48.出来る限りのことを
「カイ様、なんだか逞しくなられましたね」
ペンタス城のゲストルーム。お世話係のリンダが、戻ってきたカイに対して開口一番そう言った。
「そうですか? ニコロさんと一緒に鍛えたり、ヴァレリオさんに魔術のアドバイスをもらったりして訓練したからかな」
ちょっと嬉しい。
ちなみにあのやたら殺傷力の高い風魔術を使ったナイフ投げは、ヴァレリオの細かい指導のおかげでなんとかマスターできた。とはいえ、使う機会がないことを祈りたいものだが。
「……カイ様。本日はお背中をお流しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え!? いや、ひとりで大丈夫です」
「いえぜひ流させてくださいお願いします決してやましい気持ちからではありませんええどれくらい筋肉がついたか確かめたいだなんて思っておりませんから安心してお体をお預けくださいませ」
ノンブレス怖い。そういやこの子は筋肉フェチだった。
……目がギラついてるんですけど。
「お、お断りします……」
「なんでですか!?」
身の危険を感じるからだよ。
「そ、それよりこの2ヶ月、なにか変わったことはなかった?」
カイは慌てて話題を逸らした。
「いえ、特には。ただ、上の方は何やら慌ただしく準備しておられましたよ。兵士のみなさんも戦の気配を感じ取っているのか、落ち着かない様子です。……あ、それとカイ様にお手紙が届いてるんでした」
「手紙?」
叔父さんと叔母さんからだった。ペンタス城にいることは伝えていたので、わざわざ返事を出してくれたのだろう。
手紙には無事カイが魔術師になれたことへの祝福や、体の心配、近況などが書かれていた。その中にもう一通、別の手紙が同封されている。
「これ、フェリクスからだ……」
カイ宛に届いたものを一緒に送ってくれたらしい。手紙が来た、ということはフェリクスもリオン魔術学園を卒業したということなのだろう。
どうやらフェリクスはサンドラと一緒に南方諸島に行ったらしい。そこでしばらく協力して貿易会社を立ち上げるのだとか。……なんかそのまま一気にゴールインしそうだな。楽しくやっていそうで何よりである。
「花道楽からの手紙はなし、か」
もし他国に興行に出ていたら、まだカイの手紙は届いていない可能性もある。返信はあまり期待しないほうがいいだろう。
「花道楽って、あの旅芸人一座の花道楽ですか?」
「はい。お世話になってた時期があって……リンダさんも知ってるんですか?」
「幼い頃だったので私は直接観てないんですが、姉がよく語ってくれたんです。敵国に侵略されて、その国の英雄が戦うんですけど、姫を守って死んじゃう話。悲劇だけど英雄役の方がすごく綺麗でかっこよかったって、何度も言ってました」
座長のことだ。
内容からして演目は『アリア国の悲劇』。花道楽定番のひとつで、とりわけ主役ふたりの名演が光る一作だ。鬼気迫る演技なのであまり連続で上演されることはない。
カイが懐かしく思い出していると、リンダがぽつりと言った。
「……そのお芝居って、きっとカトレア王国がモデルですよね」
「え?」
「英雄は男役で炎の魔術師に改変されてましたけど、きっと氷の女帝リディアーヌの話だってみんな言ってました。結末も国が滅びてお姫様は生死不明で終わってますし。カトレア王国と同じなんです」
「そう、だったんですか……」
知らなかった。
この国に花道楽が来たのは10年くらい前だと言っていた。カトレア王国が滅びたのは約20年前。いつからお芝居にしていたんだろう。
「悲劇を忘れるな、ってことなんでしょうね。私たちもしっかり帝国に備えなくちゃ」
「……うん」
その通りだ。
悲劇を少しでも避けるため、カイも出来る限りのことをしよう。
アマンダに呼び出されたのは2日後のことだった。
ニコロとヴァレリオも一緒に、小さい方の会議室に通される。アマンダとララ、それから火炎の守護神オレクと数人の兵士が揃っていた。
「さて、カイ。後回しにしていましたが、王都で口元にほくろを持つ者の確認をこれからお願いいたします。これまでの旅では目的の方は見つけられなかったのですよね?」
「あ、はい、そうです。王女殿下のご配慮、痛み入ります」
カイにとっては最重要なことなのに、色々あって忘れかけていた。……それにしても、アマンダのこの笑顔。もう散々経験したからわかる。絶対なにか企んでるぞ。
「すでに候補の方には集まってもらっています。──教会に」
はっとする。これはつまり。
「……軽く探りを入れましょう。もちろんわたくしの名前で集めたのですから、わたくしも同行します」
「えっ!? き、危険なんじゃ……」
慌てるカイに、アマンダは首を横に振る。
「オレクも一緒なので問題ありません。それに王族たる者、この程度の危険に怯えてどうします。先陣を切って武勇を立てるくらいでなければ」
やっぱこの国、ちょっと思考がマッチョすぎる。
しかし、英雄である火炎の守護神が一緒ならば安心ではあるだろう。ここに揃っているメンバーで赴くのなら、よっぽどのことがない限り大丈夫そうである。
「……そういえば、魔石を砕く研究ってもうやってるんですか?」
「はい。魔術軍調査の結果、一定以上の衝撃を加えると破壊可能とわかりましたよ。硬い岩と同じような感覚ですね」
カイの質問に、なんとオレクが丁寧に答えてくれた。今はアマンダの護衛をしているが、彼も魔術軍の所属らしい。
硬い岩と同じ。ヴァレリオと目を合わせ、頷き合う。神の骸も普通の魔石と同じようなら、例のナイフ投げで壊せるかもしれない。……問題は、風の魔術を使うので、風の神の骸には使えない点だが。
「俺の剣じゃ厳しいか……いや、ヒビくらいならいけるか? オレクのおっさんなら余裕?」
ニコロが随分フランクな様子で話しかけた。オレクはそれにニヤリと笑う。
「脆い部分を見つけて突けば可能だろう」
頼もしい限りだ。
それでは早速向かおうと動き出したところで、いきなり会議室の扉が開いた。
「姉上、私も連れて行ってください!」
シスコン王子ことディーノ第二王子殿下だった。
「ディーノ、盗み聞きしていたの?」
「申し訳ありません姉上。しかし私だけ部屋でじっとしているのはもう我慢ならないのです。戦闘がまだ許されないのなら、せめて姉上のお手伝いをさせてください!」
真剣な眼差しだった。
アマンダが困った様子で他の面々を見渡す。オレクが苦笑していた。
「……まあ、構わんでしょう。私が必ずお守り致します。カイ殿も、よろしいですかな?」
そこまで言われては頷くほかない。
こうして、カイと護衛のふたりに、アマンダ、ララ、ディーノ、オレクと数人の兵士で教会に向かうこととなったのだった。




