55.それでも前を向いて
数日後、アマンダの戴冠式とプリーニオ国王陛下、ミケーレ第一王子殿下、火炎の守護神オレクの国葬がしめやかに取り行われた。
異邦人ではあるが、カイも末席に参加させてもらった。彼らとはほとんど言葉を交わさなかったが、それでも寂しさのようなものがある。短い交流でも、温かい人々であったことは十分に伝わっていたから。この国は大きな、大きな柱を3つも一度に失ってしまった。
式の間中、すすり泣く声がやむことはなかった。今日から一年、国全体が喪に服すことになるらしい。
そんななか女王として立ったアマンダは、これから休む間もなく軍の強化、王都の機能回復など様々な仕事に取り掛からなくてはならないだろう。幸いなのは、彼女が王となることに反対する者が少なかったことだ。アマンダには人望がある。国民からも人気があった。なにより弟のディーノ第二王子が激烈なアマンダ推しである。他に王位継承権を持つ唯一の彼がすでにアマンダが王であると認めたのだ。誰もノーとは言えないだろう。
ひととおり城内での式が終わり、彼女はバルコニーへと出た。城下に集まった国民に、新たな王の顔見世である。
王冠を戴いたアマンダは堂々たる佇まいだった。……なんだか彼女がすごく遠くに行ってしまったような気がする。いや、本当はもともと遠い人で、今までが近すぎただけなのだけれど。
新女王陛下が、集まった民衆に向けて呼びかける。
「……我々は、多くを失いました。この傷は大きく、深く、癒える日が来るかもわかりません。それでもわたくしたちは、前を向いてゆかねばならぬのです。彼らが守ってくれたこの国を、これからも次代へ繋げてゆくために」
彼女の瞳から、一粒だけ涙が零れ落ちた。それでも彼女は笑っていた。背筋を伸ばし、顎を引いて。誰より気高く、美しく。
「このアマンダ・ペンタス・マトリカリアが、導きます。強く、優しく、笑顔が絶えない国へと!」
「──アマンダ女王陛下、万歳!」
その声は、次第に広がり、大きくなっていった。ある人は涙まじりに、ある人は笑顔で、ある人は真剣に。
ペンタス王国の、新たなる門出だった。
旅支度を終え、正門前。カイの見送りに、ジルベール、リンダ、ニコロとヴァレリオ、それにアマンダとララまで揃っていた。アマンダに護衛がたくさんついているので、なんだか大仰なことになっている。
「……本当に一緒に帰らなくて良いのかい?」
心配そうに尋ねてくれたジルベールに、こくりと頷く。彼はこれから隣国まで行き、そこから海路でモンステラ王国へと帰るのだ。
一方カイは、陸路で旅の治癒術師としてあちこちの国を巡りながらモンステラへ帰ることにした。叔母は早く帰ってこいとうるさいが、これまでも長期間旅をしていることがほとんどだったからまあ大丈夫だろう。手紙はちゃんと出すし。あのマシンガントークでお説教される覚悟はしておかねばならないが。
旅に必要なものの一部を、今までのお礼とお詫びだとアマンダが準備してくれた。おまけになんと、火の神の骸の一部だった魔石まで貰ってしまっている。これがそこそこの大きさなので、かなり価値が高い。金貨何百枚分だろう。これで道中は火に困ることはないし、金に困ったら少し砕いて売ってもいい。
長く世話係をしてくれたリンダが声をかけてくれる。
「カイ様……結局一度もお背中をお流しできませんでしたが、これからもしっかり鍛えて、立派な筋肉に育ててくださいね」
この子、ぶれないな……。曖昧な笑顔を浮かべて頷いておく。おそらく彼女が期待しているようなゴリゴリのマッチョにまでなるつもりはないが、いざという時しっかり動けるようには鍛えておきたい。
「我々のことで、色々とご迷惑をおかけしました。カイ様の旅路に幸多からんことを」
「元気でな、カイ。またいつでも遊びに来いよ!」
こくりと頷いて、ニコロとヴァレリオと握手をする。ふたりはこれから、揃ってオレクのいなくなった穴を埋めるらしい。アマンダの護衛をしながら後進の指導もしていくとのことだった。若いのにすごい。
次にララがカイの前に立った。
「アマンダ様を救ってくださったこと、本当にありがとうございました。……初めて会った時、うっかり殺さなくて良かったです」
怖いよ。彼女が元暗殺者だと知ってしまった今、冗談で言ってるわけではないとわかるのでなお怖い。
ああそれと、とララはカイに小さな金色のバッジを渡してきた。
「シスコ……じゃなくて、ディーノ王子殿下からです。アマンダ様親衛隊名誉会員としてカイさんを認めると。その証です」
い、いらねぇ……!
ディーノは今、ここにいるアマンダのぶんの仕事を少し肩代わりしてくれているらしい。カイにはまったくもって必要ない称号とバッジだが、貰っておかないと失礼になる……のか? よくわからないが一応受け取っておいた。いらないけど。
最後にアマンダが歩み出る。結局最後まで彼女のドレス姿を見慣れることはなかった。今日も夢みたいに綺麗で、こんなに近くにいるのにどこか遠い。
「カイ。あなたには返しきれないほどの恩ができてしまったわね」
微笑んだ彼女に、カイは少し困ったような笑みを浮かべる。充分良くしてもらったと思うが、そう伝えてもきっと責任感の強いアマンダは納得しないだろう。
「もし困ったことがあれば、いつでも頼ってください。わたくしが力になりましょう」
心強すぎる。なんてったって女王陛下のお言葉だ。
ありがとう、と唇の動きだけで伝えて、差し伸べられた手を握った。細く柔らかく、けれど力強い。この国を背負った、女王の手。
「元気でね、カイ」
君もね、アマンダ。さようなら──おれの、運命じゃなかったひと。
手を振って別れる。少し寂しいけれど、哀しくはない。なんだか不思議と、気持ちはとても凪いでいた。
ジルベールとはまたモンステラで会えるだろう。他のみんなともきっと、またこの国に来れば会える。アマンダとも、今までみたいに近しくは難しいかもしれないけれど、生きている限り会うことはできるのだ。
「またいつか会いましょう!」
その声に笑顔を返して、カイは歩き出した。
またいつか。楽しい思い出話をいっぱい連れて、この国を訪れよう。




