49.強襲
大きく豪華な馬車に乗り込み、教会へと向かう。馬車の中でもディーノ王子はアマンダにべったりだった。
以前こっそり世話係のリンダから聞いた話では、ディーノ王子は生まれてすぐ母親である王妃様を亡くしているらしい。だから優しく接してくれる姉に異常に執着してしまうのは、ある意味仕方のないことなのだそうだ。
アマンダだって母親を亡くした時、まだ幼かっただろう。それでもきっと、弟を支える側になったのだ。王族として、姉として。
彼女の芯の強さに思いを馳せている間に、馬車はゆっくりと止まった。到着だ。
教会には連絡してあるので、今日は礼拝の受付は取りやめて人払いされているらしい。治癒部門も、急患や重症患者以外はお断りにしていて必要最低限の人数にしているようだ。王女殿下を迎え入れるのって大変だな。
出迎えてくれたのは、カイとも顔見知りのマウロ司教だった。
「ようこそおいでくださいました、アマンダ殿下、それにディーノ殿下も。……おや、あなたは」
「はい、カイです。ご無沙汰しております、マウロ司教。実は、わけあってアマンダ王女殿下にお世話になっておりまして」
「そう……でしたか。では、こちらへどうぞ」
礼拝堂には口元にほくろを持つ者が男女5人ほど揃っていた。さすが王都だけあって今までで一番人数が多い。皆一様に恐縮している。……まあ、王族がふたりもいては致し方ない。
「それではカイ、確認を」
「は、はい」
アマンダに促され、不安そうにしている人々の口元をひとりひとり確認する。
……違う。
カイは静かに首を横に振った。
「……残念ながら、この国に私の探し人はいなかったようです」
「そうですか。どうやら力になれなかったようね。ごめんなさい」
「いえ、十分過ぎるほど助かりました、アマンダ殿下。今後は他の国々を巡って、一生かけてでも探しますよ」
そう言ったら、なぜかその場にいる全員に微妙な顔をされてしまった。ララが鼻白む。
「難儀な生き方ですねぇ。顔も知らないのにそこまでするなんて、その相手は親の仇かなにかですか?」
「いや、そういうのじゃないから……親もたぶん健在だし」
父親はどうなっているかわからないし、母親はむしろ仇になっている側の人間だが。
「ますますわかりません」
まぁそう思われてしまうのも無理はないだろう。でも、これで諦めてしまっては前世の記憶を持ったまま生まれ変わった意味がない。
アマンダがコホン、と小さく咳払いして注目を集めた。
「……とりあえず、集まっていただいた方々にはお詫びをお渡ししてお帰り願いましょう。それで、マウロ司教。せっかくの機会ですし、よろしければ教会内の見学を…──」
カンカンカンカンカン!
突然けたたましい鐘の音が響き渡った。教会内からではなく、王都を取り囲む城壁に設置されている各塔からだ。
「敵襲だ! 何が起きているか外の兵士と連絡、を……!?」
オレクの指示は途中で遮られた。ゴオオオオオオオオオ、というものすごい轟音が響いたからだ。
教会全体がガタガタ揺れる。揺れる。揺れる。悲鳴が上がった。何が起きている?
「姉上、いったいなにが……」
「ディーノ、離れないで!」
アマンダはディーノ王子を抱き寄せる。護衛の面々がその周りを囲んで守りを固めた。
カイは自分のローブがはためいているのに気づいた。閉めたはずの扉や窓の隙間から、強風が入り込んでいるのだ。
……まさかこの力は。
ミシミシと嫌な音が響く。ヴァレリオが叫んだ。
「全員集まってください! エ・ラリ・セ・セ・セ・ゲニア・キリ・ヒラン・リベル・チア・ウヌ(土の精霊よ、我らを強固な壁で包みたまえ)!」
分厚い土壁が、カイ達をすっぽり覆う。光がないので中は真っ暗だが、全員これが守りであることはわかっているのか、怯えている気配はあったもののパニックにはならなかった。
荒れ狂う風の音と、何か大きなものが壁にぶつかる音がひっきりなしに響く。──教会が、破壊されている。
しばらくすると音が止んだ。不気味なほど静かだ。
「……土壁を解きます」
「総員、構え」
オレクの号令に緊張が走る。土壁が解かれると、陽光の眩しさが目に刺さった。太陽を遮るものが何もない。
教会は、わずかな柱と壁の残骸を残し跡形も無くなっていたのだ。
「なんてことを……」
マウロ司教が呻いた。……土壁の中にいなかった教会の人たちはおそらく助からなかったろう。極力人払いされていたとはいえ、きっと少なくはない犠牲だ。
「やぁーっと出てきた」
場違いに楽しそうな少年の声。
空中に、ふたつの巨大な魔石──風と水の神の骸、それからふたりの魔術師を伴い、彼はカイたちを見下ろしていた。
「ジェイコブ・ストレリチア……!」
「久しぶりだな、アマンダ・ペンタス・マトリカリア。……ボクを焼いてくれた借りを返しに来たぞ」
間に合わなかった。火の神の骸をまだ見つけていない。しかしここを真っ先に襲ってきたあたり、教会にあるという予想は当たっていた……と思うのだが。
「あれが神の骸ですか。教会を丸ごと吹っ飛ばすとは、恐ろしいですね」
ヴァレリオの言葉に頷く。──そう、丸ごと吹っ飛ばしてしまった。もう火の神の骸は敵の手に落ちてしまったのか、……あるいは。
「マウロさん、この教会に地下室はありますか?」
「……なぜカイさんがそれを?」
やっぱり、ある。間違いない。この地下に火の神の骸があるのだ。それを先に手に入れられれば。
……問題は取りに行く余裕など、とても与えてもらえそうにないことだけれど。
「オレク様……?」
「なんだこれは……教会が」
「まさかさっきの恐ろしい風で……」
「あれ、アマンダ殿下とディーノ殿下じゃないか?」
まずい、人が集まってきた。
「お前たちは民を避難させろ! そして応援を呼んでこい」
「はっ!」
オレクの指示に、ついてきていた数人の兵士たちが動き出した。教会に一緒にいたほくろの人たちも連れ、迅速にその場を後にする。
「応援ねぇ……いくら呼ぼうと無駄だけど、あんまり邪魔されたくないからなぁ。おい、風で壁を作っておけ」
「かしこまりました」
ジェイコブの命令に従い、一緒についてきていた魔術師のひとりが風の神の骸に手を添えた。
たちまち風が周囲を渦巻く。内側は平気だが、外側からでは近づくこともできないだろう。……閉じ込められた。
「……さて」
ジェイコブ皇子はふわりとカイたちの目の前に降り立った。──水の神の骸と共に。
「アマンダ。ついでに火炎の守護神オレク。ボク自ら殺してやるよ……惨たらしくな」
少年は綺麗な顔を歪めて嗤った。




