52.死神
そんな……と、どこからともなく声がした。
そうだ。カイたちだけでなく、ここには兵士たちも集まっているのだ。みんな、みんなが見ていた。
君主と次代君主の首が、晒されるのを。
「貴様あああああああああ!!!」
死神に飛びかかっていったのは、火炎の守護神オレクだった。速く、鋭いその剣を、死神の大剣が受け止める。その刀身まで黒い。
手放されたふたつの首が地面に転がった。ジェイコブは──帝国の第三皇子は、楽しそうに笑っている。風を使ってふたりを邪魔することもなく、ただ眺めていた。
「……信じられません。プリーニオ陛下もミケーレ殿下も、剣の腕は相当お強かった。それなのに……」
ララが唇を噛んだ。
キン、キンと高い剣戟の音が響く。死神は大剣にも関わらず、オレクの剣速についていっていた。それだけで相当の手練れだとわかる。
「ふんっ!」
オレクの手から炎が舞った。ヴァレリオが届けた火の魔石だ。怯んだ死神が一歩下がる。そこをすかさず剣が突いた。一気に攻勢に入る。
死神の鎧の隙間を狙い、突く。突く。突く。時に炎で容赦無く炙る。
「魔石か。小癪な」
ジェイコブが舌打ちした。精霊を介した魔術は神の骸の前では使えないが、やはり魔石ならば使えるらしい。もともとあの魔石は神の骸の一部だし、精霊と違って意思を持っていないからだろうか。
とにかく、オレクは剣技と魔石の力で死神を圧している。黒鎧に炎はつらそうだ。死神は防戦一方になっていた。
「いけー! オレク!」
「陛下の仇を取ってくれ!」
「火炎の守護神!」
「オレク! オレク!」
「殺せぇぇぇ!!」
自然と声援が起こり、それはオレクが死神を追い詰めれば追い詰めるほど大きくなった。
オレク! オレク! オレク! オレク! オレク!
声が、熱気が、大きなうねりとなる。オレクの動きはそれに応えるかのように速度を増した。鎧の隙間──首を、脇を狙う。掠る。わずかに血が飛ぶ。
うおおおおおおおお!!
歓声が轟いた。勝てる。誰もがそう思った。
「……いつまで遊んでいる。使え」
冷ややかな声でジェイコブが言った。死神は返事をしない。
「使え、と言っているだろう。妹がどうなってもいいのか?」
「……わかった」
初めて死神の声を聞いた。まだ若い男の声だ。
次の瞬間、死神の剣の柄に嵌っていた石が黒く光りだした。そしてそのまま大剣全体を包み、ただでさえ黒かった剣がさらに黒く、不気味に発光する。まさかあれは……人工的に作られたという、闇の魔石?
ぴょこん、とカイの肩の上に突然光の精霊が飛び乗ってきた。一本角の白猫は、死神の方をじっと見つめている。……あの光になにか、あるのだろうか。
異変を感じ取ったのか、オレクが距離をとった。その隙に今度は死神が攻勢に出る。
大剣は間合いは広いがどうしても大振りになる。しかし死神はその長い刀身を巧みに操り、オレクの白刃を受け流しながら前へと踏み込んだ。
そして、ほんのわずか。オレクの腕にほんのわずかだけ、黒い刃が傷をつけた。かすった程度だった。
「───……」
突然、なんの兆候もなくオレクの体が崩れ落ちた。地面に倒れ伏し、そのまま。起き上がろうともしない。
死神が大剣を鞘に収める。
「……オレク?」
アマンダがわけもわからず名前を呼ぶ。誰も、なにが起きたのか理解できなかった。さっきまで声援が鳴り響いていたのに、今はしんと静まり返っている。
「おっさん……? おい、おっさん!」
「オレク様!」
近くにいたニコロとヴァレリオが駆け寄って、オレクの体を揺さぶった。しかし彼は起きない。──動かない。
「もう死んでるよ。死神の刃に触れたんだ」
ジェイコブの声が、やけに大きく響いた。
……意味がわからない。刃に触れただけ? あの剣の黒い光は命を奪う光だとでもいうのか。
「嘘……嘘よ。こんなことでオレクは死なないわ」
「そ、そうだ! アマンダ様の言う通りだ!」
「立ってくださいオレクさん!」
アマンダに同調して、兵士たちから声が上がる。しかし確認したヴァレリオが首を横に振った。ニコロも俯いて唇を噛み締めている。
「殿下……残念ながら……」
「うそ……」
よろよろとアマンダが立ち上がり、オレクの方へと歩き出す。それにディーノが抱きついて止めた。カイも彼女の前に腕を伸ばして止める。
「だめです姉上、まだ敵がいます! 危険です!」
「でも……でも!」
「無様だな、アマンダ・ペンタス・マトリカリア」
「ジェイコブ・ストレリチア……!」
アマンダがジェイコブを睨みつける。しかし皇子はそんな王女をせせら笑った。
「気分はどうだ? 王も英雄も失っ……うわっ!?」
突然ジェイコブは死神に引っ張り寄せられた。その瞬間、彼の頭があった場所を太い針のようなものが飛び抜ける。続けて、浮いていたはずの風の神の骸が、ふたりの魔術師とともにドスン、と大きな音を立てて落ちてきた。
魔術師たちは先ほどと同じ針に喉を貫かれ、絶命している。
「はあっ!? 一体何が……」
「本命は外しましたか」
舌打ちとともに彼らの背後から転がり出てきたのはララだった。さっきまでカイたちと一緒にいたのに、いつのまに。
「狂犬ララ……! 貴様、一応もとは帝国の暗殺者だろうが!」
え、そうだったの?
「帝国なんかに尽くす義理はありませんから。……それは皇子様も本当はわかっているのでは? おっと」
振り抜かれた死神の剣から、ララはステップを踏んで遠ざかる。地面に転がされていたプリーニオ国王陛下とミケーレ第一王子の首を回収し、素早く距離をとった。
ジェイコブは苦い顔をしている。
「どいつもこいつも……まあいい、目的は果たした。撤収する」
皇子は死神に守られながら、風の神の骸に手を添えた。半壊した水の神の骸と死神、それからマウロ司教とともに宙に浮く。……火の神の骸も、奴の手の中だ。
「……置き土産をくれてやる。──シアン・ディスター(闇の精霊、ディスターよ)」
黒い靄が、死したオレクの体を包み込む。
……まさか。
「あはははは! せいぜい絶望すると良い!」
辺り一帯を巻き込んで、強風が吹き荒れる。思わず目を閉じた。
風が止み、目を開けると、そこにはもうジェイコブたちの姿はない。……かわりに。
闇の魔術で操られた火炎の守護神オレクが、ゆらりと立ち上がった。




