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60.条件


 鳥たちの囀りで目を覚ますと、毛皮に包まれて床に寝かされていた。めちゃくちゃあったかい。


「よくそんなに眠れるもんだな。もう昼近いぞ」


 皮肉げにそう言った死神──リチャードは、手足を拘束されたまま壁に体を預けていた。小屋の中を見回すが、トゥオミと名乗ったあの森の民の姿はない。


「……仲間と話をしてくると言っていた。狼が見張っているから外には出ないほうがいいぞ」


 なんだかんだで律儀な性格らしい。頷いて、囲炉裏のそばに置いてある食事に目をやった。起きたら食えと書き置きがある。

 干し肉ときのみと山菜のスープだった。あまり食べ慣れないものばかりだ。思い切って口にしてみたが、かなりワイルドな味である。ドングリなんて初めて食べた。

 ひととおり食べ終えたところで、リチャードが話しかけてくる。


「カイ、だったか? 喋れない治癒術師なんて初めて見たぞ。でも俺の傷を治した以上、確かに治癒術は使えているらしい。……どういうからくりだ?」


 呪文の書かれたカードを取り出して、魔力を通して見せる。彼は少しだけ驚いたあと、「なるほど」と呟いた。


「自分の声は治さないのか? ……いや、治せない、か。もしかして闇の魔術か?」


 さすが帝国の死神。そこに思い至るのが早い。頷いたカイに、苦虫を噛み潰したような顔をした。……本当は違うのでなんだか申し訳ない気持ちになる。

 それにしても一応マトリカリアで会っているのだが、死神はカイのことを覚えていないらしい。まあ、離れた場所で見ていただけだし、英雄に王族まで揃っていた中なので目に入っていなくても無理はないが。


「それで……俺と行動を共にすると言っていたが、正気か? 今の俺は追われる身だぞ」

『覚悟はできてる』


 紙に書いて見せた。


「……なぜそこまでする。他人だろう」


 何も答えず、曖昧に微笑んだ。男は不審げに眉を顰めている。

 でも、しょうがない。前世の大切な人だったからなんて言っても、頭がおかしいやつだと思われるだけだろう。


『リチャード、年齢は?』


 誤魔化すように尋ねた。


「ちょうど20だ。お前こそいくつだ? 明らかに子供だろう」

『もうすぐ15』

「じゅっ……!?」


 一体いくつだと思われていたのだろう。目を丸くしたリチャードを少しだけ睨みつけると、気まずそうに顔をそらされた。


 それにしても、約5歳差か。けっこうなタイムラグがあったようだ。

 改めて死神をまじまじと見つめる。体格も良く顔も整っているが、どこか陰気な表情をしていることが多い。……ずいぶんと、まあ。性別もなにもかも、灯里と真逆だ。せめて笑顔を見せてくれれば面影を感じられそうなものだが。ほくろというヒントがなければ、絶対見つけられなかっただろう。


「その目をやめろ。不快だ」


 見すぎていたらしい。

 謝ろうとしたところで、トゥオミがふたりの男を引き連れて帰ってきた。


「ああ、カイも起きてるね。ちょうどいい。……その男への処罰を決めた」


 ごくり、と生唾を飲んだ。彼女が連れてきた森の民の男たちは死神を憎々しげに睨みつけており、張り詰めた空気が流れている。


「処刑しろって意見が大半だったが……死神は狂った殺人鬼どころか、理性もあり、罪を認識し謝罪し、罰を受ける覚悟も持っていた。巷の噂なんてアテになんないね。──でも、落とし前はつけさせてもらわにゃあならない。そこでだ」


 ぐいっとトゥオミは身を乗り出す。


「あたしら森の民を長年悩ませてる魔獣がいる。贖罪としてそいつを討伐できたら、見逃してやろう」


 魔獣討伐。断る理由はない。むしろ戦闘力に長けた死神にとっては都合の良すぎる罰じゃないかとカイは思った。


「奴はここから7つ峠を越えた山に潜んでいる。土と火と水の魔術を操り、縄張りに近づいた人間は容赦無く殺され、食われた。過去何度も討伐隊が組まれたが、その全てが壊滅させられているんだ。今では誰もその山には近づかない」


 ……あれ? なんか思ったよりもヤバそうだな? 3つも魔術を操る魔獣がいるだなんて、聞いたこともない。


「入った者は誰も帰ってこられないと言われる帰らずの山。その主、八つ裂きの凶つ熊を倒すこと。もちろん命の保証はないよ」


 熊。それも何十年も生きている巨大熊の魔獣という話だった。誰も近づかないその山で、なぜまだその熊が生きていると分かるのかというと、時々魔術で火が起きたり、吠えるような声が聞こえりするそうだ。まるでその存在を誇示し、人間を嘲笑うかのように。


 トゥオミの後ろで、森の民の男2人がニヤニヤと笑っている。どうせ生きて帰れないだろうという顔だ。……死神の噂は彼らだって聞いているだろうに、そんな顔ができるとは。よっぽどの相手らしい。

 でも、やるしかないのだ。


「わかった、行こう」


 死神が了承し、カイも頷く。するとトゥオミは困惑した様子でカイを見た。


「……カイ、あんたも来るのかい?」


 こくり。


「死ぬよ?」


 今度は首を横に振る。死ぬ気は無い。死神を死なせる気もなかった。


「あー……そいつには何を言っても無駄みたいだから、連れて行く。トゥオミ、出発はいつだ?」

「帰らずの山まで1週間はかかる。準備をして、出発は明後日だ。案内はあたしがするから心配しなくていい」

「助かる」


 こうして、カイはリチャードの魔獣退治についていくことになった。




 ピエリスの宿に荷物を置きっぱなしにしていたので、取りに行くため一旦リチャードとは別行動になる。昨夜の人さらいも引き渡さなければならないということで、連行する森の民に同行させてもらった。


 引き渡しのあと、カイはさらわれた当事者なので兵士たちの事情聴取を受けることになった。面倒だが仕方ない。

 小一時間ほどでやっと解放され、急いで宿へと向かった。昨日ぶりなのに、ピエリスの町並みをひどく懐かしく感じる。

 幸いにも宿の荷物はきちんと保管されていた。お礼を言って無事に回収し、市場に向かう。ある程度森の民が準備してくれるそうだが、保存食などを買い足しておくべきだろう。何が起こるかわからないし。


 死神が捕まったことはまだ広まっていないようだった。森の民の決定内容があれだし、広めるつもりはないのかもしれない。それに知られたらきっと帝国が出張ってくる。この国も森の民もそれは避けたいだろう。


 買い物を済ませ、教会で祈りを捧げてから、さっさとピエリスをあとにする。全然ゆっくりできなかったのが少し惜しいが、今のカイにとっての最優先事項は灯里の生まれ変わり(リチャード)だ。


 夕刻に足早に出国していった少年を、道ゆく人々が不思議そうに見ていた。


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