードが、ルージェナが。険しい目つきでその二体の化け物を睨みつけている。


「いや、アレ……アレは無理っしょ、お嬢……」


 ツィリルの声が震えている。……怖いのだ。カイも同じ気持ちだった。今すぐここから逃げ出したい。

 ──アレには、敵わない。八つ裂きの凶つ熊なんて比じゃない。人間の敵う存在ではない。まるで……そう、まるで。以前、竜に遭遇した時のような──


『キキィ……』


 カイの肩の上で、三つ目が怯えている。……アレは、精霊も怯えるほどの存在なのか?

 しかし、ここは海の上だ。どこにも逃げ場なんてない。

 男の姿をしている方のそいつが、口を開いた。


「失せよ。この海域に近づくこと罷りならん。忌々しい風の神の力の残滓など連れてくるな!」


 怒気を孕んだ声に一喝された途端、唐突にルージェナの風が止まった。


「な……──」


 彼女の驚いた声が、かすかに耳に届く。魔術が止まったのは、ルージェナの意思ではないらしい。

 風の支えを失ってしまえば、壊れた船体はカイたちごと落ちるだけだ。


「カイ!」

『っ……!』


 リチャードに掴まれた腕を、しっかりと掴み返す。そのまま一緒に竜神号だったものから蹴り飛び、ぶつからないよう距離を取った。

 一面の青。浮遊感。落ちていく。この高さから海面にぶつかれば、命はない。


『キィ……キィ……』


 三つ目がやたらと弱々しく鳴いているのが気がかりだが、ここで頑張ってもらわねば困る。カードに魔力を通した。間に合え!

 海面に落ちる直前に風が巻き起こってカイたちを包み込む。……かなりギリギリで冷や汗が出た。

 ルージェナたちの姿を探す。どうやらあちらも無事なようで、少し離れた場所にふたりで浮いているのを見つけた。

 空を見上げる。化け物たちは、なぜか驚いたような顔をしてこちらをじっと見ていた。


「なんだ……? うわっ!?」


 ……限界だった。カイの風魔術では、長時間重いものを浮かせることはできない。ザブン、と海の中に落ちる。水に揉まれるが、一応泳げるので近くに浮いている竜神号の残骸まで近づこうとした。

 が、リチャードに容赦なくしがみつかれてたちまち身動きが取れなくなる。……おい、まさか。


「すまんカイ! 俺は泳げん!」


 ウッソだろお前!? いやそうかそうだコイツ箱入りのお坊ちゃんだった! そりゃ泳げなくてもおかしくない!

 ルージェナが慌てた様子で何か叫んでいるのが見える。しかし、リチャードの体重を支えきれなかったカイは、思いのほか速かった潮の流れに飲まれてしまった。


 ……まずい、こんなところで、死ぬわけには……死なせる、わけには……。


 しかし願いも虚しく、体は暗い海の底へと沈んでいく。遠くなる意識の中、視界の端に不自然な光景が映った。


 白く四角い、とても大きな──明らかな、人工物。……もしかしてあれが、竜の墓……?


 驚きとともに、ごぼりと貴重な酸素を吐き出してしまう。


 ……意識を保っていられたのは、そこまでだった。


これからは週3くらいのペースで更新していこうと思います

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