58.まるで導かれるように
ガタン、と馬車が大きく揺れた。人さらいの男があからさまに舌打ちする。
「……やっぱり中に誰かいるようじゃないか」
女の声に、カイは答えるように二度三度と体をぶつけた。
「さあ観念しな!」
「ま、まずいッスよアニキ……」
「おい、言っとくが中にいんのは死神じゃねえ、ただのガキだ! 金ならある、見逃してくれ!」
「いや、余計見逃せねぇだろうが」
ごもっともだ。口調は荒いがまともそうな人である。
「やっちまいな!」
号令。それからしばらくドタバタと人が暴れる音と男たちの悲鳴が聞こえた。ばさりと幌が開けられ、松明の明かりに照らされる。
温かそうな毛皮をまとった、体格のいい30代くらいの女がカイを見下ろしていた。
「お? そのローブ、まさか治癒術師かい……? よく教会から攫ったもんだねえ。重罪だぞ」
「ち、ちげぇよ、そいつは旅の治癒術師だ! 教会にゃ手ぇ出してねぇよ!」
「旅の治癒術師ぃ? そりゃ珍しい。絶滅危惧種だ。なるほどねぇ、災難だったな」
最後のはカイに向けての言葉だった。女は手早く口枷と縄を解いてくれる。手足に血が巡る感覚にほっとした。
定型文帳を探し、『ありがとうございます』と捲って見せた。次いで、声が出ないことも伝える。女は目を丸くしていた。
「はぁ~まったく、喋れない子供を攫うなんて。本当に悪党だねぇ」
「うるせぇな」
男は手下とともに縛られ、槍を持った森の民の男3人と2匹の狼に囲まれていた。大きな狼だったのでぎょっとしたが、きっと彼ら森の民のパートナーなのだろう。よく付き従っていた。
散らばっていた呪文カードを回収し、すべて揃っているか確認する。それからペンがなかったことに気づいて、困ったと眉を下げた。
仕方なく助けてくれた女に近づき、身振り手振りで耳を貸してくれとアピールする。
「なんだい」
『ペンとナイフ、それから財布を盗られてるんです』
囁くと、彼女はすぐに男たちの懐をまさぐってそれらを取り戻してくれた。財布の中身をしっかり確認して、懐に入れる。
「……天気が微妙だね。近くの小屋にこいつらを案内して、明日ピエリスの兵士に突き出しな。しっかり見張るんだよ」
「はい、姐さん!」
「治癒術師のボウヤも、悪いけど一晩こいつらと一緒にいておくれ。あたしゃもう少し死神を探してくる」
こくりと頷くと、彼女は狼の一匹を連れて素早く獣道を駆けて行ってしまった。音もないその動きに、相当な手練れであることがうかがえる。
今夜は分厚い雲がかかっているせいで、月も星も見えない。真っ暗な中、松明の明かりだけが頼りだ。
森の民の男2人、人さらい2人、森の民の男ひとりと狼、最後にカイの順で並んで山道を進む。馬車を引いていた馬は一旦近くに留めておいて、こちらも朝になってから回収し、罪人たちとともに送り届けるそうだ。
それにしても、冷える。死神探しをしていたということは、ここは北の山なんだろうか。そんなことを考えながら歩くうちに、松明の光をちらちらと何かが反射しだした。
雪だ。
「うっへぇ、降ってきやがった」
「黙って歩け」
カイをさらった男が後ろから槍で小突かれ、チッと舌打ちする。
一応まだ秋のはずだが、雪はそこそこの勢いで降っており、積もるかもしれなかった。思っているより標高が高い場所なのかもしれない。
暗がり。慣れない道。そして滑りやすい雪。助けられて安心しきったカイは、完全に油断していた。ちょっとでも彼らに遅れてはならなかったのだ。
カーブに差し掛かり、先を進んでいた松明の明かりが一瞬見えなくなる。走ろうとして、ずるりと雪で片足が滑った。転ぶまいと大股で2歩3歩とバランスを取ったが、運の悪いことに、そこはカイが思っているよりもずっと細い道だったのだ。
『っ……───!!?』
踏み込もうとした場所に地面はなく、がくんと体が落ちる。そうなればもう、あとは真っ逆さまだ。ドサ、ドサと木の枝らしきものに体がぶつかる。天地がわからない。頭だけは守ろうと体を丸める。
背中に大きな衝撃があり、息が詰まってカイはそのまま気を失ってしまった。
……寒い。
目を開けると、うっすら体に雪が積もっていた。しかしもう雪は降っておらず、晴れて月が出ているのが見える。……どれくらい眠っていたのだろう。凍死はしていないから、そこまで長時間ではないと思うが。
体を起こそうとして、あちこちに走る痛みに呻きたくなる。凍える手で指笛を鳴らし、なんとか自分の体を治癒した。
ここはどこだろう。見上げると、そこそこの高さから落ちてしまったらしいことに気づく。周りは木ばかりで、完全に森の中だ。月明かりがあるうちに、せめて安全な場所に移動したい。
とりあえず、歩けそうな場所を選んで足を踏み出す。ややすると、細い獣道へと出た。薄い積雪の上に足跡を残しながら、どこともわからない場所を進む。かなり心細い。
パキリ、と足元で音がした。枝を踏んでしまったのかと思ったが、どうにも感触がおかしい。跪いてよく見てみると、それは矢だった。まさかこのあたりに仕掛け罠でもあるのかと怖気付く。
だが奇妙だ。鏃には血肉がついており、無理やり引き抜かれたものだと推測された。……こんな場所でなんのために、誰が?
そこでやっと、カイはまだ真新しい雪の上に、足跡と血痕が点々とついているのに気づいた。獣道を外れ、森の奥へと続いている。ごくりと生唾を飲んだ。
おそるおそる、足跡をたどる。危険かもしれないのに、なぜか引き返そうとは思わなかった。まるで導かれるように、巨大な木のもとへとたどり着く。
そこに、真っ黒な男が倒れていた。
カイはそいつを知っている。黒い全身鎧。黒い大剣。ドッドッド、と心臓が煩く鳴っていた。
死神。オッツォの仲間を、アマンダの父と兄を、そして彼女の愛した火炎の守護神オレクを、殺した男。
一歩、近づく。死神はピクリとも反応しない。大剣は手元に投げ出されていた。……血が、流れている。生きているのか、それとももう死んでいるのか。
それ以上近づけないでいたカイだが、突然光の精霊が出てきて、死神の方へと駆け出した。驚いてカイもついあとを追う。
白猫は大剣の方へと近づいた。柄に埋め込まれている闇の魔石をじっと見つめている。そして目を瞑ったかと思うと、額のツノを軽くその石へと押し当てた。
『……!?』
ポウ、と闇の魔石が白く光る。次の瞬間、黒かったその石は透明になった。え、何をしたんだ?
シロが離れても、その石は透明なままだった。……闇の魔石では、なくなったのか?
なんだかとんでもないことが起きているのに、死神は微動だにしないままだった。カイはおそるおそる、男の顔を覆っている兜を外す。
まず真っ黒な髪の毛が見えて、目を見開いた。おそらくカイとは比べ物にならないほどの魔力持ちだ。
次いでその整った顔立ちに固まった。月明かりの下、目は閉じられて完全に意識はないが、一応呼吸はあるようだ。街中で見たら女性の10人中9人は振り向きそうなイケメンである。20歳前後だろうか。……誰かにちょっと似ているような。誰だったかな。
剣技がすごくて魔力も高くてイケメンって、ちょっと恵まれすぎじゃないだろうか? やや現実逃避気味にカイは考え出す。なんで視界が狭くなるだろうに兜で顔まで隠してたんだろう。まさかモテすぎるから隠してたとか? 色男は違うな。それにしても芸術みたいだ。口元のほくろが、むしろいいアクセントになっ……て……?
呼吸が止まった。そのほくろを、カイは知っていた。
ああ、ちょっと待ってくれ。嘘だろう?
この世界に生を受けてから今までずっと、探して探して探し求めていた相手。愛しい愛しい灯里の生まれ変わり。
やっと見つけたその人は、死神と呼ばれ恐れられる殺戮剣士だった。
な、長かった……やっと出会えました




