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死神の右腕 -転生治癒術師と竜剣の罪人-  作者: 玄野アキ
第3章 マトリカリア編
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52.死神


 そんな……と、どこからともなく声がした。

 そうだ。カイたちだけでなく、ここには兵士たちも集まっているのだ。みんな、みんなが見ていた。


 君主と次代君主の首が、晒されるのを。


「貴様あああああああああ!!!」


 死神に飛びかかっていったのは、火炎の守護神オレクだった。速く、鋭いその剣を、死神の大剣が受け止める。その刀身まで黒い。

 手放されたふたつの首が地面に転がった。ジェイコブは──帝国の第三皇子は、楽しそうに笑っている。風を使ってふたりを邪魔することもなく、ただ眺めていた。


「……信じられません。プリーニオ陛下もミケーレ殿下も、剣の腕は相当お強かった。それなのに……」


 ララが唇を噛んだ。

 キン、キンと高い剣戟の音が響く。死神は大剣にも関わらず、オレクの剣速についていっていた。それだけで相当の手練れだとわかる。


「ふんっ!」


 オレクの手から炎が舞った。ヴァレリオが届けた火の魔石だ。怯んだ死神が一歩下がる。そこをすかさず剣が突いた。一気に攻勢に入る。

 死神の鎧の隙間を狙い、突く。突く。突く。時に炎で容赦無く炙る。


「魔石か。小癪な」


 ジェイコブが舌打ちした。精霊を介した魔術は神の骸の前では使えないが、やはり魔石ならば使えるらしい。もともとあの魔石は神の骸の一部だし、精霊と違って意思を持っていないからだろうか。

 とにかく、オレクは剣技と魔石の力で死神を圧している。黒鎧に炎はつらそうだ。死神は防戦一方になっていた。


「いけー! オレク!」

「陛下の仇を取ってくれ!」

「火炎の守護神!」

「オレク! オレク!」

「殺せぇぇぇ!!」


 自然と声援が起こり、それはオレクが死神を追い詰めれば追い詰めるほど大きくなった。


 オレク! オレク! オレク! オレク! オレク!


 声が、熱気が、大きなうねりとなる。オレクの動きはそれに応えるかのように速度を増した。鎧の隙間──首を、脇を狙う。掠る。わずかに血が飛ぶ。


 うおおおおおおおお!!


 歓声が轟いた。勝てる。誰もがそう思った。


「……いつまで遊んでいる。使え」


 冷ややかな声でジェイコブが言った。死神は返事をしない。


「使え、と言っているだろう。妹がどうなってもいいのか?」

「……わかった」


 初めて死神の声を聞いた。まだ若い男の声だ。

 次の瞬間、死神の剣の柄に嵌っていた石が黒く光りだした。そしてそのまま大剣全体を包み、ただでさえ黒かった剣がさらに黒く、不気味に発光する。まさかあれは……人工的に作られたという、闇の魔石?

 ぴょこん、とカイの肩の上に突然光の精霊が飛び乗ってきた。一本角の白猫は、死神の方をじっと見つめている。……あの光になにか、あるのだろうか。


 異変を感じ取ったのか、オレクが距離をとった。その隙に今度は死神が攻勢に出る。

 大剣は間合いは広いがどうしても大振りになる。しかし死神はその長い刀身を巧みに操り、オレクの白刃を受け流しながら前へと踏み込んだ。

 そして、ほんのわずか。オレクの腕にほんのわずかだけ、黒い刃が傷をつけた。かすった程度だった。


「───……」


 突然、なんの兆候もなくオレクの体が崩れ落ちた。地面に倒れ伏し、そのまま。起き上がろうともしない。

 死神が大剣を鞘に収める。


「……オレク?」


 アマンダがわけもわからず名前を呼ぶ。誰も、なにが起きたのか理解できなかった。さっきまで声援が鳴り響いていたのに、今はしんと静まり返っている。


「おっさん……? おい、おっさん!」

「オレク様!」


 近くにいたニコロとヴァレリオが駆け寄って、オレクの体を揺さぶった。しかし彼は起きない。──動かない。


「もう死んでるよ。死神の刃に触れたんだ」


 ジェイコブの声が、やけに大きく響いた。

 ……意味がわからない。刃に触れただけ? あの剣の黒い光は命を奪う光だとでもいうのか。


「嘘……嘘よ。こんなことでオレクは死なないわ」

「そ、そうだ! アマンダ様の言う通りだ!」

「立ってくださいオレクさん!」


 アマンダに同調して、兵士たちから声が上がる。しかし確認したヴァレリオが首を横に振った。ニコロも俯いて唇を噛み締めている。


「殿下……残念ながら……」

「うそ……」


 よろよろとアマンダが立ち上がり、オレクの方へと歩き出す。それにディーノが抱きついて止めた。カイも彼女の前に腕を伸ばして止める。


「だめです姉上、まだ敵がいます! 危険です!」

「でも……でも!」

「無様だな、アマンダ・ペンタス・マトリカリア」

「ジェイコブ・ストレリチア……!」


 アマンダがジェイコブを睨みつける。しかし皇子はそんな王女をせせら笑った。


「気分はどうだ? 王も英雄も失っ……うわっ!?」


 突然ジェイコブは死神に引っ張り寄せられた。その瞬間、彼の頭があった場所を太い針のようなものが飛び抜ける。続けて、浮いていたはずの風の神の骸が、ふたりの魔術師とともにドスン、と大きな音を立てて落ちてきた。

 魔術師たちは先ほどと同じ針に喉を貫かれ、絶命している。


「はあっ!? 一体何が……」

「本命は外しましたか」


 舌打ちとともに彼らの背後から転がり出てきたのはララだった。さっきまでカイたちと一緒にいたのに、いつのまに。


「狂犬ララ……! 貴様、一応もとは帝国の暗殺者だろうが!」


 え、そうだったの?


「帝国なんかに尽くす義理はありませんから。……それは皇子様も本当はわかっているのでは? おっと」


 振り抜かれた死神の剣から、ララはステップを踏んで遠ざかる。地面に転がされていたプリーニオ国王陛下とミケーレ第一王子の首を回収し、素早く距離をとった。

 ジェイコブは苦い顔をしている。


「どいつもこいつも……まあいい、目的は果たした。撤収する」


 皇子は死神に守られながら、風の神の骸に手を添えた。半壊した水の神の骸と死神、それからマウロ司教とともに宙に浮く。……火の神の骸も、奴の手の中だ。


「……置き土産をくれてやる。──シアン・ディスター(闇の精霊、ディスターよ)」


 黒い靄が、死したオレクの体を包み込む。

 ……まさか。


「あはははは! せいぜい絶望すると良い!」


 辺り一帯を巻き込んで、強風が吹き荒れる。思わず目を閉じた。

 風が止み、目を開けると、そこにはもうジェイコブたちの姿はない。……かわりに。


 闇の魔術で操られた火炎の守護神オレクが、ゆらりと立ち上がった。


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