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幕間 女神の声


 ──手に入れろ。


 ストレリチア帝国皇帝、レズリー・ストレリチアは即位したその日から、ずっと頭の中に響く声に悩まされていた。


 手に入れろ。手に入れろ。手に入れろ。手に入れろ。


 その声は闇の女神を祀る教会に近づくほど、大きくなった。……ならばこの声は女神の声なのだ。彼はそう、判断した。


 もともとレズリーは帝位を継承する予定ではなかった。前皇帝の末っ子で、第七皇子という微妙な立場だったのだ。

 しかし前皇帝が急逝してからというもの、兄たちの帝位争いはいよいよ苛烈なものになった。暗殺は堂々とまかり通り、時にはその皇子の派閥ごと潰すなど、おぞましい争いが何年も続いた。

 最終的に第二皇子と第三皇子の争いになり、よりにもよってふたりとも毒で共倒れした。そして帝位はレズリーの元へと転がり込んできてしまう。まだ20にもなっていない若造だった。


 長きに渡る政争で、帝国の内情はボロボロだった。前皇帝に仕えていた臣下の多くが命を落としていたため、継承すべき知識も途絶えている。……だから頭の中に響く、レズリーにしか聞こえないこの声がなんなのか、誰にも教えてもらえなかった。


 手に入れろ。手に入れろ。手に入れろ。


 ……何を手に入れろと言うのか。

 わからないまま、レズリーは何年もかけて必死に帝国を立て直した。ようやく国が落ち着き、レズリーはしばらく欠席していた世界会議へと赴いた。


 ──そこで、運命の出会いをした。


 リディアーヌ。カトレア王国の次期女王だという。現王に連れられて、勉強のため世界会議にやってきたという彼女に、レズリーは恋をした。

 美しい黒髪。整った顔立ち。彼女はレズリーに「私と同い年くらいなのに、もう皇帝だなんてすごいね」と笑って褒めてくれた。嬉しかった。


 彼女と結ばれることはない。レズリーは現皇帝。リディアーヌは次期女王。それに彼女には婚約者がいるという。

 それでも、レズリーは初めての恋に浮き足立った。たとえ結ばれずとも、国を率いる同じ立場として並ぶことは出来るのだ。それは大きな心の支えとなった。──だが。


 手に入れろ! 手に入れろ! 手に入れろ!


 頭の中に響く女神の声は、日に日に大きくなっていく。気が狂いそうだった。


 そんな毎日が続く中、リディアーヌの戴冠式に招待され、カトレア王国へと赴いた。その頃にはもう彼女は結婚していて、娘がひとりいた。母親譲りの黒髪の、可愛らしい子だった。

 これからも仲良くしていきましょう、と女王になった彼女と握手をした。その時だった。


 ──ここにある!


 頭の中で、強い声が響いた。


 手に入れろ! 手に入れろ! 手に入れろ!

 ここにある! ここにある! ここにある!


 何がここにあると言うのだ。ひどく混乱したが、レズリーはその場では何事もないかのように笑って見せた。誤魔化すのだけは得意になっていた。


 声は、今や無視できないほどの大きさになっている。毎日毎日、朝も昼も夜も寝ている時でさえ。

 皇帝は狂った。


 ──手に入れなければならない。それが何か、わからないけれど。だってこれは、女神の意思なのだ。


 そうして帝国は──皮肉なことに、レズリーが優秀だったせいで強くなっていた帝国は、他国への侵攻を開始した。領土が増えるたび、頭の中に響く声が歓喜に震える。それに近づいている。手に入れろ。手に入れろ。


 そして、カトレア王国へ。

 皇帝はとっくに狂っていたが、それでもリディアーヌへの想いを忘れてはいなかった。だから彼女は生かして捕らえよと、部下には命じていた。しかし。


「抵抗が激しく、彼女は稀代の魔術師だったこともあり、手を抜いては我々が全滅するとことでした。それで、仕方なく……」


 魔術師団総長デールの言葉に、レズリーは激怒した。殺してやりたかった。……それでも彼は帝国に必要な人材だ。罷免することはなかったが、生まれた確執は今に続くまで長く尾を引くことになる。


 リディアーヌは死んでしまったが、その腹に宿っていた命だけは救い出された。黒髪の、男女の双子であった。

 赤子の娘の方は意識がなかったため、皇帝は魔術師に命じて延命させた。レズリー自らふたりに名前をつけ、宮殿で大切に育てることに決めた。周囲は混乱していたが、逆らうことは許さなかった。


 そして女神が求めていたものがわかった。カトレア王国の地下で発見した巨大な水の魔石だ。


 手に入れた! 手に入れた! 手に入れた!

 あと3つ! あと3つ! あと3つ!


 この魔石がなんなのか、声は教えてくれなかった。おまけに、どうやらまだ3つも同じものを手に入れなければないらしい。


 魔石の調査をさせ、数年。この巨大な魔石について詳しく知っているという男が現れた。

 男は、かつて魔術師団に所属していた研究員。禁忌に触れ、追放された身であったが、レズリーは構わず男の復帰を認めた。彼の情報は何よりも重要だった。


 ──その魔石は、神の骸。神話に語られる竜に試練を与えた4柱の神の亡骸であり、同時にとある封印を解くための鍵なのだという。


 時間はかかってしまったが、すべての神の骸が揃った。しかしようやくだと思った矢先、リチャードの反乱で帝国軍は大きな損害を受けてしまったのだ。


 リチャードはリディアーヌによく似た面差しの子だ。レズリーは逃亡した彼を生きたまま取り戻したかったが、行方不明のまま。そして、もし見つけてもさすがに反逆者を生かしておくわけにはいかない。……まあいい、リチャードほど似てはいないはないが、まだ妹の姿がある。むしろ、愛でるだけなら中身のない彼女の方が都合がいい。皇帝は彼のことを諦めた。



 そして体制を整え、春。

 頭の中に響き続ける声に従うレズリーの命令のもと、帝国はそれを手に入れるため動き出した。


 ──女神の求めるものだ。そんなもの、たったひとつに決まっている。


次章 古代遺跡編(予定)は開始まで少しお時間いただきます。

遅くとも2月上旬には更新したいところ……すいません、のんびりお待ちください。

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