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75.限界突破すーぱー竜神号


 マヌエルが作ってくれた身分証は、なんと帝国のものだった。

 誘拐される際に皇族なら皆所持しているという帝国印を持ってきていたのだそうだ。偽造だが本物の印が使われているので実質本物。疑われる可能性はほぼないだろう。第二皇子さまさまである。

 職業は傭兵になっていた。名前がそのままリチャードで、偽名でなくていいのかと尋ねたら皇子は意地悪そうな顔をして言った。


「平気平気。反逆者として死神を手配してるくせに、その顔も名前も公表されてないだろう? 皇帝陛下は乗り気じゃないのさ。あるいは、どうでもいいと切り捨てられちゃったのかもね」

「……かもしれません」


 リチャードの声はどこか冷めていた。


「確かに俺は皇帝陛下に目をかけられていました。しかし……あの人が見ていたのは、俺じゃない。俺に似た誰かだ」

「……おや、気付いていたのか。つまらないな」


 そういえば以前、そんな話をしてくれたのをカイも覚えている。『そんな目で見るな』と手酷く拒絶された後だったので忘れようもなかった。

 マヌエル第二皇子も、皇帝がリチャードを誰かの代わりにしていたことを知っていたらしい。……知っていて、あんなことを言ったのか。知っていてなお、割り切れないものなのか。──いや、よそう。彼の心は彼のもので、リチャードを嫌ってくれるなと思うことは傲慢だ。年の近そうな2人である。何年も蟠ったものはそう簡単にはほぐせない。

 マヌエルは悪戯にリチャードを傷つけるような発言はするが、それ以外は理性的だ。利害が一致すればこうして力にもなってくれる。それで十分だろう。……やっぱりちょっと、カイはこの皇子が苦手だが。


 他に必要なものはあるかと尋ねられ、古着はないかと訊くと、死んだ賢者様のものが残っているから好きに持って行けと言われた。賢者様とやらは意外と大柄な人だったらしく、リチャードでも着られるサイズのものがいくつかあったのだ。ありがたくいただいて、古い服はその場で着替えてもらって処分した……のだが。


『なんで黒い服?』

「いや……つい。黒ばかり着ていたからそれ以外だと落ち着かないんだ」


 思わずノートを広げてツッコんだカイに、リチャードは少々罰が悪そうな顔をした。……まあ、似合ってはいるので構わないのだが、全身真っ黒なので相変わらず死神といった印象である。

 ちなみにカイに賢者様の服はさすがに大きすぎたので、今回新調するのは諦めることにした。




 昼には出発するぞ、というルージェナの言葉により、慌ただしく準備を終え、指定された場所に行く。

 山の尾根に近い、少しひらけた場所に堂々と鎮座するそれに、カイとリチャードは揃ってぽかんと口を開けた。


「これは……」

「どうじゃ、すごいじゃろう? 妾のために作らせたのじゃ」


 ふふん、とルージェナが自慢げに胸を張る。

 大きな翼。その中心に人が乗るであろう船のようなものがある。その上には大きなバルーン。……まるで、飛行機と気球を合わせたような、奇妙な乗り物だった。飛行船に近いのだろうが、それとも少し違う。


「その名も烈風姫ルージェナ専用! 超高速気球船、限界突破すーぱー竜神号じゃ!」


 ……なんて?

 後ろで騎士であり下僕であるはずのツィリルが「ダサい、ダサすぎる!」とゲラゲラ笑っている。もちろんすぐにルージェナに蹴り飛ばされていた。


「あー……これに乗って、飛んでいくということか?」


 頭が痛くなりそうなネーミングは取り敢えず無視して、リチャードが尋ねた。うむ、とルージェナは頷く。


「妾の魔術で飛ばす。なに、4人くらいなら余裕じゃ。……その辺の気球と一緒にするでないぞ? めちゃくちゃ速いからのう。帝国の奴らなんぞすぐに追い越してやるわ」

「それは助かるが……」

「ではさっさと乗り込めぃ! 竜神様の御神体、絶対に手に入れるぞ!」

「お嬢なら余裕っすよ! クク、山賊魂が滾るぜ!」

「姫と呼べ!」


 山賊魂って。この漫才コンビも警戒しておかないといけないのが辛いところだ。

 船部分に乗り込むと中にはソファーが設置してあった。リチャードと並んで腰掛ける。……けっこう座り心地がいい。思ったより快適な空の旅になるかもしれない。

 ルージェナは船首の方で仁王立ちし、ツィリルが広げた地図を確認していた。その地図はマヌエルから預かったもので、竜の墓があると思われる場所にバツ印がつけてある。もちろんそこは海の中なので、上空から目視で探すのは大変そうだ。

 幸い船の形をしているこの竜神号は、一応海の上でも活動できるらしい。探索方法は付近に到着してから考えればいいだろう。


 一応マヌエルにも一緒に行くか尋ねたが、「崇高なる引きこもりである貧弱極まりない僕が、旅になど出るわけないだろう」と一蹴された。というわけで、国主様がいない間のペラルゴは、マヌエル皇子殿下が治めてくれるらしい。……それでいいのか、ペラルゴ。やっぱり帝国の皇子様に乗っ取られるんじゃないか、ペラルゴ。……まあ別に、このトンチキ宗教の自称国がどうなっても気にする必要はないのだが。


「……よし、方角はわかったぞ! 最短距離をかっ飛ばしてくれるわ!」


 おそらく癖になっているのだろう。ルージェナが扇子を広げ、口元を隠した。涼やかな声が呪文を紡ぐ。

 柔らかく力強い風が、船全体を包んでいるのがわかった。ふわりと船が浮く。決して小さくはない、10人くらいは余裕で乗れそうな船だ。それを難なく、こうもあっさりと。


 ──烈風姫ルージェナ。そう自称するだけある。彼女の風は、おそらく火炎の守護神オレクの炎に匹敵するほど強い。


「さあ、出発じゃ!」


 竜神号が動き出す。

 目指すは南方諸島、竜の墓。神話の時代の英雄が眠る、謎に包まれた封印の地。


ルージェナ「『すーぱー』は『すーっと静かにぱーっと進む』の略じゃ!」

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