幕間 第三皇子の鬱憤
ストレリチア帝国第三皇子ジェイコブ・ストレリチアは、自分こそが次の皇帝にふさわしいと思っていた。
第一皇子は声ばかり大きい、たいして頭も良くない小物だ。女に弱く、最近は花道楽とかいうよくわからない旅芸人の女優に夢中になっている。
第二皇子はただの臆病者だ。帝国内の反乱分子を恐れて引きこもっている。あんな奴が帝国の皇子だなどと認めたくもない。
弟の第四皇子は病弱である。治癒してもすぐに体をもち崩す。あれでは成人まで保つまい、というのが宮中のもっぱらの噂だった。
ジェイコブは頭も良く健康。そして何より天才だ。幼くして闇の上位精霊と契約を果たした。魔力量も多い。そして神の骸の奪取という成果もあげた。それも、ふたつも。
皇子たちは全員母親が違う。現皇帝は後宮には通うが、即位から今まで一度も皇后を迎えなかったのだ。
それでもジェイコブの母は、皇帝を愛していた。だからいつも息子に言い聞かせるのだ。「お父様の力になりなさい、気に入られなさい」と。今よりうんと幼い頃から、ずっと、ずっと。
今日はきっと褒めてもらえるだろう。なんせようやく、4つの神の骸が揃ったのだから。
帝国にはほかの大国ふたつとは違い宮殿がある。その力を誇示するかのように大きく豪華絢爛だが、どこか重々しい空気が漂っていた。……まるでこの国のように。
死神を伴い、ジェイコブはその扉の向こうへと声をかけた。
「ただいま戻りました」
「入れ」
謁見の間。皇帝の前へと歩み出て、頭を下げた。
ストレリチア帝国皇帝レズリー・ストレリチア。切れ長の瞳に長い顎髭。堂々たる姿で大きな椅子にゆるりと腰掛け、鋭い眼光で息子を見つめる。
「火の神の骸、核のみとなりますが、無事に回収いたしました」
手に入れたばかりの火の神の骸を両手で掲げれば、皇帝は目を細めて頷いた。
「……うむ。良くやった」
ジェイコブは嬉しくてはにかんだ。風の神の骸を手に入れた時と合わせて、今年は二度も父に褒められてしまった。他の皇子ではこうはいくまい。
しかしその幸福にはすぐ邪魔が入る。
「なんですかその小ささは! おまけに水の神の骸まで、半分の大きさになって帰ってきたではありませんか! 殿下、これはどういうおつもりです!?」
帝国魔術師団の総長だった。かつて門番──ルーカスが抜けたあと、その座に収まった男だ。その手腕は確かで、いくつもの国を攻め落とし、魔術大国カトレアまでもを掌中に納めた。……しかし。
「構わん。これはただの鍵だ。核さえあればそれでいい」
「で、ですが陛下……」
「くどい」
ジェイコブは内心でほくそ笑んだ。理由はわからないが、男は父に嫌われているのである。そっけなくされている姿を見ると、胸がすく思いだった。
「と、とととと、とうとう、とうとう揃いましたね……!」
やたらと頼り無い声が聞こえてきて、第三皇子は眉を顰める。この男もいたのか。
魔術師団に所属するも、奇妙な研究ばかりしているひょろひょろの初老の男。いつも挙動不審で、正直気味が悪くて好きになれない。いろいろな術や闇の魔石を作り出すなど、実力は確かである。だが、とにかく気にくわないのだ。
「ああ。これでやっと女神の声から解放される。……場所の調べはついたのか?」
「お、おお、大雑把には。こここ、これから詳しく、い、位置を絞り込みます」
「頼りにしている」
「は、はいぃ……!」
これだ。皇帝レズリーはこの研究員を重宝している。それが嫌で仕方がなかった。
だがジェイコブには、もっと気にくわない男がいる。
「……リチャード、ここへ。顔を見せよ」
死神が兜を外す。魔力が豊富なことを示す真っ黒な髪。端正な顔。そのまま皇帝のすぐそばまで近づいた。
「あの火炎の守護神オレクを倒したと聞いた。大儀である」
「………」
死神は何も言わずにただ頭を下げた。皇帝はその頬に触れ、満足そうに微笑む。
はらわたが煮えくりかえりそうだった。
たかが剣が少しできるだけのくせに! 上位精霊とも契約できなかったくせに!
第三皇子は死神が憎くて憎くて仕方がなかった。ジェイコブは父に名前を呼んでもらったことがない。ましてや触れてもらったことなどあるわけがなかった。それなのに、皇帝の子供ですらないこの男にそれが与えられている。奴が気に入られている理由は知らない。知りたくもない。ただただ、憎い。
あいつさえいなければ、そこにいるのは自分のはずなのに。
ふいに、かつて魔術学園でオッツォに頭を撫でられた感触を思い出した。彼の笑顔を思い出し、妙に胸が苦しくなる。……なんだというんだ、忌々しい。
下がってよい、と皇帝陛下に言われて、第三皇子は死神とともに謁見の間を後にした。死神はレズリーに触れられたというのに、何でもなさそうな顔をしている。それがまた、ジェイコブを苛々させた。
──ああ、そうだ。もう神の骸は揃ったのだ。帝国が世界を制するのも時間の問題。この男もすぐに要らなくなる。だから、もういいだろう。バラしてしまっても。
ジェイコブは残虐な笑みを浮かべて死神を見た。死神は身構える。それが滑稽だった。
可哀想な男だ。自分が守っているつもりの妹の正体を知らないのだから。高笑いしたいのを堪えて、ジェイコブは死神に真実を伝えるため口を開いた。
それがどんな混乱を生むか、考えることもないまま。
お読みいただきありがとうございます。帝国の情報流出先は第一皇子でした。
4章死神編は12/1から更新開始の予定です。




