44.ナイフ投げと風魔術
「エ・ラリ・ニア・ソイ・ウヌ(風の精霊よ、少し力を貸して)」
村はずれの草木がまばらに生える殺風景な空き地。大岩を前に魔術の勢いを借りたナイフが、的の中心を完全に撃ち抜いてそのまま後ろの岩に深く突き刺さった。三つ目のミミズクがカイの肩の上で楽しそうに『キキィ!』と歌う。
「良い調子ですね、カイ様」
「お、思ったより威力ありますね……」
あれからいくつかの地方をめぐり、地元の人に言い伝えを聞いたり、治癒したり体を動かしたりして過ごしていた。灯里の生まれ変わりはまだ見つからない。
なかなかヴァレリオに話を聞けない中で、なにか契機が掴めないものかと、いつもニコロとやっている訓練をたまには魔術師同士でと言い訳して今日は一緒にやってもらっていた。……これが、予想以上に勉強になる。
ヴァレリオは火・土・風の3属性の魔術を操る優秀な男だった。ナイフ投げを風の魔術で補助する方法を教えてもらうことができたのだ。
「まだまだ威力を出すことができますよ。このように」
ヴァレリオが呪文を唱え、ナイフを放つ。目で追うのも難しい速さで飛んで行ったナイフは、大きな音を立てて大岩に巨大な穴をあけてしまった。ぽとりと何かが落ちる。小さくグシャグシャになった銀色のそれは、先ほど投げられたナイフだったものだ。衝撃で変形してしまったのだろう。
これ、前世の銃とかライフルなんかよりずっと強力なのでは。
「……すごい殺傷力ですね」
「まあそうですね。魔術でなら防げますが、それ以外では避けなければまず助からないでしょう」
そうは言ってもあくまでナイフ投げであり、呪文の詠唱も必要だ。不意打ちならさておき、正面からだとなかなか成功しないのだという。
「お教えすることはできますが……カイ様は治癒術師として活動すると伺っておりますから、ここまで攻撃力のあるものを使う機会はそうないかもしれません。どういたしますか?」
たしかに、人を癒す治癒術師がこんな魔術を使ったら引かれるかもしれないなあ、と思う。……でも、強くなると決めた。圧倒的な力というものがこの世界に存在するということを、もう知ってしまっている。
「お願いします。おれはもっと、強くなりたいんです」
カイの強い視線を受け止めたヴァレリオが、虚をつかれたような顔をした。
「……ヴァレリオさん?」
「ああいや……くそ、似てるな……」
くしゃりとその紫の髪の毛を掴み、目をそらした。そしてひとつ大きく息を吸うと、カイに向き直る。
「わかりました。明日からまたお教えしましょう」
気づけば日も傾いている。魔術の練習がひと段落したことに気づいたのか、周辺の警戒をしていたニコロが駆け寄ってきた。
「もう今日は終わりか? 最後のすごかったな、ヴァレリオ」
「………」
「強くなったよな、お前」
「……そうだ。オレはひとりでも十分強い。だからもう付きまとうな」
「イヤだね」
断言したニコロを、ヴァレリオはぎろりと睨みつける。しかし若き兵士は幼馴染の視線をまっすぐ見つめ返した。
先に根負けして目をそらしたのは、魔術師の方だ。
「……とにかく、この任務を終えたらバディ解散だからな」
「逃げる気か?」
「誰がっ……!」
激昂しかけたヴァレリオは、それでもどうにか怒りを噛み殺した。ニコロに背を向け、そこでようやく一部始終を見ていたカイの姿が目に入ったようで一瞬固まる。
「……失礼いたしました。お見苦しいところを」
「いえ。えっと、ヴァレリオさん……」
「詮索は無用に願います。さあ、日が暮れないうちに戻りましょう」
やはり、一筋縄ではいかない。
先導するヴァレリオについて歩きながら、後ろを守るニコロをちらりと見た。
強い光を湛えた瞳が、ひたすらに幼馴染に向いている。ずっと見つめていたのだろうか。焦げつくようなその視線を、彼はどう思っているのだろう。
この村では村長の家に泊めてもらっていた。
翌朝、ちょうど出かけようとしたタイミングで、赤いスカーフをつけたオウムが手紙を持ってカイたちのもとに舞い降りてきた。王都からの定期報告便である。
「……未だ帝国に動きなし、か。助かるけど不気味だな」
ニコロが内容を確認して眉をしかめる。手紙には他に、帝国に備えてモンステラ王国と同盟を組むことになったと記されていた。カイは驚いて声を上げる。
「モンステラ王国と?」
「カイ様の出身国でしたね。遠い国同士ではありますが、協力関係となれば心強いです」
力の拮抗していた三大国家のバランスはもはや大きく崩れている。……一刻も早く、火の神の骸を見つけ出さなければ。
ヴァレリオがこちらの調査をまとめたものをオウムに持たせ、王都へと送り返した。
「……しかし、どこに行っても聖者様の言い伝えがありますね」
「おまけに宝石をもらったって話が漏れなくついてきてる」
そう。訪れた先々で聞き回ったが、ほぼ確実に聖者の話に行き当たる。護衛のふたりもさすがに気になるようだった。
伝わっている話は奇跡のようなものから失敗談までさまざまだが、宝石を渡されたということだけは共通していた。
「聖者様はどうしてそんなにたくさん宝石を持っていたんでしょうか?」
カイの疑問に、ニコロが難しい顔をする。
「んー……一応な、王都にも聖者の言い伝えはあるんだ。安住の地をここに定めたってだけの伝説だけど。でもその話には、宝石なんて出てこない」
「え? じゃあ地方にだけ聖者の宝石の話があるってことですか?」
「そうなるな」
なんだかよくわからない話だ。マトリカリア中を旅して宝石を配り回り、王都に落ち着いた頃には宝石はもうなくなっていたということだろうか。
「その宝石も散逸しているようで現物が見つかりませんね」
ヴァレリオの言葉にカイも頷く。なんせ千年も前の話だ。盗まれたり売ったり単純になくしてしまったりで、今のところ発見できていない。
「あの、すみません……すこしお話が」
家の前で話していたら、村長からおずおずと声をかけられた。ヴァレリオが対応する。
「どうなさいました?」
「実はその……近くで魔獣の目撃情報がありまして、兵士様と魔術師様に、よろしければお力をお貸しいただけないかと……」
ぴくりとヴァレリオも、ニコロも反応した。かつて襲われたときのことを思い出しているのだろうか。
それにしても、滅多に生まれない魔獣が人里近くに出るとは由々しき問題だ。
「……我々は護衛任務中です。魔獣の討伐でしたら、近くの街の軍屯所へ応援を要請してください」
「も、もう出しております。しかし到着まで2日はかかるそうで、その……今回の魔獣はヒョウの魔獣らしく、急がねば人的被害が出かねないと」
「!」
ニコロが村長に詰め寄った。
「場所は?」
「に、西の畑の近くです」
「俺が行く! ヴァレリオはカイを頼む!」
「あっ、おいバカ!」
ニコロはヴァレリオが止めようとしたのにも関わらず、走り出してしまった。魔獣は凶暴なうえ魔術まで扱う。危険だ。いくらなんでもひとりで行くなんて向こう見ずすぎる。
……まさか。
「あの、ヴァレリオさん。すみません、実はおれ、ニコロさんからあなたの左目について伺っているのですが……」
「っ……、そう、でしたか。余計なことを」
ヴァレリオの顔が歪む。ああ、こんな形で彼に踏み込むつもりじゃなかったのに。
「もしかしてあなたの左目を奪った魔獣って……」
「……お察しの通り、ヒョウです。私達を襲ったあと、討伐を免れ逃げおおせています。魔獣は寿命が長いので、もしかしたら同じ個体かもしれません」
血相を変えてニコロが走っていってしまうわけである。
「ニコロさんを追いましょう」
「危険ですカイ様、護衛として許可できません」
「ヴァレリオさん、おれは治癒術師です。怪我ならいくらでも治せます。でも、死者を生き返らせることはできない。後悔はしたくありません。……それにあなたも、本当は駆けつけたくてたまらないのでしょう?」
確信を持って言った。
唇を噛み締めていたヴァレリオは、そんなカイを見てへにゃりと眉を下げる。
「……あなたとニコロは本当によく似ている」
「でしょうね。おれも諦めは悪いんです」
「まったく……あまり前に出ないでくださいよ。それが条件です」
そう言って走り出す。カイもその後ろをついていった。
ヴァレリオは振り向かず、カイが遅れてきているのにも気付かず全速力で走っていく。
──やっぱり心配なんじゃないか。苦笑しつつ、必死なその背中を眺めながら、カイも追いつこうと足を速めた。




