57.酒は呑んでも呑まれるな
満腹になったカイが向かったのは教会だ。小さなこの国の唯一の教会は、街の真ん中にある。乗合馬車ですぐに行けるので道に迷う心配もなかった。ピエリスは教会もカラフルで綺麗だ。
女神への祈りを済ませ、さっそく灯里の生まれ変わり探しを開始する。死神騒動で引きこもっている人も多いそうだが、それでもここは中心街だ。商人など接客を生業としている人をメインに、口元にほくろを持つ人の心当たりはないかと尋ねて回った。もちろん、怪しまれたりして教えてもらえないこともある。でもめげずにとにかくたくさんの人に訊いて訊いて訊きまくるのだ。そして道ゆく人の口元を目視で確認もする。地道な作業だ。
「あっ、そこのあんた! ねえその格好、治癒術師様かい!?」
聞き込みの途中で、恰幅のいい女性に声をかけられる。頷くと、いきなり手を掴まれた。
「うちの旦那がはしごから落ちちまって……! 金は払うから治しておくれよ!」
そう言うと、カイの返事も聞かずに走り出した。慌ててついていく。
連れて行かれた先は大通りに面した花屋で、人だかりができていた。どうやら看板をかけかえようとしてはしごから落ちたらしい。男は苦痛に顔を歪め、動けないでいる。
「ピィー」
カイは駆け寄りながら、指笛で光の精霊を呼び出した。治癒の呪文カードを取り出し、魔力を通して文字を浮かび上がらせる。
ずるり、と結構な魔力を白猫に持って行かれた。男は中々の重傷だったらしい。治癒が完了し光が消えると、ほっとした様子で息をついていた。
「た、助かった……本当に助かった。ありがとう、治癒術師さん」
「……え、い、今ので治したのかい? すごいねえあんた! 普通なんか変な呪文唱えてるのに、それも無しに治すなんて!」
カイは微笑んで、定型文帳を広げた。
『カイと申します。わけあって声が出ません』
「あ、あらそれで……。でもすごいじゃないか。旦那を助けてくれてありがとうね、カイさん。治癒代はいくらになるんだい?」
『銀貨20枚です』
「わしが払おう。死ぬかと思ったよ」
魔力量的にそこそこ大きな金額になってしまった。それでも文句を言わずに払ってもらえたのはありがたい。普段なら先に容態を見て金額を提示し、お金をもらってから治癒している。今回は緊急だったのでこういう形になってしまったが、もしまた同じような場面になったときのために、出し渋られないよう対処法も考えておいたほうがいいかもしれない。
「すごいなぁ、坊主!」
「こんな変わった治癒術師もいるのね」
「さっき紙がなんか光ってたよな? どうやったんだ?」
……すっかり周囲の注目を集めてしまっている。
カイはお金を受け取ると、そそくさとその場を後にした。探し人について訊きたかったが、逆に周りから根掘り葉掘りこちらが質問されそうな勢いである。落ち着いてからあとでまた来よう。
気づけば日が暮れかけていた。臨時収入もあったし、夕飯は少し豪華でもいいかもしれない。とはいえ、かしこまった店にひとりで入るのも場違いなので、結局大衆的な店を選んでしまうのだけれど。
そこそこ賑わっている食堂に入る。酒も提供されているからか、酔っ払った男たちが死神の愚痴を言っているのが見えた。そのテーブルからは距離を取りつつ、カウンター席にお邪魔する。
ぱたぱたと手を振って店員を呼んだ。こういうとき、声が出せないのは本当に不便だ。
おすすめを尋ねると自家製ソーセージだという。それとスープ、パンを一緒に頼み、おいしくいただいた。ソーセージは濃い味付けで、お酒に合いそうだ。
食事に夢中になっていると、ふいに隣から声をかけられる。
「よお、小さい治癒術師サン。見てたぜ、昼間の。あんたすごいな」
20代後半くらいのチャラそうな男だ。小さいと言われたのが不本意で、カイはむっと眉をしかめる。……まあ、悲しいことに実際背は低いままなのだが。
「おおっと、喋れないんだったよな? それもあって俺ぁ感動したんだよ。すげぇ治癒術師だって。で、ここであったのも何かの縁だ。飲みな、奢りだ」
ドン、と置かれたのはエールの入ったジョッキだ。……気持ちはありがたいが、困る。酒を飲む気はない。首を横に振って意思表示したが、男は「遠慮すんなって」とグイグイ勧めてくる。かなり強引だ。これがアルハラってやつか……。
仕方なく、カイは少しだけ酒を口に含むことにした。一口で酔ったふりをして、酒に激弱でこれ以上飲めないと嘘を吐くのだ。残すことになるので店には申し訳ないが。
だがカイは、今までこの世界で酒を呑んだことがなかったから知らなかった。
自分が本当に、酒に弱すぎる体質だということに。
ガタゴトと地面が揺れている。ぼーっとした頭で、ここはどこだろう、とカイは考えた。
暗くて、狭い。規則的な振動に混じる不規則な揺れ。馬車の中だろうか。……いつ馬車に乗ったんだっけ?
起き上がろうとして、腕も足も縛られていることに気づいた。口枷もされている。おかしい。何がどうなってるんだ。
「いやぁ、いい拾い物したなあ」
やたらと酒を勧めてきた男の声。そうだ、あれから記憶がない。
もうひとり誰かいるようだ。カイは耳をすませる。
「治癒術師なんてよく捕まえられたッスねぇ、アニキ」
「酒一口でコロリだよ。簡単すぎてこっちがビビったわ。しっかし、旅の治癒術師なんてマジでいたんだな。昔でも高値で売れたらしいから、今ならもっと良い値になるぞ。若いし、変わった治癒をするし、さあいくらふっかけようか……」
「イッヒッヒ。しばらく遊んで暮らせやすねぇ」
あ、これ、人さらいだ……。カイは自分の間抜けさ加減にちょっと気が遠くなった。いくらなんでも簡単に攫われすぎだろう。スパイではあったけれど、マウロ司教にあんなに忠告されたのに。酒なんて二度と呑まない。
起きていることに気づかれないよう、そっと体を動かした。縄は簡単に解けそうにない。財布と隠し持っていたナイフ、それからペンがなくなっていた。武器になりそうなものは取り上げられたのだろう。紙類だけは近くに散らばっているようだ。魔力を通すと、うっすら呪文を書いた紙が反応する。
どうにか風の精霊を呼べれば、この馬車くらいは破壊できるだろう。しかし、その先はどうなる。光が全く入らないことから、ここは街中ではなさそうだ。夜中に人さらいが人のいる道を通っているとは思えない。
日が昇るまで待って、人の気配が多い場所で風を起こそう。それまでにどうにか三つ目を呼び出さなければ。ああ、こんなことなら指笛以外でも呼び出せるようにしとくんだった。
「うわっ!?」
「誰だ!」
考えを巡らせていたところ、急に馬車が止まった。どうやら何者かが馬車の前に現れたようである。
助かった、と思いかけて、いや、盗賊だったらマズイな、と冷静になる。何やら言い争いをしているようだ。集中して聞き耳をたてる。
「こんな夜中に怪しいねぇ。中を改めさせな」
ハスキーだが、おそらく女の声だ。他にも数人、馬車の前に立ちはだかっている気配がある。
「い、いえ、俺らぁただの行商人でして、その、お貴族様への商品もあるので見せるわけには……」
「今がどういう状況かわかってんだろぉ! いいからさっさと見せな!」
「ヒッ……も、森の民にそんな権限は無ぇだろ!」
森の民!
カイは不自由な体を動かし、馬車の壁へと勢いよく全身をぶつけた。




