61.道中
帰らずの山へと向かう道を、ひたすらに歩く。
例の熊の魔獣が出る前は人通りもあり、昔はきちんと道らしい道だったと言うが、今はその名残がかすかにあるだけの獣道だ。倒木などで塞がれてしまっている場所も多く、思っていた以上に移動は大変だった。
先導するトゥオミの後ろを死神とともについていくが、カイが一番小さいため置いて行かれないよう必死だ。マトリカリアである程度鍛えられたが、それでも昔から鍛えているであろう2人には及ばないし、そもそもの体格が違いすぎる。リチャードはもちろん、トゥオミも女性なのに高身長だし筋肉ムキムキなのだ。
気温が低いため吐く息は白いが、体を動かし続けているので暑いくらいである。遅れそうになると後ろからトゥオミの狼2匹が鼻先でカイをせっついた。厳しい。
もうこうなったら修行のつもりでついていく。休みなくハイペースで進むあの2人、一体全体どうなってんだと思うが。体力バケモンすぎる。おまけに悠々と会話まではじめた。
「……鎧がないと体が軽いな。さっさと脱ぎ捨てればよかった」
鎧を外したリチャードは薄着だったため、今は森の民から借り受けた毛皮のコートを着ている。
「そもそもあんた、どうしていつもあんなガッチガチの全身鎧で固めてたんだい?」
「まあ、出かけるときはいつもあれだったからな。特に兜は人前では絶対に被っておけと皇帝に言われていた」
「ふうん……? 妙な話だね。そのやけに男前なツラに何かあんのかい?」
「さあ、知らん」
皇帝が隠したがったって、相当なわけありじゃなかろうか。どんな秘密があるのだろう。……というか顔を隠していたのなら、死神がこうして帝国に反旗を翻し敗走しなければ、カイは灯里の生まれ変わりを一生見つけられなかった可能性が高かったわけだ。
そもそも彼は、どうして反乱なんて起こしたんだろう。……まだ何もこの男のことを知らないな、とその背中を見つめながら思う。
「……お、見えてきた。今日はあそこに泊まるよ」
トゥオミが指差す先に、古い山小屋があった。かつて森の民が作ったものが道中に点在しており、そこに泊まりながら少しずつ目的地へと向かうのだ。
ようやく着いた……ぜえはあと荒く息をつくカイに対し、ふたりは汗一つ見せず涼しげな顔をしている。
「……大丈夫かい? カイ、今からでも帰っていいんだよ。クーに案内させるし」
クーとは彼女の狼の名前である。ちなみにもう1匹の名前はターティだ。
カイは首を横に振って拒否し、水魔石の水筒からごくごくと水を飲んだ。
「頑固だねぇ。まあ、この調子でついてこられるなら大丈夫だろう」
「なんでそこまでして俺に付きまとうんだ……」
失礼な。ストーカー扱いしないでほしい。……いや、実際そうだろうと言われたら否定しきれない気もするが。
山小屋の中は少し埃っぽかった。カイは簡単に掃除、トゥオミとリチャード、狼たちは狩りと薪集めに行く。日が暮れるのが早いため、時間との勝負だ。適材適所な役割分担だろう。
本当なら風の魔術で埃を一気に払ってしまいたいところだが、三つ目の力加減だと小屋を破壊してしまう可能性がある。仕方なく置いてあったハタキで地道に蜘蛛の巣や埃を払い、箒で床を掃除した。
それなりに過ごせる環境になったところで、ふたりが帰ってくる。ちょうど薄暗くなってきたころだった。
「ウサギが獲れたよ。火ぃ起こすからちょっと待ってな。……ん? なんだいカイ。……魔石?」
そう、アマンダに貰った火の魔石がある。火種に簡単に火をつけて見せると、トゥオミが目を丸くした。
「へえ、初めて見たよ。便利だねぇ」
「その魔石……いや、まさかな」
そのまさかだと思うぞ、リチャード。
夕食は焼いたウサギ肉に塩のみというシンプルな味付けだったが、腹が減っていたのもあってやたらとおいしく感じた。山菜も採ってきてくれたのでなかなか豪華だったんじゃなかろうか。物足りない分は干し芋で凌ぐ。
「悪いね。あたしの料理は大雑把だからさ。弟ならもっとおいしく作れるんだけどね」
「……弟がいるのか」
「ああ。別の同族んとこに婿入りして、今は子供もいるよ。最近魔術師になったって言ってたね」
ん、魔術師? それって……。
カイは慌ててノートを開き、ペンを走らせる。
『もしかして、弟ってオッツォさんですか?』
「ん? オッツォを知ってるのかい?」
やっぱりオッツォの姉だったようだ。まさかの出会いに嬉しくなる。世間は意外と狭い。
『魔術学園の同期で、いろいろお世話になりました』
「へえ! あれ、あんた治癒術師だろう? 魔術?」
治癒術師も魔術師だということはあまり一般的に知られていない。きっと彼女もカイが教会で治癒術を覚えたと思っていたのだろう。
『魔術師でもあります。風の魔術が使えますよ』
「なるほどねぇ……じゃあわざわざ魔獣討伐についてくってのも、死ぬ気じゃないってのも嘘じゃなかったわけか。無謀には変わりないけど」
「風の魔術……? 飛べるのか?」
リチャードの純粋な質問に、ひく、と喉が引き攣る。……そうか、この男は風の神の骸の力で帝国からマトリカリアまで飛んできて、帰りも飛んで帰ったんだった。いや、でも普通の魔術師が簡単に空を飛べると思う方がおかしくないか? 魔術の心得はあるとか言っていたくせに。
『少しの間なら浮くことはできるけど、長時間飛ぶのは気球でもないかぎり無理。風の上位精霊と契約してたら違うかもしれないけど』
「……なるほど。一足飛びに行けるなら楽だと思ったんだが」
「何事もそう上手くはいかないねぇ。……さあ、明日も早い。さっさと寝るよ」
トゥオミの言葉を合図に、寝る準備を始める。冷えるので囲炉裏の火は灯したまま、毛皮にくるまった。寝袋がわりである。おまけに狼たちがそっと寄り添ってくれた。あったかい。
疲れもあり、カイはすぐに眠りに落ちていった。
そんなふうに過酷な移動を続けて、9日目。ようやく帰らずの山のすぐそばの小屋までたどり着いた。
途中で嵐に遭ったり、落石で道を迂回しなければならなかったりで予定より少し遅れてしまった。でも、やっと着いたのだ。……なんとか2人について行けて良かった、と思いながらカイは汗を拭う。
「今夜はここに泊まって、山に入るのは明日からにしときな」
「そうする。……お前はどうするんだ?」
「ここで1週間、待つ。1週間経ってもあんたらが帰ってこなかったら、死んだとみなす。いいかい?」
「了解した」
カイも頷く。
見上げたその山はどこかおどろおどろしく、重たい雰囲気を放っていた。




