45.ライバル
息を切らせて駆けつけた西の畑には、ニコロの姿も魔獣の姿もなかった。カイは困惑する。
「どこに行ったんだろう……?」
「ヒョウは本来夜行性です。樹上や岩場に隠れている可能性が高いですね。ニコロも知っているはずなので、付近を探しているのでしょう」
見渡せば、それぞれ離れた場所に岩場も果樹園もある。乾いた土地に果樹園とは驚くが、育てられているのはデーツ、いわゆるナツメヤシらしい。
とりあえず近い方の果樹園に向かいながら、カイはヴァレリオに尋ねた。
「ヴァレリオさんって、ニコロさんのことが嫌いなわけではないですよね……?」
「……今のあいつは嫌いですよ。そもそもこの左目のことだって、あいつはなにも悪くない。むしろ助けてくれたんです」
「助けてくれた?」
「ええ。岩場でかくれんぼしていて、襲われている私に気づいたニコロは魔獣に石を投げて気を引いてくれたんです。それでなんとか逃げられた。危険をおかしたあいつの方がむしろ大怪我したくらいですよ」
ヴァレリオが大人を呼んでくるのがあと少し遅ければ、本当に危ないところだったらしい。
「それなのに、こんな左目ごときのせいでニコロは自分を責めて、挙句にオレを守るだなんて抜かす……冗談じゃない。またあのバカは無鉄砲なことをするに決まってる。だからオレも強くなったのに、あいつはいつまで経っても守らせろだのなんだの……!」
怒りで口調が荒くなっている。
しかしなんだかホッとした。つまるところ、ヴァレリオはニコロのことが大切だからこそあんなに拒絶していたのだ。
……プロポーズを断り続けていた灯里も、きっと同じだったんだろうな。
「それで、ヴァレリオさんはニコロさんとこれからどうなりたいんですか?」
「どう、って……そんなの、」
突如、ゴウ、と火柱が上がった。カイ達が向かっていた果樹園の方ではなく、岩場の方だ。
「──……!」
ヴァレリオが身を翻して駆け出す。カイも慌ててついて行った。
見晴らしがいいため、少し走ると何が起きているのかよく見えた。剣を構えたニコロが、ヒョウの魔獣と対峙している。あの火柱は魔獣によるものだろう。火の魔術を扱えるのだ。
「ニコロ!!」
「なっ……ヴァレリオ!?」
火に巻かれたせいか、ニコロの制服が少し焦げているのが見えた。だが大きな怪我はなさそうである。
「エ・ラリ・チア・アニエ・ウヌ(土の精霊よ、力を貸し与えたまえ)!」
こちらに気を取られたニコロの隙を突こうとした魔獣が、ヴァレリオの土壁に阻まれる。すかさずニコロは距離をとった。
「危ないだろ、なんで来た!」
「それはこっちのセリフだバカ! ひとりでどうにかなると思ってるのか!」
一瞬で土壁を駆け上ったヒョウが、こちらを見下ろしていた。狩る者としての鋭い目に、どこか嘲りの色が見える。
「おい、舐められてるぞニコロ」
「う、うるせえ。魔術さえ使われなきゃあんなヤツ……うおっ!?」
飛びかかってきた魔獣をふたりは避ける。ニコロが剣で引き付けながら「とにかくお前らは逃げろ!」と叫んだ。ヴァレリオの顔が歪む。
「ふざけるな!!」
「な……」
「うんざりだ、そういうところ! お前に守られる筋合いはない!」
怒り交じりの呪文とともに、魔獣の周りを旋風が渦巻いた。足止めされた獣はグルル……と不快げに唸る。それに構わず、魔術師は幼馴染に向けて叫んだ。
「オレはお前のライバルでいたいんだよ!!」
ニコロが目を見開いてヴァレリオを見つめる。呆気にとられた様子で、完全に動きが止まっていた。
「エ・ラリ・カエルオ・アニエ・ウヌ(火の精霊よ、力を貸し与えたまえ)!」
旋風に炎が加わり、魔獣を襲う。しかし獣のひと鳴きで、炎は炎に相殺された。
「やはり火じゃ無理か……」
対抗するなら水魔術がベストだが、ヴァレリオもカイも水の精霊とは契約していない。
なにかサポートできないかと近づこうとしたが、目ざといヴァレリオに「カイ様は離れていてください!」と言われてしまった。
「ヴァレリオ!」
「なんだニコロ。言っておくがお前を残して撤退はしないぞ」
「いや。……悪かったよ、今まで。──サポート任せた」
虚を突かれて、ヴァレリオはニコロを見つめた。彼は魔獣に向かって駆け出す。やたらと嬉しそうな、晴れやかな笑みで。
それを見て、ヴァレリオもくしゃりと笑った。
「ったく……エ・ラリ・ニア・テカト・ケリナ・トイ・チア・ウヌ(土の精霊よ、かの者の前に足場を)!」
目の前に現れた足場を踏みしめ、ニコロは魔獣に飛びかかる。避けようとした魔獣を今度は風の魔術が妨害し、勢いのついた剣先が容赦なく獣の喉を貫いた。
「ガアッ……!?」
それでもなおヒョウの爪がニコロへと伸びる。火の魔術を使い炎を纏ったその爪は、文字通り最後の一撃だったのだろう。
「っ……!」
避けられない。距離が近すぎる。
「ソイ(風の精霊よ)!」
呪文にすらなっていないヴァレリオの呼びかけは、しかし正確に彼の精霊に伝わったようだった。
投げられたナイフが一瞬で加速し、獣の前足を貫いた。ヒョウが悲鳴を上げる。ニコロが剣を振り抜いた。
喉から胸までを大きく裂かれた魔獣は、血を流し倒れた。もう生きてはいないだろう。
「……すごい」
一連のふたりの連携を眺めていたカイは、呆然と呟いた。
なんて息の合った動きだろう。アマンダがニコロとヴァレリオに目をかけていた理由がよくわかった。たったふたりで魔獣を倒してしまったのだ。
荒く息をつくニコロにヴァレリオが駆け寄る。カイも気を取り直して後を追った。
「おふたりとも、怪我はありませんか?」
「私は平気です。ニコロは……ちょっと火傷してるな」
「ああ、ほんとだ……イテテ」
すぐに治癒術で癒す。火傷はあるが、物理的な攻撃の傷はひとつもなかった。すべていなしたのだろう。ニコロの実力も相当だ。
「……こいつ、たぶん6年前に俺たちを襲ったヤツだ。模様が同じだからな」
「よくそんなの覚えてるな、ニコロ……」
「仇だからな。お前の左目の」
ヴァレリオが息を飲んだのがわかった。
「ふたりで倒せて良かったよ。……なあヴァレリオ。その……お前に背中、預けてもいいか? ライバルとして──相棒として」
コツン、と軽い拳骨がニコロの頭に落ちた。
「本当にバカだな。……こっちはずっと前から、そのつもりだったんだよ」
……これは、アマンダからの依頼は達成ということだろうか。
それにしてもニコロも重い感情を持っていたがヴァレリオも大概だな、とカイは完全に自分を棚上げしてふたりを見た。
完全にふっきれたようで、幼馴染同士笑いあっている。カイもつられて笑顔になった。
いいな、と思う。
もし灯里の生まれ変わりが男だったら、こんな関係を築けたら理想かもしれない。
「おふたりが仲直りできてよかったです」
「おう、心配かけたな」
「ご迷惑をおかけしました、カイ様。この男は私が関わると無茶する傾向があるので、しっかり手綱を握っておきます」
「おい!? なんで俺がお前のペットみたいになってんだ!? ライバルだろ俺たちは!」
「それでカイ様……」
「無視すんなよ!」
なんだか漫才のようである。
ニコロのことを華麗にスルーして、ヴァレリオはカイをじっと見つめた。その真剣な瞳に、思わず一歩下がりたくなる。
「ヴァレリオさん……?」
「あなたはこの男とよく似ている。……誰かのために無茶をして、命を落とすなんてことがないようお気をつけください」
「───……」
返事ができなかった。心当たりがありすぎたし、灯里の生まれ変わりの人に何かあったら、命を懸ける覚悟はとうにしていたのだ。
だから、頷くことすらできなかった。
「……心の隅にでもお留めおきください」
固まってしまったカイに、ヴァレリオは溜息をついてそう言った。ニコロは苦い顔をしている。同じく心当たりは山のようにあるのだろう。
「戻りましょうか」
「……はい」
のろのろと歩き出す。カイは何もしていないのに、なんだか随分疲れてしまった。
その後、魔獣を倒したことを村長に伝え、あとの処理は派遣されてくる予定の兵士たちに任せることにした。
人的被害が出る前に片付いたことにとても感謝された3人は、ごちそうだけでなくお土産にデーツまでたっぷりもらってしまった。天然のドライフルーツだ。干した果実はそんなに好きではなかったため前世ではあまり縁はなかったが、齧っていると濃厚な甘みがちょっとクセになる。
翌日にはもう出発予定だ。旅ももう佳境である。




