43.左目
次に訪れたのは少し大きい町だった。ここには教会があるので、出張治癒術師の仕事はあまりなさそうである。
残念ながらここで対面したほくろを持つ人たちも、灯里の生まれ変わりではなかった。
今回は宿屋があるので、そちらにお世話になる。小さいが綺麗な宿だ。
3部屋とろうとしたが、護衛のどちらかはカイの部屋の扉前に常に立つからと2部屋だけになった。ヴァレリオは別にニコロと同じ部屋を使うことには抵抗がないらしい。ほんとによくわからん。
「……とりあえず、町に出てまた古い言い伝えを尋ね歩いてみるか」
呟きに、ヴァレリオは困ったような顔をする。
「本来ならカイ様にそこまでしていただかなくても良いのですが……」
「気にしないでください、どうせ暇ですし」
それにちょっと民俗学の調査っぽくておもしろい。マトリカリア版の遠野物語みたいな民話集が作れそうである。
なるべく年配の人を捕まえて話を聞いた結果、この町にも聖者様の話が伝わっていることがわかった。だが疫病を治癒したというような話ではなく、聖者様がとある盲目の少女の目を治せなかったのだという失敗談だった。そして治せなかったお詫びに、宝石をくれたのだという。また宝石まで出てきた。
「でも、治癒術で治せないことなんてあるかな? 普通ならなんでも元どおりだけど……」
「……欠損は治癒では補えません。おそらく、眼球をなんらかの形で失っていたのでしょう。あるいは、闇の魔術に基づく契約の結果、視力を失っていたかですね」
たしかに、足がちぎれたとしても、ちぎれた先が残っていれば元どおりくっつけることができるが、失っていれば傷口がふさがるだけだ。生えてきたりはしないのである。いっぽう闇の魔術の契約については初耳だった。門番との契約では破れば命を落とすそうだが、身体の一部にだけ条件をつけることも可能らしい。どちらにせ物騒すぎる。まだまだ知らないことばかりだ。
教えてくれたヴァレリオにお礼を言おうとして、ふいにニコロの表情が目に入ってしまいカイは固まる。──何かを堪えるように、唇を噛み締めていた。
「……ニコロさん、どうしたんですか?」
「あ……いや、なんでもない。気にしないでくれ」
一方ヴァレリオは相変わらずニコロに対し無視を決め込んでいるが、なんだか少し顔色がよくないような気がした。
「ええっと……少し早いですが、今日はもう帰って休みましょうか」
「……カイ様の望みのままに」
ふたりを連れて、宿に戻る。宿の一階が食事処になっているため、夕食を済ませて部屋に戻った。
いま扉の前に立っていてくれているのは兵士のニコロだ。カイは扉を開け、彼に声をかけた。
「ニコロさん、少しいいですか?」
「ん、なんだ?」
「入ってください」
部屋に迎え入れ、備え付けの椅子に座ってもらう。カイはベッドの端に座った。
ふたりきりになって向かい合ったからか、ニコロは何かを察して「あー……」と困ったような顔をした。
「……訊いて良いですか? ヴァレリオさんとのこと」
「そうだよなぁ……気になるよな、悪い。まだこれからも一緒にいるんだし、お前には話しとくよ」
アイツには怒られるかもだけどな、と笑った彼は、幼馴染だったころからのふたりの関係をぽつぽつと語ってくれた。
かけっこではいつも勝っていたけど、勉強ではてんでヴァレリオに敵わなくて悔しかったこと、腕相撲はわりと良い勝負だったこと、痩せているのに意外とヴァレリオは大食いで食べ比べになると負けていたこと。ふたりはいいライバルでもあったのだ。
「俺もあいつも兵士志望でさ、よく木の枝を剣に見立てて打ち合って遊んでたよ。すごく仲が良かったんだ」
ニコロは懐かしむように目を細める。しかし、すぐに笑みを陰らせた。
「……あいつ、髪で左目を隠してるだろ? 実は義眼なんだよ。12のころ魔獣に襲われて、片目を失った。……俺が無理に岩場まで遊びに誘ったせいなんだ」
なるほど、それで先ほどの目を治癒できなかった聖者の話でふたりの様子がおかしくなったのか。
「でもそれは……運が悪かっただけで、ニコロさんのせいではないと思います」
「うん、ヴァレリオもそう言ってくれた。でもよ、それが原因であいつは兵士になる夢を諦めちまった」
人間は両目でバランスを取り距離感を掴んでいる。熟練の兵士が片目を失ったのならともかく、訓練前の子供が隻眼で兵士を目指すのは難しいと判断したのだろう。
「だから俺は、あいつの左目と剣になりたいって言ったんだ。そしたら断られちまって……しつこく何度も願い出てるうちに、邪険にされるようになって……」
……ん?
「気づいたら魔術師になんてなってるし……でも俺、諦めてねえんだ。そばにいてあいつを守る。嫌われようが知ったこっちゃねえ。……実はな、カイ。この国では兵士と魔術師で希望すればバディが組めるんだ。ヴァレリオにだまし討ちでバディ申請したから、最近余計当たりがきついんだよ」
「そ……そうだったん、ですか……」
なんだか予想の斜め半回転ひねりみたいな事情だった。左目を失わせてしまったことが原因ではなく、サポートしたいというニコロのちょっと強すぎる思いが原因だとは。
しかしなんだか既視感があるな……と考えて、すぐに思い当たる。
前世のおれだ。
灯里に何度プロポーズを断られても諦めなかった。意地でも結婚してやると思っていたし、実際粘り勝ちで幸せを掴んだ。
「……ニコロさんの気持ち、わかる気がします。おれにも絶対諦められない人がいるので」
今だって、この旅の目的がそうだ。
カイの言葉にきょとんと目を丸くしたニコロは、すぐに破顔して「そうか」と言った。
「お前には悪いけど、ヴァレリオの態度については目を瞑ってくれ。なんとかなるよう努力はするからさ」
「はい。協力できることがあったらおれにも言ってくださいね」
「いいっていいって。じゃ、俺は警備に戻るな」
笑って扉の前に戻るニコロを見送り、カイはパタンとベッドに倒れ込んだ。
「なるほどなぁ……」
できればヴァレリオからも話を聞きたい。しかし、仕事と割り切り常に一線を引いた態度で接する彼が内心をさらけ出してくれるだろうか。
うんうん悩んでいるうちに日が暮れる。ふたりのことを知った今、もうカイにとっては他人事とは思えなくなっていた。




