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間章 死神と呼ばれた男

※この話のみ二人称小説です


 きみには父も母もいなかった。


 唯一の家族は双子の妹だけ。きみは妹とともに、なぜか皇族でもないのにストレリチア帝国の宮殿で育てられた。気になって尋ねても、誰も両親について教えてはくれない。世話はしてくれるけれど、召使いたちは腫れ物のようにきみたちを扱った。


 そんな双子に目をかけていたのはほかでもない、皇帝陛下だった。


 陛下はきみが剣術に興味を示すと、帝国軍でも優秀な剣士を指導につけさせた。魔術師の才があるからと、魔術の勉強もさせてくれた。きみは本当の父のように皇帝を慕った。


 でも、いつからだったろうか。皇帝がきみを見る視線に、違和感を覚えるようになったのは。

 最初はただ純粋に嬉しかった。愛されていると思っていた。でもある日、皇帝はきみにこう言った。


「お前は本当に、───に似ているな」


 その瞬間、きみは悟ってしまった。皇帝がきみを通して、別の誰かを見ていることに。途端にその視線が気持ち悪くて仕方がなくなった。


 それでもまだ、幸せだった。妹はまっすぐにきみを愛してくれた。無邪気で表情豊かでお喋りな可愛い子。きみは妹のために生きようと決めた。


 10歳になったころ、きみはとうとう魔術師になるため闇の精霊と契約することになった。精霊は気まぐれだから時間がかかるかもしれないと言われたけれど、なんとすぐに契約することに成功した。


 その精霊は、()()()()()()()()()()の姿をしていた。きみは嬉しかった。でも、周囲は違ったのだ。


 きみが契約した精霊に名前がないことを知ると、まわりから陰口を言われるようになった。あからさまに見下されるようになった。……きみは何か大きな失敗をしてしまったことを悟った。皇帝も、少しだけがっかりしていたようだった。期待を裏切ってしまったのだ。

 一度その精霊との契約を解除するよう言われたが、できなかった。精霊が拒んだからだ。ますます周囲の目は厳しくなった。変わらず慕ってくれる妹だけが、救いだった。


 きみはもう魔術に拘ることはやめて、剣術に没頭した。時間が許せば朝から晩まで剣を振るっていた。そうして何年も過ごしているうちに、きみは強く、とても強くなっていた。もう軍にもきみに敵うような人材はほとんどいなかった。


 ある日、魔術師団の研究員だという男がやってきた。少し挙動不審だが、皇帝とも親しい男だ。実験に付き合えと言われて、断れなかった。空の魔石を前に妙な呪文を言わされる。


 それが悪夢の始まりだった。


 きみの精霊は、その呪文で魔石の中に閉じ込められてしまった。透明だった魔石は、闇色に染まる。実験は成功だと男は喜んだ。

 きみは閉じ込められてしまった精霊を出してくれ、戻してくれと訴えた。しかし男は早く魔石として使ってみろと興奮して騒ぎ立てる。話が通じない。

 仕方なくきみは、一度魔石を使うことにした。でもきみは魔石の使い方なんて知らなかった。魔力を流せばいいだろうと思い、そして実行した。


 魔石は黒く、不気味に光る。でも、それだけだ。どうすればいいのか分からなかった。

 しかし研究員は興奮しっぱなしで、近くにいた使用人を呼んで、光り続けるその石に触らせた。


 ──使用人は死んだ。一瞬だった。触れただけで命を落としたのだ。きみは驚いて魔力を通すのをやめた。すると魔石はすぐにもとの黒いだけの石に戻る。


「すすす素晴らしいっ! さすが───譲りの膨大な魔力! そう、これこそが闇の魔術の真髄! ここ、これこそが!!」


 男は狂ったように叫んでいた。きみは怖くなった。こんなことがあってはいけない。こんなに簡単に、人を殺してしまう力など。


 もう、どれだけきみが精霊を戻して欲しいと言っても叶わなかった。そもそも戻す方法があるのかも怪しい。きみの精霊が閉じ込められた魔石は回収され、やがて剣の柄へと納まって帰ってきた。

 皇帝から下賜されたのだ。

 刀身まで真っ黒な大剣だった。大剣にも関わらず、驚くほど軽かった。しかし、今まできみが手にしたどんな剣よりも丈夫で鋭い。皇帝が言うには、竜の牙から作られた特別なものだと言う。

 物騒な魔石が嵌め込まれたその剣で、何を命じられるか、言われずともわかってしまった。


 きみはそれから、皇帝や上役、皇子の命令で帝国の反乱分子を粛清して回った。全身鎧も皇帝から与えられたもので、なぜか人前では決して兜を外すなと言い含められた。

 そのころにはもう、妹は人質のように扱われていた。逆らうことなどとてもできなかった。


 それでも、触れただけで死をもたらすその恐ろしい力はなるべく使いたくなかった。命令されない限り、きみは純粋な剣技だけで多くの人を殺して、殺して、殺して、殺した。気づけば死神と呼ばれるようになっていた。

 もういっそ死んでしまいたい。誰かに殺されたい。そう思うようになるまで、時間はかからなかった。でもきみには、まだ妹がいる。守るべき最愛の妹。それだけが、かろうじて地獄の中にいるきみを立たせていた。


 だがそれも、瓦解した。マトリカリアの英雄を討って帝国に帰ったあと。きみを嫌っている第三皇子が、真実を見せてくれた。


 妹は空っぽだった。生まれた時から、意識がなかったのだと言う。今もずっとだ。


 空っぽならば生きていても闇の魔術で操れる。帝国の魔術師たちは、きみを慕う従順で可憐な妹を創り上げていたのだ。第三皇子が、きみの目の前で妹を操る様子を実演して見せた。


 きみの中で何かが壊れてしまった。


 きみは宮殿を飛び出した。ひとりになりたかった。馬を奪い、走って、走って、気づけばかつてきみが血で染めた森の中に立っていた。泣き叫び、嘔吐し、地面に蹲った。もうどうすればいいのかわからなかった。

 しばらく森の中を放浪して、死ぬことばかりを考えていた。妹のことを思い出しては、すべて作られた幻だったのだと否定して、否定して──それでもあの子が妹であることに間違いはないのだと気付いた。

 だから、せめて。意識がなくても、大切な妹の体を取り戻さなくては。これ以上その尊厳を貶めさせるわけにはいかない。


 その頃にはもう、第三皇子の手によってきみは逆賊として手配されていた。穏便に妹の身柄を手に入れることは不可能だった。


 きみは反旗を翻す。帝国に牙を剥いた。今度は帝国の兵士を切って、切って、切って、切って。……たくさん倒したけれど、魔術師だっている強大な帝国軍にひとりで立ち向かうのは無謀だった。

 きみは深手を負って、逃げ出した。次の機会を狙うことにした。でも、きみが傷を癒せる場所なんてどこにもない。国内も、国外も、きみに恨みを持つ人でいっぱいだった。人のいない場所へと逃げて、逃げて、逃げて、山深くに入っても、それでも誰か追ってきた。


 この世のどこにも、きみの居場所なんかあるわけなかった。


 きみは絶望した。これじゃあ、妹の体を取り戻してもどこにも行けない。


 追っ手の放った矢が腕に刺さった。構わず走る。跳ぶ。隠れる。走る。やっと撒いた。でも、くらりと視界が揺れた。鏃に毒が塗られていたのだと気付いた。無理やり矢を抜き、さらに逃げようと歩みを進めた。ふらふらする。意識が遠くなる。

 大きな木の下まで辿り着いて、きみは意識を失った。



 ──そしてきみは、やたらと小さくて目つきの悪い、無鉄砲な運命と出会う。


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