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72.まさかの繋がり


 騎士ツィリルの作った夕食は鍋だった。適当に切った野菜と肉を濃い味の調味料で煮込んだだけの、いかにもな男の料理である。だが、それが意外と旨いのだ。


「はいお嬢、お肉たっぷりですぜ。……あんたらは自分でよそえよ。肉は食うな」

「姫と呼ばんか。こやつのことは気にせず好きに食ってよいぞ」


 ツィリルの向けてくる敵意は相変わらずだ。

 国主様に言われた通り気にせず、リチャードとともによく煮込まれた具をありがたく頬張る。温かい料理が五臓六腑に染み渡るようだ。

 ……鍋を囲んでいるのが思いっきり礼拝堂の真ん中なのだが、もう細かいことは気にしないことにした。つっこんでいたらきりがない。


「……で、じゃ。妾としてはやはり治癒術師殿にぜひともこの国に永住してもらいたいんじゃがのう」


 まだその話続いてたのか。ふるふると首を横に振る。


「何が嫌なのじゃ? ここなら温泉入り放題じゃし、不自由もさせんし、いつでも妾の下僕にしてやるぞ?」


 最後はなんでだよ。嫌だよ。下僕をご褒美みたいに語らないでほしい。そんな性癖は持ってない。


「其方も妾の裸に興奮したじゃろ……? 天国を見せてやるぞ」


 ぶはっ、とカイが咳き込むのと、ガチャンとツィリルが食器を落とすのは同時だった。


「お嬢〜〜〜! 下僕は! 下僕はおいらだけでいいじゃないですか! おいらはこんなガキ認めないっ!」

「ええいツィリル、少し黙っておれ!」

「嫌だ〜〜!お嬢に抱かれていいのはおいらだけだ!!」


 お前が抱かれるほうなのか……。

 爆弾発言に戸惑っていると、とうとうツィリルは泣き出してしまった。


「ううぅっ……よりにもよって温泉で誘惑だなんて……しかもこのガキだけじゃなくてそこのムカつく無駄に顔が良い男にまでお嬢の裸を……くうぅっ……」

「お前……まさかそれが理由であんな言いがかりをつけてきたのか……」


 リチャードがげんなりとため息をついた。嫌われている原因はよくわかったが、ずいぶん理不尽な気がする。


「しょうがない奴じゃのう。其方のせいでちっとも下僕が増えん。憧れのマルティーネお姉様にはまだまだ遠いのう」


 ……ん? 聞き捨てならない名前が聞こえたんだが。


『マルティーネお姉様とは……?』


 食事中にも関わらずペンを取らずにはいられなかった。とてつもなく嫌な予感がする。


「ん? 知らんのか? マルティーネお姉様は『淫蕩の魔女』と呼ばれておる、それはもう美しい女性でのう。偶然この国にいらっしゃったときに男のしつけ方など色々なお話を聞かせてもらったのじゃ。それからは彼女のようになりたくて頑張っておる」


 やっぱりあの女のことだった。ていうか何教えてんだ。


「お嬢は今のままでも素敵っすよ! あの人まで行くとちょっと……元親分すごいことになってたし……」


 さっきまで泣いていたツィリルが俄かに慌て出す。元親分とは……山賊だったらしいので、その頃の親分ということか? この騎士も彼女と面識があるのか。

 リチャードも思い出したように口を開いた。


「淫蕩の魔女……聞いたことがあるぞ。彼女に目をつけられた男は骨も残らないほどしゃぶり尽くされる。もし見かけたら絶対に関わらず逃げろと言われていたな。命よりも大切な何かを失うからと」


 ……実母の悪名が高すぎる。

 いざとなれば彼の妹救出の件で力を借りられないかと思っていたが、冷静に考えるとリチャードとマルティーネを対面させても大丈夫なものだろうか。かなり不安だ。


「うーむ、話していたらお姉様に会いたくなってきたのう。今頃はどこにいらっしゃるやら。……そういえば治癒術師殿の魔力の質は、なんだかお姉様と似ておるの。懐かしい感じじゃ。実は身内だったりするのかえ?」

『いいえまったく知らない人です!』


 魔力の質って何!? ベテラン魔術師になるとそんなこともわかるのか!?

 反射的に嘘をついてしまったが、この状況では不可抗力ということにしておいてほしい。


 幸いにも淫蕩の魔女の話題はそこで止まり、他愛ない雑談をしながらの食事となった。酒も勧められたがカイだけは丁重にお断りした。また一口で意識を失ってはことである。




 書庫の隣に客室があり、今夜はそちらに泊めさせてもらうことになった。ルージェナたちの居室はもうひとつ上の階らしい。

 彼女たちと別れ、荷物を置いてひと心地つく。そこそこ広い部屋だ。ベッド一台しかなかったところを、簡易ベッドを追加してもらって2人とも寝られるようにしてもらった。ありがたい。運び込んだツィリルには例によってグチグチと嫌味を言われたが。


 カイは数少ない手持ちのラフな服に着替えたが、リチャードはコートを脱いだだけでそのままだ。……服をどこかで調達する必要があるだろう。ずっと着の身着のままだった彼の服は洗ったとはいえボロボロだ。毛皮のコートは森の民から譲り受けたものをずっと使っていて、丈夫なのでこれを羽織っていればそれなりに見える。しかしこれから暖かくなるのだ。このままではいられまい。

 ざっと見た感じこの自称国に服屋らしきものはなかったので、買うなら次に向かう国になるだろう。あるいは古着がないか聞いてみるのも手だ。できればカイもそろそろ服を新調したい。……本当に過酷な冬だった。


「カイ、これを」

『?』


 リチャードに手渡されたのは綺麗な文字で書かれたメモだった。


「マヌエル殿下からだ」


 いつの間にかリチャードに渡していたらしい。

 内容を確認してみると、明日の早朝、また書庫に来るようにと記してあった。……ルージェナに聞かれたくないらしい話の続きだろう。


「今夜はさっさと寝よう。疲れているしな」


 こくりと頷いて、ベッドに横になる。

 自覚はあったが、思っていた以上に疲れていたのだろう。柔らかなシーツに包まれて、あっという間に意識を失ってしまった。


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