47.再会
大急ぎで気球を飛ばし、予定よりも少しだけ早くカイたちはペンタス城へと帰ってきた。それでも、実に約2ヶ月ぶりである。
出迎えてくれたのはアマンダ、ララ、火炎の守護神オレクと世話係のリンダだ。
「おかえりなさい、カイ、ニコロ、ヴァレリオ」
「ただいま、アマンダ……王女殿下」
久しぶりでうっかり敬称をつけ忘れそうになる。ヴァレリオが前に出た。
「殿下。先触れの通り至急お話ししたいことがございます」
「ええ、準備してあります。ついてきて」
カイの荷物はリンダに預け、挨拶もそこそこに揃って会議室へと向かう。出発前に通されたのと同じ部屋だった。前回と同じく、王と第一王子をはじめ、国の重鎮たちがずらりと並んでいる。
そこに、思いがけない人物がいた。
「あれ、カイくん?」
「ジルベールさん!?」
カイを魔術学園へと送ってくれた恩人。モンステラ王国魔術師団シラー支部団長、ジルベールの姿がそこにはあった。
「どうして君がこんなところにいるんだい?」
「い、色々ありまして……今はアマンダ王女殿下に協力してて、こちらにお世話になってます。ジルベールさんこそ、どうして?」
「同盟を組んだからね。情報共有と話し合いのために派遣されたんだ。あ、シラーの町は副団長に任せてるから大丈夫だよ」
ぱちんとジルベールはウインクして見せた。元気そうで何よりである。
色々と話したいことはあるが、今は会議が先だ。
「どうやらお知り合いのようなので、挨拶は不要ですね。では、報告を」
アマンダの指示に、ヴァレリオが聖者と魔石の件について告げる。そして、その魔石が火の神の骸の一部である可能性があること、王都の教会に神の骸の本体がある可能性が高いことも。
うむ、とプリーニオ国王陛下が大きく頷いた。
「よくぞ調べてくれた。しかし、教会か……」
「王都内の神の骸捜索は秘密裏に進めておりましたが、教会内となると広い上に一部の高位聖職者しか入れない部屋もあります。強制的に捜索するのが早いですが、帝国のスパイがいればすぐにバレてしまうでしょう。持ち逃げされないよう綿密に計画を練る必要があります」
そう発言したのは、以前フラフラで弱り切っていた魔術師の男だった。今は回復したのか、やつれた様子もなくピシリと姿勢よく立っている。
「そうなると……」
誰からともなく声が上がり、ちらちらとカイを見る複数の視線が突き刺さった。
……いや、まあ、うん。たしかにこの場にいるたったひとりの治癒術師ですけど。潜入するにはぴったりでしょうけど。
「……カイ。場合によってはまた協力をお願いするかもしれません。もちろん断っても構いませんが」
「こうなったらとことん付き合いますので、大丈夫です」
危険が想定されるのにあっさり頷いてしまったせいか、ヴァレリオからの視線が痛い。彼は小さくため息をつくと、報告を続けた。
「神の骸は分割できる可能性があります。敵の目を盗み小さくしてしまうことが可能ならば、これは脅威に対する大きな突破口となるでしょう。……魔術軍元帥閣下、魔石を砕く方法をご存知の方はいらっしゃいますでしょうか」
「……そもそも貴重な魔石を砕こうと考える者などいないだろう。だが道具に加工する際に多少削ることはあると聞く。物理で砕けるのかもしれぬな。魔術軍ですぐにでも研究を始めよう」
なんと以前フラフラだった魔術師は元帥だったらしい。魔術軍のトップということだ。
首脳会議に混じってるんだなぁ……と改めて思う。場違いすぎていまいち現実感がない。
「モンステラ王国魔術師団からも発言よろしいですか?」
挙手したジルベールに国王が頷く。
「許可する」
「……我がモンステラでは現在、帝国の闇の魔術によるものと思われる獣の死体の襲撃が各地で起きています」
「!」
息を呑んだ。あの黒い靄に操られた狼や鳥みたいなものが、あちこちで暴れまわっているなんて。
「ゆえに兵力をあまり大きくマトリカリアに派遣できないこと、まずお詫びいたします」
「……我々が組むことを、帝国は予測していたということでしょうか」
ミケーレ第一王子が綺麗な顔を歪めながら言った。
「それはわかりません……が、どうにも帝国の動きはおかしい。闇の魔術が使われているのに、魔術師の姿がないんです。それで不審者をしらみつぶしに捕まえて調べたら……これです」
ジルベールは小さな黒い石を取り出して見せた。……魔力を感じる。
「黒い魔石……? いや、馬鹿な。闇の魔石など存在しないはずでは……?」
魔術軍元帥が信じられないようなものを見る目でその石を見つめていた。カイも闇と光の魔石だけは存在しないことを学園で教わっている。
でも確かに、あれは魔石と同じようなものだ。
「モンステラ王国国王、アルベルト陛下からの情報によりますと、帝国は闇の魔石を人工的に作り出すことに成功したようなのです」
「ほう……モンステラの王は優秀な諜報員をお持ちのようだ」
プリーニオ陛下が感心した様子で言った。たしかに、人工的に魔石を作り出しただなんてこと、公表されてない以上間違いなく国の機密情報だ。
「その魔石が、金で雇われた魔術師ではない者の手によって我が国で使われている。──撹乱だけでなく、実験のようなことをしているのではないかと感じています」
「………」
しばし沈黙が降りた。
実験。最終的には何を目的としているんだろうか。闇の魔石だなんて、いくらでも悪用できそうで恐ろしい。
「とにかく、我が国にもその魔石が持ち込まれていないか調べる必要があるな」
王の言葉に側近の男が恭しくこうべを垂れた。
「神殿における神の骸捜索計画立案、神の骸の破壊研究、闇の魔石の調査は魔術軍を中心に至急行います。市街戦に備えた軍の配備、国民の避難誘導計画は連邦軍中心ですでに大詰め。モンステラの使者の方にも意見を頂戴し、微調整していきましょう」
「うむ、よきにはからえ」
それでいったん国王を交えての会議はお開きになった。
これからそれぞれの部署で細かい取り決めをするのだろう。あらゆる指示がてきぱきと飛び交っている。
邪魔になりそうだし去ったほうがいいだろうか、と迷っていたカイだったが、ジルベールに手招きされてそちらに向かった。
「カイくん、治癒術師になったんだね。驚いたよ」
「はい。前から治癒術には興味があったので。あ、風の魔術も使えますよ」
「そうか……人を救う道を選ぶなんて、君は本当にいい子だなぁ。とてもあの女の子供とは思えない」
しみじみと言われ頭を撫でられてしまった。後ろで護衛を継続していたニコロが「あの女?」と呟いたけど無視だ。知られないに越したことはない。
「これから魔術師たちだけで話をする。君にも聞いておいて欲しいんだ。ついておいで」
魔術師たちだけ。つまりそれ以外には聞かせられない話──精霊がらみだ。
少し小さな会議室へと移動する。魔術軍元帥とそのお供数人の魔術師、それからヴァレリオも一緒だ。ニコロは魔術師ではないので、扉の外で待機してもらった。
全員が机を囲んだのを確認し、ジルベールは口を開いた。
「……さきほどの闇の魔石の話ですが、これを所持していた者はもうひとつ、この紙を持っていました」
折りたたまれていた便箋サイズの紙が机の上に開き置かれる。
そこには精霊文字が書かれていた。
「これ……闇の精霊に死体を操らせるための呪文……?」
あまり見慣れない文字もあるが、間違いないだろう。カイの呟きにジルベールが頷く。
「通常魔石で魔術を使う場合、精霊語を使った呪文は必要ありません。思いのままに使えるはず。しかしこのようなものが書かれている紙を持たされていたということは……」
「精霊の力を借りた、ということですな? しかし……いや、まさか」
魔術軍元帥は何かに思い当たったようで真っ青になった。ジルベールの顔色も悪い。
「そうです……人工的に作られたというこの闇の魔石、材料は精霊かもしれない」
「!?」
思わずヴァレリオと顔を見合わせた。彼も予想外だったようで、あまりのことに口を開けている。
そもそも精霊は契約者にしか見えないし、契約者以外の言うことは聞かない。一般人が魔石と呪文だけで精霊に力を使わせることは不可能だ。しかし呪文が書かれた紙を持っていた。しかも精霊語で。
例えば空の魔石に魔力とともに精霊を封じ込め、この紙とセットで使うことで魔術を行使していたのだとしたら?
「なんてことを……」
ヴァレリオは呻いた。カイも同意だ。まともな発想ではない。しかしこれらの情報を見る限り、可能性は高そうだ。
この闇の魔石を作り出した人物は、かなりのサイコパスじゃないか。
「……相手は帝国です。皆さん、くれぐれもご注意ください」
ジルベールのひと言が、会議室に重く響いたのであった。




