54.解決策
「カイくん、良かった。やっと無事な顔を見られたよ」
翌日、ジルベールがカイの泊まっている部屋に訪ねてきてくれた。声が出なくなったことをどう伝えようか迷っていたところ、「大丈夫、話は聞いてるから」と肩を叩かれる。
ソファで対面に座り、カイは筆談で対応することにした。さすがにジルベール相手に耳元で囁いて会話するのは憚られる。
「本当に大変だったね。遠くからでもあの竜巻のような風の壁は見えていたよ。恐ろしい力だ」
『ジルベールさんはあの騒動の最中、大丈夫だったんですか?』
「……実は例の闇の魔術で操られた獣が街中に出てね。そちらの対応を手伝っていたんだ」
教会以外がそんなことになっていたなんて知らなかった。陽動だったんだろう、とジルベールは言う。でもそれで彼は城にいなかったため、結果的に死神に遭遇せずに済んだのは幸運なのかもしれなかった。
住民の避難については事前にしっかり計画を練っていたこともあり、奇襲で混乱はあったもののうまく誘導できていたらしい。兵士が身近にいることから、軍への信頼は厚い国なのだ。
さて、とジルベールが切り出す。
「声が出なくなったのは闇の魔術による契約と聞いたけど……もしかして君が探しているという人は、その闇の魔術師なのかい? 契約を解いてもらうために」
『いえ、そういうわけでは。この声については、もう戻らないものと考えています。ただそうすると、魔術師を続けられないのではないかと困っていて』
「……ふむ。それならひとつ提案があるんだけど」
机の上に、とある紙が置かれる。あ、と気づいた。
「敵のやり方だけど、今の君にはちょうどいいだろう?」
闇の魔石とともに使われていた、精霊文字で呪文が書かれた紙。そうだ、文字で精霊に伝える方法があるじゃないか。
『いけるかもしれません! 呪文に必要な精霊文字はひととおり書けるようにしてます!』
「おや、優秀だ。あとは精霊を呼び出す方法だね……」
魔術を使いたいときに常に精霊が出ていてくれればいいが、彼らは気まぐれだ。常にそばにいるのは気配でわかるが、姿を見せたり見せなかったりするのである。だから言葉で呼びかける必要があった。
『なにか方法を考えてみます』
「うん。精霊と一口に言っても、いろんな性格があるみたいだからね。焦らず一番適した方法を見つけるといい」
『ありがとうございます、ジルベールさん』
本当に助かった。突破口が見えると、次々にアイディアも浮かんでくる。買い揃えたいものがいくつかあった。
「顔色が良くなったね。うまくいったら、ぜひ私にも成果を見せてくれ」
『はい!』
ジルベールと別れ、カイは早速必要なものを手に入れるため動き出した。まずは魔術師専用、デルカの店だ。
昨日の今日で城の中はまだ慌ただしい。出かけるのにまた護衛をつけるつけないで揉めるのも申し訳なかったので、リンダ宛の書き置きを机の上に置いてこっそり抜け出した。使用人出入り口を使い、さくっと城下に出る。
王都は教会の周りを中心に瓦礫の撤去が進められていた。店はやっているんだろうかと心配になったが、こんなときでも人々は逞しいものだ。商店街は意外と活気で満ちていた。中には壊れた壁に布をかけただけの簡易処置のまま開いている店もあった。
この辺だったはず、と細い路地を進む。迷いながらようやく見つけたデルカのマークに、ほっとしながら扉を開けた。どうやらこちらも営業中のようだ。助かった。
「おや、久しぶりだネェ」
覚えていてくれたらしい。店主の老婆に、カイはあらかじめ用件を書いておいたノートを見せた。声が出なくなったことと、欲しいものリストだ。
「なるほど、なるほど。あいわかった。面白いこと考えるネェ」
事情と購入物だけで何をしようとしているか察したらしい。絶対ただ者じゃない。
もともと買う予定だった水の魔石を使った水筒と干しデルカの実も合わせて買ったので、かなりの出費になった。たくさんあった金貨が残りわずかである。でも、買い物はまだ終わりじゃない。
デルカの店を後にし、書画材屋へ向かった。
前世では授業以外で美術や書道をやることはなかったので、こういうお店は初めてだ。所狭しとならんでいる筆や絵の具、何に使うのかよくわからない道具を眺めながら目的のものを探す。が、見つからない。
『色のついた紙はありませんか?』
ノートにそう書いて気難しそうな店主に尋ねてみたが、残念ながら無いようだった。仕方なく、筆と数色の絵の具を買う。紙も十数枚、厚くて丈夫なものを選んだ。
前世ほど薄くて真っ白、さらさらなものはないが、この世界の製紙技術はなかなかのものだ。今後は文字でのコミュニケーションが増えそうなので、ついでにノートも買い足しておいた。おかげで残高はかなり心もとない。
とにかく、必要なものは揃った。あとはこの紙を使いやすいサイズにしてわかりやすく色を入れ、デルカの店で買ったペン──魔力で書き、魔力を通すことで読めるというペンを使い、精霊文字の呪文を書くだけである。
城に戻り、ひととおり準備を終えて翌日。
干しデルカの実に釣られて出てきた精霊たちに、まずカイはノートに精霊語を書いて事情を察してもらおうと試みた。とはいえ、文法には自信がないのでわかる単語だけでツギハギだ。
“私 声 出ない”
精霊文字で書かれた短い言葉に、白猫はじっとカイを見つめて頷き、三つ目のミミズクは『キキィ!?』と叫んだ。理解してくれたようである。
“別で 呼ぶ”
これには揃って首を傾げた二体に、指笛を吹いてみせた。
「ピィー」
白猫を指差しながら吹く。こくりと頷いてくれた光の精霊に安心して、次は風の精霊を見つめた。
「ピュイッ」
『キィキィッ』
軽やかに音を出しながら指さすとなんだかご機嫌に踊り出した。……大丈夫だろうか。わかってるかな、この子。
あとは魔術だ。まずは治癒術からである。
まだ姿を現しているが、慣れさせるためあえて指笛を鳴らした。トン、と肩の上に乗ってくれる。
指先をナイフで少し切り、光の精霊に向けて呪文を書いておいた紙を見せた。魔力を通すと精霊文字が浮かび上がる。白猫がそれを確認、同時に魔力が抜かれる感覚。慌てて傷に手をかざす。治癒術特有の淡い光が浮かんだ。
──成功だ。傷口が綺麗に消えていた。
よかった……これで治癒術師を続けていける。ありがとうとシロの頭を撫でてやる。光の精霊は気持ちよさそうに目を閉じた。
風の魔術はさすがに室内で練習はできない。ヴァレリオにお願いしてみたら、特別に魔術軍訓練場の使用許可を取り付けてくれた。忙しそうなところ、少し申し訳ない。
ジルベールにも来てもらい、ヴァレリオと一緒に見てもらうことにした。魔術師同士だ。より良い意見を出してもらえるかもしれない。
「ピュイッ」
少し心配していたが、指笛の呼びかけに三つ目は難なく出てきてくれた。まずは旋風を巻き起こす魔術からだ。ぱっと見てわかりやすいように、紙の淵に緑色を塗り、空いたスペースにぐるぐる巻きの絵を忍ばせておいた。魔力を通し、精霊文字を浮かび上がらせる。
『キィィ!』
「……っ」
カイの目の前に思ったよりも勢いよく風が巻き起こる。……これ、魔力の調整が難しいな。
紙に書いた呪文なので、その場その場での細かい指示はできない。白猫は観察する限りとても賢い子だから問題はなさそうだが、風の精霊であるこの三つ目のミミズクはちょっと……ちょっとばかりアホの子の可能性が高いので、大味な魔術になってしまいそうである。まあ、使えないよりマシだが。
続いてはナイフ投げだ。ナイフと呪文を見せると心得たと言わんばかりに三つ目は頷いた。すっかり馴染みの技になっている。
放ったナイフが豪速で的を派手に破壊した。……問題なさそうだ。
どうだったろうかと、ジルベールとヴァレリオの方に目を向けた。何やらふたりは考え込んでいるようである。
「これ……いけますね。発動までの時間が短い。魔力ペンで書かれてるのもいいですよ。直前まで何の術を使われるかわからない」
「ジルベール様もそう思われますか? 特に複雑な呪文を使う場合も、これなら便利です。実戦投入できないか検討しましょう」
……夢中で話し合っていた。どうやら、カイの魔術は問題ないようである。それどころか魔術界に革命を起こしそうな勢いだ。まさに災い転じて福となす。帝国もまさか、自らの姑息の手段が敵に塩を送る結果になりそうだとは思ってもいないだろう。
一応魔力の調整が難しいことを伝えると、緊急時や奥の手という方向で話し合いが弾んでいった。
とにかく、こうしてカイのペナルティにおける魔術使えない問題は、なんとか解決したのである。




