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70.第二皇子


「42、43……46枚、っと。うん、これで全部だね」


 ルージェナの風で飛んで行ってしまった紙をなんとか4人で回収し、カイたちは教会の上に位置する書庫へと来ていた。

 さして広くない室内に本棚がところ狭しと並んでいる。どれも本がみっちり詰まっていて、入りきらなかったものがあちこちに積まれていた。中央奥には大きな机と座り心地の良さそうな椅子が置かれている。

 そこに悠々と腰掛けた男が、手元の紙束を確認し終え顔を上げた。ジャック少年……いや、第三皇子ジェイコブと少し面差しが似ている。整った顔立ちだが、髪の色はジェイコブより淡い。どうやら本当に彼は、ストレリチア帝国の第二皇子らしい。


「……なぜ帝国にいるはずのマヌエル殿下がこんなところに? そもそも貴方は……」

「それについては妾が説明してやろう!」


 リチャードの疑問に国主ルージェナがふふんと胸を張って前に出た。


「以前、帝国で騒動があったであろう? 死神とかいうのが反乱を起こした、冬前のあれじゃ」


 ぴくりとリチャードが反応するが、彼女は気付いた様子もなく話を続ける。どうやらリチャードがその死神だとは気付いていないらしい。


「その混乱に乗じての、帝国の宮殿に忍び込んで、竜にまつわる何かがあったら我がペラルゴが頂いてしまおうと考えたわけじゃ。女神を祀る帝国にあるよりも、竜を祀る我が国にあるのが当然であるからの!」

「…………」


 リチャードが呆れた顔をする。たぶんカイも同じような表情になっていただろう。

 それ、ただの火事場泥棒じゃねえか。


「この風魔術を極めし烈風姫ルージェナにかかれば帝国への侵入など容易なものよ! 今までも何度か忍び込んでおったしのう。しかし宮殿の中にまではなかなか入り込めなんだが、死神とやらが暴れてくれたお陰で隙だらけじゃったわ! うまく忍び込み、宝物庫を探しておったのじゃが……宮殿の中が広すぎてのう……歩き回っておるうちに警備に見つかりそうになって、慌ててひとけのない奥の部屋に入ったら」

「そこが僕の部屋だった、ってわけ」


 皇子の部屋ならそれこそ警備がいるのでは?

 疑問が顔に出ていたのだろう。リチャードが渋い顔をして「あー、この方はだな……」と言葉を濁した。


「そう、僕は引きこもりだからね! 人が多いのも苦手だから、奥まった部屋をもらって警備も遠ざけさせてもらって、そこで独り引きこもって暮らしてたのさ!」


 第二皇子様はなぜか誇らしげに告げた。引きこもりをこんなに堂々と宣言する人間を、カイは前世含めて初めて見た。


「いきなり可愛い女の子が飛び込んできたからびっくりしたなぁ。ま、すぐに魔術で脅されて殺されるかと思ったけどね」

「話を聞けばなんと皇子だと言うではないか。これは何かに使えないものかと思っておったら、こやつの方から望んで人質になると言い出してのう。とりあえず攫ってきた」

「……は?」


 皇子から望んで人質になった? とりあえず攫った?

 ちょっと何を言っているのかわからない。リチャードが頭を抱えている。


「まあまあ、そう驚かないでくれたまえよ。気高き引きこもりの僕ではあるけどね、だからこそあのまま帝国にいたらマズいのではないかと予測を立てたのだよ。彼女の存在は渡りに船だった」

「……どういうことですか、殿下」


「僕の予想が正しければ、このままでは帝国は滅ぶ」


「な……」


 帝国が滅ぶ……?

 ストレリチア帝国はただでさえ強大な国家だ。今や神の骸という莫大な力をもつ兵器を揃え、向かうところ敵なしと言ってしまっても過言ではないだろう。そんな国が滅ぶとはどういうことだ。

 揃えてはならないと言われていた4つの神の骸。それが関係あるのだろうか。


「……僕はね、引きこもりとしていつも時間を持て余していた。そんな僕の楽しみはなんだったと思う? ……国のあらゆる文献を集めて読むことさ。歴史を紐解くのは面白い。君たちは、ストレリチア帝国がかつてストレリチア神聖国と呼ばれていたことを知っているかな?」


 神聖国?

 帝国出身のはずのリチャードを見上げるが、彼はきょとんと目を丸めていた。知らないらしい。


「なんじゃそれは。妾も知らんぞ」

「シンセーコクってなんすか?」


 ルージェナもツィリルも疑問符を浮かべている。それを見たマヌエル第二皇子は呆れたような顔をした。


「なんで姫さんと陰険騎士も知らないのさ。ここには賢者様がいたんだろう? 話を聞いてないのかい?」


 そういえば、この国に来た時に賢者様とやらのことを少し聞いたな。たしか身分証の発行もその賢者様がやっていたという話だった。昨年亡くなったらしいが、賢者と呼ばれるほどだからそういう古い知識も豊富だったのだろう。


「難しい話は知らん。どうでもいい」

「陰険騎士って呼ぶのやめてよね引きこもり皇子」


 ……国主とその騎士がこれで大丈夫なんだろうか、この国。

 マヌエルが大袈裟に溜息をついた。


「……実は僕がここに大人しく攫われたのはその賢者様に会いたかったのもあるんだけどねえ。まさかもう死んでいるとは。まあいい、とにかく、帝国は700年くらい前まで神聖国だったんだよ。闇の女神を祀る聖なる国だった」

「今とさして変わらぬではないか。帝国も闇の女神を祀っておるぞ」

「そうだね。教会で闇の女神を祀っている。光の女神を祀る他の国とは違う。……なあ、さっきから黙り込んでるそこの小さいのは治癒術師だろう? リチャードの知り合いか?」


 突然こちらに話を向けられ面食らう。


「彼はカイ。黙っているのではなく喋れないのです。旅の治癒術師で、今の俺は彼の護衛をしています」

「旅の治癒術師! へ~、珍しいじゃないか。カイくんね。喋れないってどういうこと? にしても小さいな~。いくつ? え、15? ほんと? 一瞬リチャードが少年趣味に目覚めたのかと思っちゃった。でも顔立ちはそこそこだけど目つき悪……いやホント目つきわっるいな君、あはははははは!」


 ……おれこいつ嫌いかもしれない。

 人のコンプレックスを散々刺激しておいて笑い転げる皇子をカイはギロリと睨みつける。


「カイ、すまん。ああいう人なんだ。歯に衣着せぬと言うか、人に嫌われてもどうでもいいと思っているから遠慮なく思ったことを口にするんだ」

「ふふ、しらじらしいなリチャード。僕がこうなったのは君のせいだぞ。……いや、正確には君のせいではないが、わかっているだろう?」

「っ………」


 柔和だった瞳が突然冷たい光を帯びてリチャードを見つめる。その視線を受けて、彼は痛みを堪えるかのように唇を噛んだ。……ふたりの間に、何かあるんだろうか。


「おっと、話が逸れたね。そう、教会。教会では女神様に祈りを捧げるだろ? なあリチャード、どう祈りを捧げる?」

「どうとは……普通に、『女神よ鎮まりたまえ、心安らかならんことを』でしょう? 子供でも知っている」


 ……え?


 勢いよく顔を上げた。そんなカイにリチャードがたじろぐ。


「ど、どうしたんだ? なぜそんなに驚いた顔を……まさか、」

「そのまさかだよ、リチャード。光の女神を祀る教会ではそんなことを祈らない」


 ──そうか。そうだったのか。

 帝国と他国では、祈りの内容が決定的に違う。闇の女神に対するそれは、どう聞いても、間違いなく鎮魂の祈りだ。


 女神レーシーン。命を司る神。死を担当する闇の側面。


「ストレリチア神聖国。そう呼ばれていた時代、教会の力はとても強かったんだよ。闇の女神を、目覚めさせないようにしなければならなかったんだからね」


 憂いを帯びた顔でマヌエルは窓の外を見つめていた。


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