51.ペナルティ
「さて、と……」
ジェイコブがオレクとニコロを、それから奥にいるカイたちのほうまでぐるりと見渡した。
風の神の骸。水の神の骸。そして、核だけとなった火の神の骸。
この状況で敵に使えるのは土の魔術のみ。ヴァレリオは魔力切れなので、今ここで土魔術を使えるのはララだけだ。しかし、アマンダとディーノを守らねばならないので動けない。
オレクとニコロの剣技だけで抑えられるかというと、厳しいだろう。地上では風に阻まれ、ヴァレリオの作ったトンネルに入れば水攻めに遭う可能性がある。……かなり絶望的な状況だ。
そんなカイたちに、ジェイコブはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
「……良いことを思いついた。おい、奴ら全員吹き上げろ!」
「!?」
ぶわりと下から風が吹く。突然のことに何かに捕まることもできず、カイたちは空中へと投げ出された。まずい、今攻撃されたら……!
そのとき、カイの目の端にキラキラと光るものが見えた。
「面白いショーを見せてやる」
水の神の骸が光った。アマンダの体が空中で、大きな水の塊に覆われる。
「アマンダ様!?」
ララが悲鳴のような声を上げた。
アマンダは水の中で暴れるが、纏わり付いた水から逃れることができない。何がしたいのかわかって、カイは青ざめた。
「あはははははははははは!! 見ろ、ブサイクな顔だなぁ!」
息ができないのだろう。もがき苦しむ姿を見て、ジェイコブが高らかに笑う。
「姉上! 姉上ぇっ!!」
ディーノが必死で手を伸ばす。しかし、意味なく空を掻くだけで彼女まで届くことはない。
ごぼ、とアマンダが大きく息を吐き出した。
「アマンダ様!」
「殿下!」
「アマンダ!」
カイ含め、みんな名前を呼ぶことしかできない。彼女が溺れる姿を、ただ見ていることだけしか。
彼女の体から力が抜け、目も閉じられた。動かない。嘘だ。嘘だ嘘だ。
「いやああああああああああああああああ!!!」
ララの絶叫が響き渡る。早く……早く助けないと、いけない、のに。
「くっ、ふはははは! ああ、その顔だ。お前らのそういう顔が見たかったんだよ!」
ジェイコブの愉しそうな声が、どこか遠くに聞こえる。
アマンダが気を失って、どれくらい経った? まだ間に合うのか? いつまで水を消さないつもりなんだ。いや、死んでない。死ぬはずない。あのアマンダが、こんなに簡単に死ぬわけない。焦りばかりが募る。
「最高の気分だ。──よし、落とせ」
「!?」
風が止んだ。吹き上げられていたカイたちは、アマンダもろとも地面に向けて落ちていく。
「ッ……エ・ラリ・ソイ・ウヌ(風の精霊よ、力を貸して)!」
カイの呪文に、かろうじて近くにいたアマンダとディーノ、ララとヴァレリオは直撃を避けることができた。しかし、風の神の骸の方に近かったニコロとオレクには魔術が届かない。慌ててそちらに目を向けると、なんとオレクは無傷で着地していた。ニコロは蹲っている。が、どうやら命に別状はなさそうだ。さすが鍛え抜かれた兵士たちと言ったところだろうか。
「姉上!」
「アマンダ様、アマンダ様ぁ!」
ララが動かないアマンダに治癒術をかけている。そういえば彼女も光の精霊と契約してたんだった。
カイも立ち上がって駆け寄った。治癒されているはずなのに、アマンダの顔に生気が戻らない。
「カイさんっ、どうしましょう、アマンダ様が、私、どうしたらっ……」
「治癒を続けて! ヴァレリオさん、これを」
「これは……そうか、なるほど」
ヴァレリオに渡したのは砕かれた神の骸、火の魔石と水の魔石だった。風に巻き上げられ流されてきたいくつかを回収しておいたのだ。今もあちこちに落ちている。
「……私も動ける程度には回復しました。魔石を拾いつつ戦線に戻ります。この水の魔石はいくつか置いていくので、ディーノ殿下、いざとなれば氷を張って守りを」
「わ、私が!? でも……」
「しっかりイメージすれば簡単に使えます。任せましたよ!」
ヴァレリオは魔石を持って走り出す。オレクたちはまた風に阻まれているようだ。ジェイコブは──後ろを向いて魔術師たちと、何か話している。
それよりも今はアマンダだった。
カイは横たえられたアマンダの呼吸を確認する。……ない。次に脈。……ない。心停止状態。ララの治癒はずっと続いている。最悪の想像が頭をよぎった。もう死んでしまったのか……いや、いやまだだ。心臓が止まっているだけだ。だから治癒術が効かないのだ。
すぐさま気道を確保し、両手を心臓の上に組んだ。心臓マッサージを開始する。
「カイさん、何を……」
「心肺蘇生法だよ! 治癒はそのま、っ……──」
あれ?
おかしいな、急に喉がひどく痛んで、声が出ない。
でも、手は止めていられない。強く、リズミカルに心臓マッサージをして、人工呼吸をする。ディーノ殿下とララが変な声をあげたけれど、構っていられない。時間との勝負だ。
心臓マッサージ。人工呼吸。心臓マッサージ。人工呼吸。心臓マッサージ。
しばらくして、アマンダがゴホ、と水を吐いた。息を大きく吸って、咳交じりに吐き出す。ララの治癒の光が大きくなった。
アマンダの目が開く。──生きてる。
「アマンダ様!」
「姉上……よかった、あねうえぇぇ!」
「ラ、ラ……? ディーノ……」
意識も、ちゃんとある。
……良かった。助かった。ほっとして力が抜け、カイはその場に座り込んだ。
心肺蘇生法なんて、随分昔に学校で講習を受けて以来だ。でも、覚えておいてよかった。……ん?
──そういえばこれ、前世の知識だ。
まさか。まさかまさかまさか、急に声が出なくなったのは。
「カイさん、助かりました! よくわかりませんがさっきの方法でアマンダ様を救ったんですよね? 狼藉については不問にしますから……カイさん?」
ララに返事をしようとしたが、音にならない。呼気が喉を通り過ぎてゆくだけだ。
身体能力の欠損。
これは、ペナルティだ。嘘だろう。よりにもよって、魔術師には必要不可欠な声。
カイは目の前が真っ暗になりそうになった。どれだけ声を出そうとしても、哀しいほど何の音も出ない。……そんな。こんなことって。神様、あんまりだ。
「どうしたんですか?」
「カイ……?」
ディーノとアマンダも不審に思ったのか声をかけてくる。
落ち着け。冷静になれ。まだ敵の襲撃は終わってないんだぞ。今やるべきことは何だ。
ふう、と深呼吸する。
カイは少し迷って、ララの耳元に口を寄せた。声は出ないが、近くに寄れば呼気だけでもなんとか言葉は伝えられる。
『……わけあって声が出なくなった』
「声が出ない? ……なんですかそれは。呪い? 闇の魔術で契約でもさせられてるんですか?」
……なるほど、そう解釈できるのか。ペナルティについてはとても説明できることではないし、利用させてもらおう。
『そうなんだ。悪い闇の魔術師のせいで……とにかく、声が出ないからおれは今、魔術が使えない』
「……わかりました。察するに先ほどの行動が発動条件だったんですね? それでもアマンダ様を救ってくださったこと、感謝いたします」
本当に察しが良すぎて助かるやら、ちょっと戸惑うやら。
「ララ……どういうことなの? カイの声が出なくなったとは?」
「何者かの闇の魔術のせいだそうです。それより……──」
戦況がどうなっているか確認しようとした瞬間、氷の刃が飛んできた。
「ッ……!」
ディーノが握りしめていた水の魔石が光り、氷のドームを作り出す。氷と氷のぶつかる甲高い音。
ドームにヒビは入ったが、攻撃はひとつも当たることはなかった。
「……なんだよ。誰も落ちて潰れてない上にアマンダもまだ生きてるだと? しぶといなぁ……まあいい」
ジェイコブのつまらなそうな声を合図に、この場を取り囲んでいた風の壁が、突如として消えた。
一気に視界が開ける。破壊され尽くした教会に、全壊、あるいは半壊している周囲の街並み。遠巻きに囲んでいたマトリカリアの兵士たちの姿が見える。でも、なんで突然?
カチャ、カチャと耳慣れない音が聞こえた。だんだんと近づいてくる。……誰かが、歩いている?
──それは、黒だった。
頭から足元まで全身を黒い鎧で覆い、黒い大剣を背負った大柄な、おそらく男。
「まさかあれは……」
ララの声が震えていた。そうだ。カイたちは知っている。話だけは、聞いている。
「早かったじゃないか、死神。ちゃんと仕事は済ませたのか?」
ジェイコブがそう言った。やはりあれが、死神。帝国の森の民を殺し尽くしたという剣士。
死神は皇子に頷いて、左手を掲げた。何か大きなものを持っていた。ボールのようなものを、ふたつ。
「う……うそだ、そんな……」
ディーノ王子が真っ青な顔をしている。カイは目に映っているその光景を信じたくなくて、錯覚だろうと何度も自分を否定した。
でも、カイの目はとても良いのだ。どれだけ否定しても、たしかにそれはそこにあった。
アマンダが掠れるような声で呟く。
「お父様……お兄様……」
国王と第一王子の首を、死神は高らかに掲げていた。




