42.聖者
村長の言う通り、村はずれに住んでいたのは耳の遠い老爺だった。声を張りながら事情を説明すると、ではゆっくり話そうと家の中に通してもらえた。
一人暮らしらしい。狭い家の応接スペースは、カイたち3人が入ると少し窮屈だ。
「でぇ、なんじゃったかのう?」
椅子に腰掛けて老人は言う。カイはふたたび用件を伝えた。
「この村に古い言い伝えがあったら教えてください」
「おお、そうじゃったそうじゃった。言い伝えのう……」
少し考え込んで、老人は語り出す。
「むかぁしむかし、この国がまだ国ではなかったくらい昔。我らが村に聖者様がいらっしゃった」
「聖者様?」
「そう、聖者様じゃ。そのころ村は流行病で苦しんでおってなあ、聖者様が癒しの力で救ってくださったんじゃよ」
治癒術師ということだろうか。老爺いわく、なんの見返りもなく村を救ってくれたその聖者様は、それどころか村に宝石まで分け与えたあと、安住の地を探して旅立っていかれたのだそうだ。
「宝石、ですか?」
「そうじゃ。美しい宝石だったらしいのじゃがのう、大凶作の年に売ってしまったと伝えられておる」
「もうこの村にはないんですね。……ありがとうございます、参考になりました」
「ほっほ、良いってことよ」
他にもスナネズミの童話みたいな恩返しの話や、燃える岩の怪談なんかを教えてくれた。お礼に、腰痛が辛いと言う彼に治癒術をかけてから家を辞する。「聖者様のようじゃ」と言われてしまったのにはさすがに苦笑した。
カイが話を聞き出している間、ヴァレリオがメモを取ってくれていたので、来た道を戻りながらそれを参考に話の内容を吟味する。
「特に神の骸に繋がりそうな話はありませんでしたね」
ヴァレリオの言葉にうーん、とカイは考え込む。
「聖者様の宝石っていうのがなんか引っかかるんですよね。聖者の話ってわりに、なんかそこだけ急に俗物的な感じがするというか……」
「そうかぁ? 俺は燃える岩が気になるな。このあたりに火山なんかないし、どうして岩が燃えたんだろう?」
ニコロの疑問に、ヴァレリオは嘲るように言った。
「必ずしも燃えたとは限らんだろう。なんらかの現象で赤く光っただけという可能性のほうが高い。バカなのかお前は」
「……お、おう! すごいな、ヴァレリオは頭いいもんな!」
明らかに見下した口調だったのに、ニコロは幼なじみから話しかけてくれたのが嬉しかったのか笑顔でそう返した。ヴァレリオはしまったという顔をして眉間にしわを寄せながら目を逸らす。
……このふたり、やっぱめちゃくちゃ面倒そうな案件なんだけど。
どうしようかと頭を悩ませながら、今日から数日滞在することになる村の集会所にやってきた。ちょうど日も傾いた頃合いである。夕食の準備もしてくれているのか、良い匂いが漂ってきていた。
とりあえず、今日はもう食べてさっさと休んでしまおう。疲れた頭でいくら考えても、名案なんて浮かぶわけがないんだから。
「おはようございます、カイ様」
「おはようございます、ヴァレリオさん。昨夜はありがとうございました」
「いえ、任務ですので」
ニコロとヴァレリオが交代で夜の間も警護してくれた。別にカイは要人でもなんでもないので、そこまでしなくて大丈夫だと言ったのだが。アマンダの客人扱いになっているのでそういうわけにもいかないらしい。
ちなみにニコロはまだ寝ている。朝はあまり得意ではないという。起こすのも悪いので、先に軽い朝食をつまんだ。
今日は出張治癒術師としてのんびり患者待ちの予定だ。この集会場の入り口に簡単な看板のようなものを置かせてもらうつもりでいる。料金も書いておけばわかりやすいだろう。
「……しかし、昨日聖者様の話を聞いちゃったから、有料なのがちょっと申し訳なく感じちゃうなあ」
「いえ、お金をいただくことは大事でしょう。人は良くも悪くも慣れてしまう生き物なので、価値あるはずのものを無償や安価で享受し続けてしまうと、その価値をすぐに見失ってしまうものです。きちんと対価をお求めください」
「は、はい……」
ぐうの音も出ないほど正論だった。いっときの気まぐれな施しが相手の物の価値を歪め、悲劇を生んでしまうことさえある。誰かを助けるということはそれだけ難しいことなのだ。
お世話になっている分を差し引いて、ヴァレリオに相談しながら治癒の料金を決める。
看板を立てかけたころ、ようやくニコロも目を覚ましてきた。
「わりぃ、寝過ごした」
「………」
幼馴染は見事に無視だ。ヴァレリオのかわりにカイが「仕事はこれからなので大丈夫ですよ」とフォローする。
それにしても一瞬で空気が悪くなったな……。
ヴァレリオは聡明だし、相談には親身に乗ってくれた。きっと普通なら、こんなふうに空気を悪くすることなどしないだろう。ニコロの何がそんなに彼を頑なにさせるのか。……なんとなく、完全に嫌っているというわけでもない気がするのだが。
「えーと……そうだ、患者さんがくるまでは暇なので、少し体を動かしませんか? おれ、ララからナイフ投げを習ってて、その練習もしたいし」
雰囲気を変えたくて提案してみる。ニコロは早速話に乗ってくれた。
「お、いいぜ。俺も少し運動したい気分だったんだ」
「私はこちらで見ています。人が来たらお呼びしますので、気兼ねなくお過ごしください、カイ様」
……まあ、そうなるか。欲を言えばヴァレリオも混ざってくれないかな、と思っていたけれど難しそうである。
兵士であるニコロに相手をしてもらいながら訓練のつもりで体を動かし、患者が来たら治癒がてら色々と話を聞いた。ここでも神の骸に関していそうな話は見つけられなかったが、野生動物たちの気が立っているという話はちょっと気になった。魔術学園で森の民オッツォも同じようなことを言っていたはずである。もしかして世界的な規模の話だったりするんだろうか?
疑問には思ったが、今はそれを調べている場合ではない。
とにかく、調査班の調べが終わり次の地へ出発するまでの3日間、カイはそんなふうにやれることをやって過ごしたのだった。




