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69.お嬢と下僕の怪しい関係


 カイがまばたきする間にはもう、リチャードはその男を大剣の間合いに捉えていた。


「うおっ!?」


 男の反応も悪くない。剣を抜き、受け止めた。しかし受け止めきれずにそのまま教会の外へと吹っ飛ばされる。だが、それで手を緩めるリチャードではない。

 男を追って外へ飛び出した彼に、慌ててカイもついていく。


 教会のすぐ外は小さな広場になっていた。小さいとは言っても、ふたりで戦うには十分な広さだ。

 騎士を名乗ったはずの男は、そのくせ普通の騎士が使うスタンダードな長剣とは違い、湾曲した独特な剣を使っていた。しなやかなその獲物で、リチャードの剣を受け流している。


「いや、ちょ、待っ、速っ……」


 とはいえスピードについていくのに精一杯のようだった。でも、それだけでも賞賛に値するだろう。死神はあの火炎の守護神オレクと剣技だけで渡り合った実力の持ち主なのだ。


「中々やるじゃないか。それで? 俺を捕らえて帝国に引き渡すか?」

「は、冗談……無理だって、あんたこれ手加減してるだろ。じゃなきゃおいらはとっくに死んでる」

「対人戦は久しぶりでな。少し遊びたい」


 リチャードは嗜虐的な笑みを浮かべた。そんな顔もするのか。整った顔立ちゆえにある種の壮絶な色香を放っているが、それが余計恐怖に拍車をかける。絶対遭遇したくないタイプの敵だ。カイはちょっと男に同情した。


「ひぃっ! ちょ、わ、わっ! 弄ばれて殺されるとか嫌すぎんだろ!」

「殺しはしない。──俺はもう、誰も殺さない。そう約束したからな」

『!』


 あの日の一方的な約束を、リチャードはちゃんと覚えていて守ってくれるらしかった。言い切った彼の表情はどこか嬉しげで、どこか誇らしげでもあって。目を奪われたカイは、呆気にとられたあと、ついついはにかんでしまった。

 ……いやはや。なんかちょっと照れくさいな、これは。


「殺されないなら助かるけど……っと!」


 男は大剣を避けつつひょいっと身軽に飛び跳ねる。

 その湾刀もそうだが、動きそのものもトリッキーな男だった。いかにも猫背な背を丸めた奇妙な体勢から、長身を活かした間合いの詰め方をする。そのくせ縦横無尽に飛んだり跳ねたり、とにかく予想ができないのだ。


「……どう見ても正規の騎士ではないな」

「まあね。おいらぁ元山賊だから、サッ!」


 リチャードが攻めの手を緩めたのを見逃さず、男は攻勢に出る。どこから斬りかかってくるのか読めない剣を、しかしリチャードは難なくいなしてのけた。……まるで遊んでいる。


「クッソ……全然歯がたたねぇ。ムカツクなぁ」


 どうにか距離をとった男は完全に息が上がっていた。リチャードはそんな彼に剣の切っ先を向け、告げる。


「命は奪わないが、俺のことを帝国に知らせるつもりなら拘束させてもらう」

「ああ? んなコト……──」


「なにやら面白いことになっておるのぉ」


 つい先ほど温泉で聞いた、涼やかな声。ペラルゴ国主ルージェナが、ふわりと男の背後に舞い降りた。……え? なんか空から降りてこなかったか? 気のせいか?

 戸惑いつつ、カイはふたりに対峙しているリチャードの元へと駆け寄る。相手が魔術師ならば多少の加勢はできるだろう。


「お嬢!」

「姫と呼べぃ!」


 嬉しそうに声をあげた男に対し、ルージェナは手に持っていた扇子でペチン! とその頭を容赦なく叩いた。男はなぜか「あざーっす!」と満面の笑みを浮かべる。……どういう関係?

 温泉で対峙したとき同様、リチャードが明らかに警戒しているのがわかった。そこの自称騎士の比ではない。彼女はそれだけ強い、ということだろうか。


「お嬢~! おいらじゃ全然ダメダメなの! 助けて!」

「姫と呼べと言っておるだろうに! ……しかしツィリル、貴様それで妾の騎士を名乗るつもりか? やはり下僕で十分じゃな」

「ハイッ! おいらはお嬢の下僕の騎士!」

「だから姫と呼べ! このポンコツ下僕!!」


 ……いや本当にどういう関係だよ。

 下僕扱いされて大喜びしている男の名はどうやらツィリルというらしい。

 こほん、と誤魔化すように咳払いしたルージェナは、カイとリチャードの方に向き直った。


「先ほどぶりだの、治癒術師殿にその護衛殿。察するに九分九厘どうせこのポンコツが悪いんじゃろうが、一応これでも妾の騎士なのでな。可愛がってくれた礼はせねばならぬのう」


 空気が、変わる。


 ぱらりと開いた扇子で、彼女は口元を隠した。


『……?』


 魔術が来ると身構えていたが、ぱっと見では何の変化もない。──数秒して、明らかな異変に気付いた。


「こ、れは……」


 リチャードはそれ以上言葉を紡がなかった。賢明な判断だろう。


 ──なぜなら、息を吸うことができないのだから。


 何をされているのか、一瞬理解できなかった。息を吸おうとすると、風に押し流され空気が逃げてゆくのだ。

 風の、魔術? こんな微細な風のコントロール、聞いたこともない。……このままだと、マズい。


「ピュイッ!」


 肺の中の空気を吐きつくしてしまう前に、カイは慌てて風の精霊を呼び出した。同時に呪文カードに魔力を通す。


『キイィ!』


 三つ目の起こした乱暴に渦巻く風で、周辺のコントロールされていた風を強引に吹き飛ばした。それでようやく呼吸ができるようになったのを確認する。


「ほう……其方は風の魔術も操るか。妾に風で対抗しようなぞ命知らずにも程があるが……面白い使い方じゃのう。喋れないとは聞いてはいたが……いやはや」


 ルージェナは愉快げに目を細める。


「ますます欲しくなったぞ、治癒術師。そこの厄介な護衛を廃して、妾の下僕にしてやろう」

「そんなお嬢! 下僕はおいらひとりでいいじゃないですか!! お嬢の下僕の座は誰にも譲りたくないっ!」


 いや譲られたくないんだが。なに言ってんだこいつら。下僕なんてごめんだ。

 よくわからない主張をしたツィリルは「黙らんかっ! あと姫と呼べ!」とルージェナに足蹴にされ、やはり喜んでいた。いまいち緊張感に欠ける光景だが、さきほどの術だけでもわかる。彼女の強さは本物だ。……対人戦に長けている。魔術の腕も経験値も、明らかにカイより上だ。


「カイ、後ろに下がっていろ。警戒を怠るなよ。あの女を殺さずに無力化するのは難しい」

「ほお……?」


 リチャードの言葉に、ルージェナはぴくりと不愉快そうに眉を上げる。


「風魔術を極めしこの妾、烈風姫ルージェナを前に言うではないか」

「烈風姫ルージェナって自称なんすよ。ぷくく、ヤバイっしょ?」

「おい切り落とすぞツィリル!」

「どこを!? あ、いや、でも……お嬢が欲しいなら……!」

「その辺の犬にでも食わすわ」

「ひぃんっ! ご勘弁を!」


 ……なぜこの男は下僕を自称しつつ主人に茶々を入れるんだ。力関係が読めないふたりである。

 ルージェナがまた口元を扇子で隠した。カイとリチャードの周りにはいまだ三つ目の風が渦巻き、いつでも彼女の魔術に対応できるよう警戒状態となっている。しかし。


『!』

「ぐっ……!?」


 先ほどの、繊細なコントロールの魔術とは程遠い乱暴な風が、突然真上からふたりを襲った。カイの魔術の風を押しのけて、である。猛烈な勢いのそれに立っていられず、カイは地面に伏せた形で縫いとめられた。動けない。信じられない力だ。

 リチャードも伏せるほどではないが、片膝をついてしまっている。風が強すぎて目を開けるのも困難だ。


『キイィィ……キキィ……』


 三つ目のミミズクはすまなさそうな表情でカイの周りを右往左往したあと、小さくなってしまった。……どうやら精霊の格も上っぽい。ルージェナと契約しているのは十中八九、風の上位精霊だろう。


「ふふん。妾を侮ったこと、後悔させてやるわ」


 ──マズい。

 ルージェナが悠々と歩み寄ってくるのを見て、冷や汗が浮かんだ。このままでは手も足も出ないまま、好きにいたぶられてしまうかもしれない。


「そのまま伏せてろ、カイ!」


 言われずとも起き上がれない。

 リチャードはごうごうと吹き荒れる風の中、大剣を大きく横に振り、その風を斬った。

 たちまち魔術で作られたはずの風が跡形もなく霧散する。


 ……なんで?


 普通剣で斬ったところで消えるはずがないんだが。ちょっと意味がわからない。


「……は?」


 ルージェナがカイと同様、きょとんとした表情でリチャードを見つめる。


「……其方、なんじゃその剣は」

「お嬢!」


 隙だらけのルージェナに容赦なく斬りかかったリチャードの剣を、ツィリルの湾刀が受け止める。キン、と甲高くも力強い音が、やけに耳に響いた。


「一応騎士の自覚はあるようだな」

「テメェ……ぐっ、くそっ……」


 黒い大剣を受け止めたままの湾刀が震えている。じわじわと下がる腕、圧される体。力負けしているのは傍目にも明らかだった。


「ツィリル! もうよい、わかった、これ以上は……ん?」


 ひらり、と何かが空から降ってきた。……紙だ。それも1枚や2枚ではない。何かが書かれた書類のようなものが、数十枚も落ちてきたのである。


「……なんだ?」

「うわ、まさか」


 剣を引いたリチャードが怪訝な顔をし、同じく剣を下ろしたツィリルがげんなりとした顔をした。


「ちょっと姫さん! さっきの風、君だろう!? 何してくれるんだ、資料が全部飛んじゃったじゃないか!」


 上の方から男の声がした。

 見上げると、竜の教会兼国主館の上階の窓が開いており、そこから20歳くらいと思われる男が怒った様子で顔を出していた。


「まったく、一体どういうつもり……あれ? もしかしてそこにいるのはリチャードかい?」

「……マ、マヌエル第二皇子殿下……?」


 リチャードが呆然と男を見上げて呟いた。


 ……ちょっと待て、第二皇子だって?


ルージェナ様は……お色気担当ではなくギャグ担当である

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