74.選択肢
「妾に黙って竜の話とは随分調子に乗っておるのう、第二皇子」
「……はぁ……冗談でしょ。なんでバレたんだ……」
ルージェナは窓をあっさり開けてしまうと、柔らかな風とともに書庫へ入ってきた。彼女にだけは聞かせまいと心を砕いていたマヌエルが、がっくりと肩を落としている。
「それで、どこから聞いてたんだよ姫さん」
「国宝がどうこう言っておったあたりからじゃの」
「なんでピンポイントで聞かれたくないところから聞いてんだよ!」
叫んだ皇子様はヨロヨロとカウチに座り込んでしまった。
カイはリチャードと目配せする。……たしか剣が国宝だという話はしていたが、竜の牙から作られたという話はしていなかったはず。バレれば竜を信仰する彼女が欲しがらないわけがない。一応そっちはセーフだ。だが。
「ふふん、風を使えば多少離れた場所の会話でも拾えるからの。なにやらコソコソしておったから注意は怠らなんだわ。それで? さっさと竜の墓の場所について吐くが良い。皇帝や女神なんぞより妾が先にその竜を手に入れてやるわ! 御神体ゲットじゃ!」
「あーーーもうこれだよ!! 絶対こうなるから聞かれたくなかったんだ!」
「とっとと吐けい! まさか妾に敵うとは思っておるまい?」
パタ、と手に持った扇子を開く。それが彼女の臨戦状態なのは昨日嫌というほど知ったばかりだ。
「はあぁ……墓の場所ね……僕がここに攫われる前は、帝国も大雑把な場所しか把握できていなかった。でもここで賢者様の資料を見つけて、ハッキリしたよ。……もっともあちらも動き出しているみたいだから、僕が見つけた資料ほど詳細じゃあないかもしれないけれど、ほぼほぼ特定しているだろう」
「ええい前置きがまどろっこしい。さっさと竜の墓の場所を言わんか!」
第二皇子はとても不服そうな表情で、それでも臨戦状態の彼女を前に観念して告げた。
「……南方諸島。竜の墓は、その付近の海の中にある」
海の中? 海底ということだろうか。それならば確かに、今まで見つからなかったのも無理はない。……にしても。
「それはまた随分遠いのう」
そう、遠い。ストレリチア帝国は大陸北部一帯を治める大帝国である。対して南方諸島は文字通り南に点在する小さな島国の集まりだ。まるで正反対の位置……故意に離されているのか?
「言っとくけど、帝国はもう動いてる。建前は南方との交易を広げたいという名目で、使節団とやらが出発してるよ。魔術師を大勢連れてるだろうけどね」
「おお、そういえばそうじゃったの。……まさかそれが竜神様を手に入れるためだったとは……こうしてはおれん! ツィリル! ツィリルー!!」
どうやら帝国が南方に向けて出発しているのは周知の事実であったらしい。ずっと山に篭っていたから初耳だ。
ルージェナは早朝にも関わらず大声を出して下僕を呼びに出て行ってしまった。マヌエルは難しい顔のまま、リチャードを見据える。
「……君には選択肢がある。帝国の主要魔術師が抜けてる今、宮殿に乗り込めば君の妹を奪取することができるかもしれない」
「!」
たしかに。危険ではあるが、これはチャンスだ。
「でもねぇ……僕としてはできれば、君の戦闘力を持ってして、なんとか南方に向かってる帝国使節団の方を止めて欲しいよ。姫さんもああなっちゃったし、止められそうな人物が僕の知る限り君くらいしかいない」
「それ、は……」
リチャードの瞳が揺らいだ。
できる……のか? たしかにこの男は強い。理屈はわからないがあの剣で魔術さえ切ってみせた。しかし相手は精鋭が揃っているだろうし、なによりあの強大な力を持つ神の骸がある。
「まあ、正面から相手をするのは分が悪かろう。だからどうにか奴らの隙をついて、竜の首を落として欲しい」
……首を、落とす?
疑問が顔に出ていたのだろう。リチャードが解説してくれた。
「闇の魔術は使い勝手が悪いんだ。頭のない死体は操れない。人形を操るのも、頭がついていることが条件だ」
なるほど、と納得したところではたと気付く。
マトリカリア襲撃の際、死神である彼がペンタス王と王子の首を落としたのにはそういう理由があったのか。単に見せしめだと思っていたが、リチャードなりに操られないようにしていたのだろう。そういえば八つ裂きの凶つ熊のときも首を落としていた。
しかし、竜の首か。……落とせるものなのだろうか。
「リチャード。君は今そこのカイくんの護衛だそうだけど、どうかな? 金を出せば僕の手駒になってくれるかい? もちろんカイくんにも補填するよ?」
「……殿下の手駒になるつもりはありませんが、ここまで聞かされてしまうと……カイ」
リチャードが片膝をついてカイと目線を合わせた。喋りやすいようにだろう。突然突きつけられた選択肢に、迷っているのがわかる。
使節団を追い帝国が竜を手に入れるのを阻止するか、この隙に帝国に忍び込み妹を奪取するか。
カイの心は決まっている。
『……どちらを選んでもいい。ついていく』
「お前は……いや、そういう奴だったな」
リチャードは一度目を閉じると、小さく深呼吸した。それからゆっくりと瞼が開く。確かな意志を持った瞳が、カイを見つめていた。
「……どちらも危険だが、リリィを助けるだけの方がまだ容易いように思う。だが……だが、俺は神の骸という魔石の入手に何度か関わっていて、その過程でたくさんの人間を殺した」
こくり、と頷く。その言葉でもう、彼の選択を察していた。
「……南方諸島に行く。俺には責任がある」
……馬鹿みたいに真面目だな。全部脅されてしたことで、被害者でもあるくせに。罪から逃げようとしない。
だがそんなところを、カイは好ましく思っていた。
『たいして役に立てないかもしれないけど、手を貸すよ』
「……言っておくが、危険だと思ったら逃げろよ。今までみたいにお前を気にかける余裕はないかもしれない」
こくりと頷いたところで、マヌエルが「話は決まったようだね」と立ち上がった。
「僕からの依頼、ということで金を出そう。僕も誘拐された身だからそう多くは出せないが、まあ前金だと思ってくれたまえ。成功して無事帝国に戻れたらいくらでも追加で払うさ」
「それは助かります。……ああ、あと俺の身分証を作ってもらいたいのですが……」
「身分証? くっ、あっははははは! 身分証、そうだね。君は持ってなかったか! ひぃっ、く、ふふふふ、そうか、わかった、作っておこう」
何がツボに入ったのか、マヌエルは笑いが止まらなくなってしまったようだった。
とにかく色々予想外のことはあったが、本来の目的であるリチャードの身分証については一応これで解決である。
あとはなるべく早く、できれば使節団を追い抜いて南方諸島まで行く必要があるのだが……。
「南方諸島には姫さんに頼んで一緒に連れて行ってもらうといい。驚くぞ、君たち」
皇子がにやりと笑った。その言葉の意味を知るのは、それから少し後のことである。




